家の夢

私が見る夢には『家』が頻繁に登場します。

どんな家かはそのときによってさまざま。昔住んでいた家だったり、今の家だったり、見たこともない家だったり、祖父母の家だったり。実際にある家であっても、外観や内装が変わっていたりすることもあり、むしろ実際との相違点が多いかもしれません。

家は何を指しているのでしょうか。夢が自分の無意識の世界だとすると、家は無意識界での何を象徴しているのでしょうか。頻繁に出てくるシンボルはタロットと同じく、強いメッセージ性を持っています。

気になるシンボルは、夢判断の本やシンボル事典を参考にしますが、ただ、本からの知識が先立つとそれが邪魔して夢に何らかの影響を与えることがあるので、そういう類の本をあまり読み過ぎてもいけない・・・と思ってもいます。夢解釈に取り組む上で、ココが難しいところです。

家とは何でしょうか。現実的に考えてみると、人が住んでいるところですね。人が入っている箱ともいえましょう。とすると、無意識界の家は、自分の心や無意識体が入っている(=住んでいる)場所なのでしょう。家の様子が変わっていたり、どこかに引越すような夢ならば、自分の心が大きく変わろうとしている(もしくは変わってきている)表れかもしれません。

私が見た家の夢で、解釈が非常に分かりやすかった例として、

1.昔住んでいた家だが、以前より(実際より)かなり大きく、広くなっている
2.その家で宴会を催しているが、なんと現在の首相と有名な男性作家が参加していた

なんて夢がありました。

それはちょうど、剣のシンボル について大きな気づきを得た時期だったのです。

1の、昔の家が大きくなるというのは、自分が持っていた意識レベルが広がった証だと解釈しました。

そして2の宴会ですが、家に誰かを招くということは、歓待する、つまり「受け入れる」ということです。誰を受け入れているかというと、首相と作家。・・・どちらもまさしく剣=男性性の象徴です。首相は国のリーダーであり、作家はペンを持つ人、ペンは剣でもあります。剣のシンボルが首相と作家に姿を変えて登場したわけです。

その夢で私は、自分が剣=男性性をしっかり理解し、受容しようとしている自分の無意識を自覚しました。

ああ、無意識をとしっかりと理解した感覚ってこうやって夢で得られるものなんだ・・・と思ったのでした。夢の解釈ができたとき、ストンと自分の内側に何かが落ち着きます。それが次の行動への勇気をくれるのです。

こんなわかりやすい夢ばかり見るわけではありませんが、地道に夢観察をしているとこんなこともたまにはあります、ハイ。

でもあまり夢にやっきになると寝不足になり、逆になぜか夢も見られず、よいことはありません。力みっていつのときも逆効果ですね。あくまでも自然体・・・タロットのリーディングをするときと同じ感覚で深いリラックスが大事なようです。

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夢の扉

私はよく夢をみます。

印象的な夢は書き留めています。とはいっても、多くの夢は

「だから結局その夢がどうなの?」

というところでとどまったままです。

ですが、ここ最近、ほんの少し・・・徐々に・・・、ゆっくりとですが、タロットから得た多くの気づきとそれと平行して学んできたシンボル、そして自分の経験が夢の解釈を助け始めています。

半年前に作成したこのページ。自分の中でまとまらなかったのでこれ以上書けないでいましたが、

<http://homepage3.nifty.com/inohanae/Dream_Reading.html>

今後は充実させることができそうです。私の『夢の扉』が開きはじめましたから。

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夢にボルトが・・・

昨夜の夢は摩訶不思議。

ボルトが沢山登場しました。・・・といっても世界陸上で記録を作ったボルト選手ではなく・・・

ものを接合するときに使うあのボルトです。目覚めたときは、前日のニュースでボルト選手の名を聞いたからかしらん?と、ひとりで大笑いしましたが。

夢の景色は結構すごい。自分の体中にボルトがはめこまれてゆくのです。誰がやっているのかはわからない。沢山のボルト。わたしをがんじがらめにします。

しかし、不思議と痛みや恐怖の印象はありませんでした。ボルトって凸凹があってそこがうまく結合して固定されるんですよね。そう、雄と雌、陰と陽の関係です。

我ながら実に面白い夢です。これが何を指すのか・・・この先、わかる日が来るのかな。

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夢が教えてくれること

「家の夢」をよく見ます。しかも、「昔、いた家」の夢です。

そして、夢によって若干ストーリーは違うものの、おおまかに次の2パターンを見るのです。

1.家の外から見知らぬ人が入ってくる。私はそれを不快、または恐怖に感じ、抵抗している。

2.家の間取りが変わっている。実際に住んでいた家より部屋または入り口が増えている。それを喜んでいるのか、気分よく思っていないのかはケースバイケース。

これはあくまでも自己分析なのですが、家というのは「自分を取り囲んでいる価値観という枠」と考えます。そして『昔住んでいた家』というのがクセモノでして、おそらく小さい頃、親や周囲の環境によって作り上げられた価値観を指しているのではなかろうかと思います。

1の夢を見るときは、慣れ親しんだ居心地のよい価値観の枠に新しいものが入ってくることへの恐怖を感じているのでしょう。

2の場合は、価値観の枠がすでに広がった状態を表しています。それに対し、喜んでいるのかとまどっているのかは、その夢の中で味わっている感情でわかります。

夢はほんとうに不思議です。日常の諸々が雑多に混じっただけの夢ももちろんありますけれど、ときに自分でも気づいていない潜在意識まで到達できたりします。さらに、もっと未知なる・・・いわゆる予知夢やその他お告げのような夢の存在も私は否定しません。

夢について、もっといろいろ分かってくるといいなと思っています。タロットと同じく、夢も自分の内側を反映しているのですから。

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ここ1週間ほど、毎晩夢を見ています。ストーリーは様々。

したがって、時間的にはよく寝ているはずが、目覚めたときに寝不足感があり少々疲れ気味です。

夢には、日常生活での諸々をダイレクトに反映しているものから、自分が気づかぬうちに長い間心に残してしまった感情を表す内容のものもあります。また、ごくたまに、未来を暗示するケースも。

最近みる夢はその3種類がごっちゃになっているように思います。

よく分からないときは、夢占い事典を検索するのですがそれが自分に当てはまるとは限らず、解釈に困ることもあります。そういうときは、タロットに聞いたりもします。どうでもよい(?)日頃の出来事の単なる反映的な夢だと、タロットも「そんなこと聞かないで」のような返事をします。面白いですね。

ちなみにタロットで「夢」と一番関連のあるカードは『18番の月』です。

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庭の夢

ゆうべ、久しぶりに夢に「庭」が出てきました。記憶にある夢のうち、庭が登場するのはおよそ一年ぶり。一年前のその夢は衝撃的(後日、衝撃的だったと感じる)でしたのでよく覚えています。ゆうべの庭は同じ庭なのにもかかわらず、随分状況が異なっていました。

昨年の庭では母と咲き乱れる花々が登場したのに対し、昨夜の夢では父と未開拓な庭の景色という実に対照的な映像だったのです。

未開拓な庭とは、門から玄関へは石畳のような道が続いているのですが、その周囲にはまだ木々や花壇が用意されておらず、殺風景な感じです。ただ、庭の敷地が随分広くなっていました。

私が父に尋ねます。

「庭には緑を植えていくの?」

無口な父がぼそっと答えます。

「ああ。でもゆっくりとな」

そこで夢は終わりなんですが・・・。これを紐解くのに、少々時間がかかりそうです。

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昨夜の夢

久しぶりに(?)目覚めても覚えている鮮明な夢をみました。

友人がとても急いでいます。彼女は、ある目的をもってある場所へ行こうとしています。そのためにバスに乗らねばなりません。チケット売り場で私がもたもたしてしまい、彼女が乗りたがっていたバスが発車してしまいました。あ~待ってえ~。

不思議なことに、行ってしまうはずのバスが数十メートル先で急停車。友人は混みあったバスに無理やり乗り込み、私はほっとしながら彼女を見送りました。

リアルだったなぁ。その友人は現実に、ライフワークとしての大きな夢を抱いています。バスを見送る私は、その夢を応援してるよ!という気持ちのあらわれだったのかな。そして彼女がバスに乗れたということは目的達成に向かっている証拠なのでしょう。

私にも夢があるので、夢に向かって頑張っている人にはエールを送りたいですもの。

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夢の暗号解読

昨年、夢に出てきた「ランプ」について記しましたが、ある本にによって、そのランプの意味をより深く理解するためのヒントを得ることができました。

その本で、引用されていたのは、聖書マタイによる福音書25章の一節です。

その節には、「日頃からランプを手入れし、油を用意していた花嫁は、花婿がやってきたときに天国へ行けたが、その手入れを怠り、油を用意していなかった花嫁は、間に合わなかった」ことが書かれています。

それなら去年私が見たあの夢は

「いつでも嫁に行けるように準備しておけよぉ~」

だったのかというとそうではなく・・・(^^;)(たしかにそうかもしれないけど)、私には別の意味で深く心に響きました。

手元にある聖書でその節の続きを読むと

「だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。」 とあります。

この「目をさます」という言葉に、はっとしました。

これは「本当の自分といつも繋がっていなさい」ということなのだと。本当の自分とは、常に自分の心と向き合っていなければ、つい外からの刺激に影響されて見失ってしまいがちです。自分の心を静かに見つめられる状態ならば、聖書にある"その日その時"に対応できるはずである、と。この"その日その時"は、実に深い意味を持っていると感じました。地上的な意味ももちろん、霊的な次元でも、です。でもこれは私自身が自分の気づきとして内側で得た感触なので、これ以上表現ができないのですが・・・。

これに気づいたあと、自分の本棚にもう一つの「ランプ」の本があることを思い出しました。愛読書であるO・ヘンリ短編集の一作品、「手入れのよいランプ」。早速久しぶりに読み直しました。うーん、やはり名作です。

ランプの夢を見たのは昨秋。気づいたのはつい最近。どうしてこう、時間がかかるのかな~。と我ながら笑ってしまいます。しかし、タロットと深く関わることで得られたヒント。タロットをしていなければ、夢に対しても、ランプも、聖書も私にとっては「ふ~ん」の存在のままでした。

夢とは実に不思議なものです。そして、その夢にある暗号を解読できるのは、夢の持ち主だけなのだと思います。夢事典や夢占いの解説も幾分かヒントにはなるでしょうが、夢を見た本人が、そのどの部分をどう意識して日常からメッセージを獲得するか・・・そこが大切ですね。

あ、でもあまり夢を見ようと力まないでくださいね~。夢もみないほどぐっすり眠ったほうが体にはよいのですから・・・。

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魔法のランプ

昨夜、夢の中に非常に興味深いシンボルが登場しました。タロットカード9番・隠者が手に持っているような「ランプ」です。夢の中では、母がいつも手入れをしているランプという設定になっていました。(実際、母はランプの手入れはしていませんし、隠者のもつようなランプは家にありません)

古いけれどよく手入れされたランプ、しっかりとカラーで登場していました。話の前後はあまりよく覚えていないのですが、そこだけくっきりと記憶にあります。母が登場する夢は、私にとってテレパシックな夢の場合があるので、この先何らかの形でこの意味が現実生活に表わされると思っています。

隠者の持つランプは、誰かを探すように自分の行き先を灯しながら持っているようにも見えますし、また、自分を求めてやってくる人のために明かりを掲げて「ここだよ」と導くためのものともいえます。カードでは「ランプ」という道具で表わされていますが、本当は「自分の内側に常に光を抱く」=「自明灯」の象徴でしょう。

周りが暗いときにこそ、自らが光となることが大切ですね。

あらっ 夢のメッセージはそういうことかしら?

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夢の不思議

猛暑続きで、夜はとても寝苦しいですね。とはいっても眠りたい・・・ZZZ

私は食べることより睡眠を優先してしまうほど、寝ることが好きです。もちろん、眠いから寝るのですが、「今日はどんな夢をみるだろう」と夢を見るために眠りたいのであります。睡眠の質の点から考えると、夢も見ないほどぐっすり寝ることが好ましいのですが、翌朝起きたとき「あ~何も見なかった」と思うと少しがっかりしたりして。それほど楽しみにしているのです。

日頃の関心事・心配事がそのまま反映される夢も多いですが、「なぜこんな場面でこの人がこんなこと?」というような設定で奇想天外なストーリーだったりすると、日記に書きとめておきます。ストーリー展開がうろ覚えでも、風景や事物が何を象徴しているのだろう、と考えることに重きをおいています。そう、タロットリーディングと同様、映像(図像)から何を読み取るか、の訓練と思っています。

意外に一番身近な未来探知機だったりしますので、たかが夢と思わないようにしています。

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