読書

秘すれば花 ~「風姿花伝」~

秘する花を知る事。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず、となり。

この分け目を知る事、肝要の花なり。

そもそも、一切の事、諸道藝において、その家々に秘事と申すは、秘するによりて大用があるが故なり。   ~「風姿花伝」 世阿弥著(岩波文庫) P103より引用~

ご存知の方も多そうですが、有名な「風姿花伝」の一節です。著者の世阿弥は室町時代の猿楽師で、父・観阿弥と共に猿楽(現在の「能」)を大成した人物です。

風姿花伝は、世阿弥による「能の理論書」の最初の書と言われています。

私が初めて「能」の世界に触れたのは、社会人になってまもないころでした。日本の古典芸能と縁が深かった上司の関係で舞台を観る機会に恵まれました。

当時はよくわからないまま観に行ったのですが、舞台が始まるや否や、今まで味わったことのない不思議な感覚につつまれたのを今でも強烈におぼえています。

「不思議な感覚」というのは、頭や眼、分析で観るのではなく、自分の身体よりさらに大きなもの、極端にいうと、自分の身体から少し抜け出て観るような世界にいざなわれるようなものでした。

その時は「薪能」といって、野外舞台で観たのですが、自分の近くで燃え盛る「薪の炎」がその不思議な感覚を助長していたように思いました。また、能に関してまったく知識なく観たということも、いわゆる左脳を静かにさせる助けになったのかもしれません。

それがきっかけで、能というものの不思議さに惹かれた私が手に入れたのが、「風姿花伝」です。

風姿花伝は、簡単に言えば「稽古をする上での心得書」のような内容ですが、それにとどまらず、人生論や精神論にまで繋がっています。

ただ、古語で書かれていたため少し難解であり、若く多感で落ち着きのなかった当時の私は(笑)、購入したものの少し読んではその後長らく書棚で眠っているような本になっていました。

ところが、易学や姓名判断を学ぶにおいてこの作品の中にそれらに共鳴する教えが数多く出てくることを随分後に知り、非常に驚いたのでした。

冒頭でご紹介した一節もそれにあたりますが、年を重ねるごとに同じ文章の中でも自分なりの解釈が変化してゆきます。いわゆる良書といわれるもの、自分にとって先生となってくれるような書というものは、そういう存在なのですね。

そして、解釈は自身の成長とともに変化し深くなり、どんどん「発酵するもの」なのだとこの作品を通して感じました。

発酵するとは、「人々にとって有用に変化する」ことです(^-^)

引越の際にかなり多くの本を処分しましたが、この「風姿花伝」はおそらくずっと自分の手元に所持する一冊です。紙媒体で縦書きのところも気に入っています。

みなさんも銘々にご自身にとって「良書」をお持ちかと思います。一冊の本と長く付き合ってゆく。そういった一冊との出会いは稀ですが、縁があれば必ず手に取る運命です。

そして、それはそれは味わい深い経験ですネ(^-^)

さて、今朝は気持ちよく晴れています。私も元気に洗濯中。

みなさまどうぞ素敵な日曜日を♪

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
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聞くこと

あなたは、精神が問題を作り出していく様に気づかなければならない。あなたは完全な傾聴の状態を達することを望んでおられる。言い換えれば、あなたはお聞きになっているのではなく、ある状態を達成することを望んでいるのであって、その、あるいはほかに何らかの状態を得るためには、時間と関心とを必要とする。時間と関心への必要は、さまざまな問題を生み出す。あなたは、あなたが聞いていないということを、単純に気づいておられない。あなたがそれに気づくとき、あなたが聞いていないというまさにその事実が、それ自体の行為をもたらす。その事実の真理が働くのである、あなたがその事実に働きかけるのではなく。しかしあなたはそれに働きかけること、それを変えること、その反対物を培うこと、所望の状態をもたらすこと、等々を欲しておられる。その事実に働きかけようとするあなたの努力は、問題のもとになるのだが、これに反してその事実の真理は、それ自身の解放行為をもたらす。あなたの精神が努力、比較、正当化、あるいは非難で、いずれにせよいっぱいであるかぎり、あなたは真理に気づくことはないし、また虚偽を虚偽として見ることはない。

「生と覚醒のコメンタリー2 クリシュナムルティの手帳より」(J.クリシュナムルティ著/大野純一訳  春秋社)P319より引用

この週末、本当の意味で「聞くこと」とはどういうことなのだろう?ということについて考えさせられる、あるいは少し気づきのようなものを感じさせてくれる機会が何度かありました。

そんな矢先、今朝久しぶりにふと開いた本のあるページが上述の部分です。

さて、神戸は今朝も爽やかな秋晴れです。また新しい一週間ですね。(^-^)でいきましょう~♪

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
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なぞなぞ

「おまえに答えがわかるかどうか、たのしみだな。よく聞くんだよ。

 三人のきょうだいが、ひとつ家に住んでいる。

 ほんとはまるですがたがちがうのに、

 三人を見分けようとすると、

 それぞれたがいにうりふたつ。

 一番うえはいまいない、これからやっとあらわれる。

 二ばんめもいないが、こっちはもう出かけたあと。

 三ばんめのちびさんだけがここにいる、

 それというのも、三ばんめがここにいないと、

 あとの二人は、なくなってしまうから。

 でもそのだいじな三ばんめがいられるのは、

 一ばんめが二ばんめのきょうだいに変身してくれるため。

 おまえが三ばんめをよくながめようとしても、

 見えるのはいつもほかのきょうだいの一人だけ!

 さあ、言ってごらん、

 三人はほんとは一人かな?

 それとも二人?

 それとも ― だれもいない?

 さあ、それぞれの名前をあてられるかな?

 それができれば、三人の偉大な支配者がわかったことになる。

 三人はいっしょに、大きな国をおさめている ―

 しかも彼らこそ、その国そのもの!

 そのてんでは三人はみなおなじ。」

マイスター・ホラはモモを見て、元気づけるようにうなずいてみせました。

~「モモ」 ミヒャエル・エンデ作/大島かおり訳(岩波少年文庫)P227-228より~

モモの世界にすっかり入り込んでしまった土曜の午後でした。

子供の頃に読まれた方も多いと思いますが、ぜひもう一度手に取ってみてください(^-^)

Hana
季丘便り 伊野華絵
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女神のこころ

素晴らしい本に出会いました。

「女神のこころ」 ~聖なる女性をテーマにした芸術と神話~

世界各地の女神が紹介されています。女神像や写真もさることながら、そこに添えられた女神を讃える詩も素晴らしい。

ここのところずっと、私が心惹かれていたうつわ・・・器(陶器)と女神が重なりました。

在ること(Being)の大切さとも繋がっているように感じます。

女神は女性だけのものではありませんね。女神=女性性の象徴ですから、男性の中にも存在していますし、あらゆる生命の中にも。そして、地球は「ガイヤ」とよばれますが、それはギリシャの大地の女神の名前に由来しています。

2015年は『女神』をテーマに自分の視点を広げていきたいなあと思っています(^^)

そうそう、今年の自宅のカレンダーは、ある美術館の陶器コレクションだったことについ最近気づきました。・・・つい最近です(笑)。潜在意識は今年の初めからメッセージをくれていたのですね。年が終わるころに気づくなんて。うふふ。

Tarot_cup1
こちらは、タロット(ウエイト版)のカップのエースのカード。カップのカードは「水」を象徴しますが、でもカップ(器)自体は水ではなく、「土」なのですね。意味深いカードです。

季丘タロット
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ジョバンニとカムパネルラ

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも
いっしょに行こう。僕はもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなの
幸(さいわい)のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」

「うん。僕だってそうだ」 カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。

「けれどもほんとうのさいわいはいったいなんだろう」

ジョバンニが言いました。

「僕わからない」 カムパネルラがぼんやり言いました。

「僕たちしっかりやろうねえ」 ジョバンニが胸いっぱい新しい力が湧くように、
ふうと息をしながら言いました。 

~「銀河鉄道の夜」宮沢賢治著より~

主人公・ジョバンニは、友人のカムパネルラと丘の上から銀河鉄道の旅に
出かけます。このお話は、星やシンボルがふんだんにちりばめられていて、
著者・宮沢賢治からのあふれるほどの霊的なメッセージを感じます。

彼は仏教徒(法華経)ながらキリスト教の教えの影響も強く受けていたようですが、
作品からは、特定の宗教という枠を超えた真の信仰心の高さがうかがえます。
何度読んでもじんわりと奥深く、読む度に新しい発見があります。

ジョバンニとカムパネルラは、タロットカードの「太陽」にあらわされるツインの関係
だったのでしょうね。

Tarot_sun_2

このツインは、カードを読む視点によって幾通りにも解釈できます。ジョバンニは
カムパネルラと一緒になることで、「みんなの幸(さいわい)のためならば・・・」
という境地に至ったということ。それは、自己(低次の自我)が
もうひとりの自己(高次の自我)と合体した象徴なのだと思います。
二人ひとつになれたから、銀河鉄道の旅に出発できたのです。

タロットカードも奥深く、自分の霊性の成長度合いでさらに理解が深まってゆきます。

季丘タロット
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動的平衡

年末年始の休暇を利用して、以前から読みたかった生物学者・福岡伸一さんの著書を2冊読みました。

『生物と無生物のあいだ』

『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』

難しい専門用語を多用せず、一般にもわかりやすくそして時には哲学的・詩的な面ものぞかせつつ、自分の研究分野からの「生命の神秘」を綴っておられ、どちらも非常に興味深い内容でした。

私たちの細胞は日々、いえ、それよりも短い時間の中で刻々と死と再生を繰り返し生まれ変わっていて、と同時に変化していながらも「私」というものを継続的に保っています。まさに、

『ゆく川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず』ですね。

・・・むかしむかし、学校で無理やり読まされた「方丈記」、今になって読み直したくなりました。なんと鴨長明は禰宜の家の出身者だったのですね(知らなかった私)。

この動的平衡システムを保持している生命の中にある意識。ではその意識のシステムはどうなっているのでしょうね。私の探索意欲がますます掻き立てられました。

もうすでに読まれた方も多いかもしれませんが、機会があればぜひ手に取ってみてください。

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信じること

昨年末のクリスマス頃から毎朝・毎晩音読している大切な本があります。

その中に、

「信じることは 深く理解することである」 とありました。

この言葉は私の心の奥底まで沁みわたりました。

聖者の言葉だから信じる

皆が賛成していることだから信じる

ちょっとうまくいったメソッドだから信じる

・・・これらは信じることではなく、「信」の言葉の前に『妄』『狂』『迷』がつけられた、まったく別物になってしまうのです。

真の意味で信じていること。自分にとってはどんなことなのか。信じているといえるまで自分の内側で深く、深く理解できているものがどれほどあるのか。今一度考えてみたいと思います。

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新しい楽しみ、み~つけた♪

2012年、小室良弥の初投稿です。本年もよろしくお願い申し上げます。

新年にあたり、新たな目標を掲げ、ワクワクされている方も多いと思います。

「これをやろう!やってみよう!」と 誓いをたてたときのあの爽快感と高揚感、実に気持ちのよいものですね。そしてそれを成し遂げたりあるいは一年継続することができると、今度は最高の達成感が訪れます。人間という生き物はやはり、さらに上を目指して進化し続けたい存在なのだなと思います。

私も今年の新たなチャレンジをいくつか設定しました。そのうちのひとつは、いや、ふたつかな、何かを達成するというより毎日意識的に続けることとして、

1.本を丁寧に読むこと(できれば音読する)
2.字を丁寧に書くこと

であります。・・・なぁんだ、ふつうじゃん? って思う方もおられるかもしれませんが、これを常時きちんとやろうとすると、かなりの心がけが必要です。

本については年末から早速、自分なりの工夫を始めていました。というのも、昨年のクリスマスの日に欲しかった本がちょうど届き、思いついたのです。以前から、母が朗読を習っている話を聴いていて、声をだして本を読むっていいなと思っていたこともあり、その本は最初から最後まで『音読』をしてみようと決めました。

ゆっくり、声を出して、一字一字目で確かめながら、著者のメッセージを全受信する気持ちで一節ずつ読み込んでいきます。その本は聖書のように節や章に小分けされているので、区切りをつけて読みやすく、朝晩最低10節以上、と決めて読み始めました。

そして年末年始のお休みを利用し、朝晩以外も時間のあるときに、自宅の部屋でひとり声を出して読み上げること485ページ、おかげさまで本日読み終えました。

その本は、私にとっては読み進めば進むほど、心の中が洗われてゆくような清涼感がありました。そして1回読み終えておしまい、ではなく、これからも毎日朝晩10節ずつ、今年1年を通して、何度も丁寧に読んでいきたい存在となっています。そう、私にとって本を丁寧に読む、ということは冊数を増やすということではなく、書を厳選して一冊を何度も繰り返し読み込むことにあります。

というわけで、今の私にとっての最良の書との出会いをきっかけに、音読という新しい楽しみを見つけました。・・・なかなかよいものですよ。皆さまにもぜひおすすめします。

もうひとつの「字を丁寧に書くこと」について。以前から痛感してはいたのですが、鉛筆やペンで字を書く機会がめっきり減ったこと、そして書く場合もかなりお粗末な字になっていることを改めて自覚したので、リストに加えました。手紙はもちろんのこと、ちょっとしたメモ書きに至るまで、丁寧さを忘れないようにします。字を落ち着いて丁寧に書くことは、心の落ち着きが反映されるものだと思います。そういう意味では、落ち着いてしか書けない「写経」もおすすめです。

この心がけの線上には、「毎日を丁寧に過ごす」という目標があるのですが、具体的なワークを掲げたほうが意識しやすいかな、と思って設定してみました。

今、私はこの設定にとてもワクワクしていますが、ワクワク感の高揚がしぼまぬよう、実行してゆきます。先ほど、手元のタロットカード4番の「皇帝」さんに向かって宣言しました(笑)。(*皇帝には現実化する、実行するの意味があります)

皆さんのそれぞれの新しいチャレンジ・目標設定に、素晴らしい実りがありますように。

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ALL MY SONS

『ALL MY SONS』

劇作家、Arther Miller(アーサー・ミラー)の作品だ。邦訳では、『みんな我が子』で知られている。

大学時代、授業で読んだ本。原書の英語で読んだ中で、生まれて初めて泣けた作品だった。他にも使用した図書・資料は数多くあったが、今でも大事にとってあるのはこの一冊だけだ。なぜか時折、この作品の内容を思い出す。

部品工場の経営者の主人公は、自らの成功のため、そして家族を守るために、不良品と知りつつもそれを隠し出荷する。それがもとで、戦地で多くの若者が欠陥部品付飛行機とともに散ってゆく。

その隠された事実を知った息子は、死んでゆく仲間に対し償うため、自ら欠陥飛行機に乗り、彼も帰らぬ人となる。

息子の遺書で全てを知った主人公は最後にこう気づく。

「みんな我が子だったのだ」と。

そして彼も自分の人生に幕を下ろす。

・・・と、戦争を背景にした悲劇の作品なのだが。

自らのひとりよがりの成功や保守がもたらす弊害は大きい。そしてそれに気づかないことがあるのだ。

「自分さえよければ」

「これぐらい大丈夫だろう」

このベクトルを180度逆に向けて

「みんな我が子」的意識で ひとりひとりが行動したら

どんな素晴らしい世界が待っているだろう。

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わたしと 10のマイナス24乗と 金子みすゞ

金子みすゞ童謡集 『わたしと小鳥とすずと』(JULA出版局)より~

「はちと神さま」

はちは お花のなかに、

お花は お庭のなかに、

お庭は 土べいのなかに、

土べいは 町のなかに、

町は 日本のなかに、

日本は 世界のなかに、

世界は 神さまのなかに。

そうして、そうして、神さまは、小ちゃなはちのなかに。

・・・金子みすゞは天才か?なんという詩だろう!

この詩を読んだ時、自分が昨年冬に衝撃を受けた10のマイナス24乗がアタマをよぎった。

あ、10のマイナス24乗って、「涅槃寂静」のことね。。。

金子みすゞの世界、こりゃまいったな。

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