映画・テレビ

His talk sounds so smart :)

会社の人が面白い動画を紹介してくれました。よかったらお楽しみください。プレゼンをする人は参考になるカモ・・・?(笑)

この人、まるで役者だわ~と思ったら、どうやら本当に Theater performerのようです(^-^)

季丘タロット
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

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ケプラーが捨てた理想

昨日に続き、カール・セーガン氏の「COSMOS」からヨハネス・ケプラーについてのお話です。

彼は、偉大な観測者であったティコ・ブラーエの観測結果の記録から、太陽を回る火星の軌道について研究をし、以下の法則を発見します。

「ケプラーの法則」

<第1法則>楕円軌道の法則・・・惑星は太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。

<第2法則>面積速度一定の法則・・・惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は一定である。

<第3法則>調和の法則・・・惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。

こうやって書くと、もしかして、日常に縁のないような遠いことのように思えますね。もし学生時なら、「テストで出るなら暗記しなきゃ」ぐらいの受け取り方でしょうか。

ですが、この発見にいたるまでの背景を知ってわたしは愕然としました。

ケプラーは、子供の頃プロテスタントの神学校に通います。全然なじめなかったものの、そこで神学・音楽・数学を学びそして運命の「幾何学」に出会います。
彼は後に 「幾何学は 神 それ自身である」と書いているほど幾何学に魅了されます。

神(幾何学)が宇宙を創っている、というところから天文学の世界にいざなわれたのでしょう。牧師の道は選ばず数学教師になったものの、宇宙への興味のほうが勝ってしまい、あまりよい先生ではなかったようです。

ケプラーは、幾何学=神 が宇宙を創造しているのだから、正多面体と惑星の軌道の一致(円軌道)を信じていました。それが彼の仮説であり、同時にそうあってほしいという彼の理想だったのです。彼だけでなく、誰もが惑星が描く軌道は「円」であると信じていた時代でした。「地動説」を唱え批判を受けた、コペルニクスでさえも円軌道の考えは捨てられなかったのです。ティコ・ブラーエも以下のような太陽系を想像していたのですから。

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いくら計算をしても、円軌道とは一致しませんでした。ケプラーはついに「理想」を捨てる決心をします。「正多面体と惑星の軌道は関係がない」ことを受け入れるのです。

そして、ブラーエの観測結果の正確性を冷静に受け入れ、それに基づいた分析から 惑星の軌道は楕円運動である 発見をしました。

私は理系的な細かい内容は理解不足ですが、ただ、ケプラーが自分が熱愛していた想いを捨てる勇気があった、そしてそのことが偉大な発見につながったということが、このエピソードに見入ってしまった大きな理由です。カール・セーガン氏は、ケプラーは幻想より真実を求めたという言い方をしています。

自分が完ぺきに信じて疑わなかった価値観と、目の前につきつけられた現実(そうでなくとも自分の価値観と合わないもの)の間に立たされたとき、どう冷静に判断できるでしょうか。そして、必要であれば自分が持っていたもののほうを捨て去る勇気が私にあるだろうか?

ケプラーの物語から、こんなことを考えさせられたのでした。

このエピソードは「COSMOS」DVD の III. THE HARMONY OF THE WORLDS に納められています。・・・ちなみに同じパートでカール・セーガン氏は、「占星術」に対してかなり批判的な見解を語っています。天文学を占星術と切り離し、本当の科学として切り開いたのはケプラーだとも力説しています。そこのところは、同意・・・出来ないですし(笑)、書き出すととまらなさそうですのでまたの機会に。

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              ヨハネス・ケプラー 1571年12月27日-1630年11月15日

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ヨハネス・ケプラー

久しぶりに 「COSMOS」 をDVDで観ています。

天文ファンならあまりにも有名な「COSMOS」。アメリカの天文学者、カール・セーガン氏による、宇宙に関するドキュメンタリー番組の大作です。
COSMOSが日本で放送された当時、私はまだ小さかったので内容を全然理解出来なかったのですが、映像が美しかったことと、隣で観ていた兄の目がいつもよりキラキラと輝いていたのを覚えています。

昨日少し紹介したティコ・ブラーエの存在は、実はこのCOSMOSを観て知りました。デンマークの天文学者かつ占星術師であり、存命中に膨大な数の天体観測を行いました。彼が遺した観測記録によってあのヨハネス・ケプラーは「ケプラーの法則」(惑星の運動に関する法則)を発見したといわれています。

天文学にさほど興味がない人もケプラーの名前ならご存知かもしれませんね。彼はドイツの天文学者です。彼もティコ・ブラーエと同様、占星術師でもありました。

そう、昔は天文学者は同時に占星術師だったのです。

「COSMOS」の中で、ブラーエとケプラーのエピソードが詳しく描かれています。
ブラーエは天才的な観測者、一方、ケプラーは記録から法則を発見する分析の達人でした。 二人は最後まで不仲だったそうですが、ブラーエの観測とケプラーの研究、どちらが欠けても「ケプラーの法則」は発見されなかったようです。

私の頭では天文学の専門的な知識への理解はお粗末なものですが、「COSMOS」はその難解な世界をやさしく楽しくのぞかせてくれる内容になっています。ケプラーの人生が描かれる中で特に心に響いたのは、彼が法則を発見する過程で 「自分の理想を捨てた」 というところでした。

・・・少し長くなりましたので、 明日に続きます。

「COSMOS」DVDについては、こちら
※購入時は日本語字幕があるか、そしてリージョンのタイプもチェックしたほうがよいようです

季丘タロット
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

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サヨナライツカ

辻仁成さんの、『サヨナライツカ』。

本も映画化された作品も観ていないのですが(笑)、なぜかこのフレーズだけは妙に記憶に残っていて、ふと今日も思い出しました。

人は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと 愛したことを思い出すヒトにわかれる。私はきっと 愛したことを 思い出す

ねえ、そこのアナタはいかがでしょうか?

それにしても、この「愛する」ということばのなんと曖昧なことか!

人の数だけ「愛」の概念がありそうですね。。。

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Attraversiamo

週末、家で映画を観た。

別に観たいと思って選んだ映画ではなく・・・ケーブルテレビの契約上、今月いっぱいは無料で1番組何かを観ることができるから、というたわいもない理由で。

数多くの選択肢から、「まぁ、こんなんでも観るか」と選んだのが

『食べて、祈って、恋をして』。ジュリア・ロバーツ主演のアレ。

彼女演じる主役の女性が、離婚して、ボーイフレンドに振られて、その後自分探しの旅へ。イタリアで散々食べて、インドで瞑想して、バリで恋をして・・・というストーリー。

ジュリア・ロバーツのあのでっかい口でピザを平らげるシーンや、なんだかあたかも「らしく」なったかのような瞑想シーンや、一言いわせてもらうと

『くっだらなーい』的な展開だったけれど。

ひとつだけ気に入ったセリフがある。映画の中で、彼女は最終的に自分をとりもどし、自分を表す言葉を見つける。

それは、"Attraversiamo"

イタリア語を習っている場面で彼女が友人から教えられた一語。英語では"Let's cross over"、つまり、向こう岸(側)へ渡りましょう、という意味。

タロットをやっていると、『向こう側へ渡る』というのは、実に実に意味深い"象意"なのである。

向こう側に渡るということは、表と裏を知ることであり、陰と陽を理解することであり、最終的には、こちら側と向こう側の両面を観て『融合』することなのだ。

映画ではそういう意味で描かれていなかったのかもしれないけれど、私にとってはこの言葉をもらうための作品だったなあ、と思えた。というわけで一人満足。

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インセプション

映画『インセプション』を友人と観た。

ストーリーの展開が早く、冒頭はキャッチアップしていけるか不安だったが、終わってみれば見応えのある143分だった。

人が意図的に他人の夢に入り込むことが現実の世界であるのかはわからないが、日ごろ自分の夢分析をしている私にとっては興味深いシーンが多くあった。

夢には、自分の投影として様々な登場人物が出てくること、階層があること(私は自分の夢で、「エレベータ」や「階段」で階層を感じている)等々。

夢は実に不思議な世界である。と、同時に安易に取り扱うと危険な領域でもある。

夢に興味がある人はぜひ夢日記を。長いスパンで眺めていくと、のちに意外な発見があるかもしれない。それは夢主自身を癒したり、叱咤激励したり、大きく変容させたりする。

やっぱりタロットに似てるな。

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ペイ・フォワード

『ペイ・フォワード』。何年か前に映画館で観た作品です。(以下のウィキペディアはストーリーの核心が触れていますので、読まれる方はご承知おきを)

<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89_%E5%8F%AF%E8%83%BD%E3%81%AE%E7%8E%8B%E5%9B%BD>

最近、なぜかよくこの映画のことを思い出しています。

日ごろ、どんな自分でありたいか・・・と思うとき、この映画のメッセージがとても心にしみるのです。

特別なパフォーマンスは不要です。それよりも、ほんの少し行動を工夫する。毎日の身近で、さりげなく、ごく自然に、ペイ・フォワード的なことを発信できたらスバラシイな。

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天使と悪魔

映画「天使と悪魔」を観ました。劇場公開もそろそろ終わりのようですね。観る人もまばらでした。

5月の公開直後は全く観に行く気ナシでした。もちろん象徴学には興味をもっていたとしてもこの映画はどうかしら?といった印象だったのです。仲の良い友人から「どう?観たいと思う?」と聞かれても、

「ん~。奥が深い内容に思えないな~」と観たい気分ゼロ。その後、別の友人もブログで観たことを知りましたが、それでも別にいいやと思った私。

その次は、オフィスで隣に座っていた女性が「天使と悪魔」を観たがっていることを知り、「へ~。彼女、こういうの観なさそうに見えるのになぁ」と驚いた私。でもそれでも自分はやっぱり行く気ナシ。

そして、つい先日、また別の友人がブログでその映画について書いているのを読んだとき、

「ありゃ、こりゃ観に行かなきゃ」とついに観念(?)した私。

というのは、彼女のブログによると、映画のいたるところで天使などが指さす方向(矢印)が物語の展開の重要な鍵になっているらしいのです。彼女はその『矢印』の面白さに興奮した、と書いていました。

実は私にとって『矢印』というのはここ最近注目している象徴(シンボル)のひとつなのでした。・・・というのも、先日夢に出てきていたのです。大きな矢印が鮮明に。なんだろう、なんだろう、とずっと考えていましたが解明できず。

というわけで、『矢印』に惹かれて「天使と悪魔」を観たのでした。

では、映画にその答えがあったのか?・・・というと、正直まだわかりません。まだ気づいていない、といっておきましょうか。もう少し時間がかかりそうです。

こんな風に出来事と出来事をちょっとした「糸」で繋いで行動してみると、意外な発見があるかもしれませんヨ。

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プロフェッショナル

昨晩、久しぶりにNHKの番組『プロフェッショナル』を観ました。ボリショイバレエで活躍する日本人バレエダンサー。38歳。

小柄な体型ということもあり、ただでさえ背の高いロシア人達に囲まれている環境でなかなか役がもらえない時期が続き、その困難を突破するきっかけとなったのが、サルの格好(いわゆる着ぐるみ)で踊る役を演じきったときだとか。

バレエといえば、王子役が花形ですが、なにも王子役だけがバレエではない。「道化役」で世界一になればいい・・・同じくバレエダンサーだったお父さんからのメッセージだそうです。

自分はこの世界でこの役を演じきる・・・当てはまるのはバレエだけでなく、ひとの人生そのものにもだなぁとつくづく思いました。

自分の人生、一度きりの人生、自分らしく精一杯演じきりたいですよね。幕が降りるそのときまで。

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刑事コロンボ

YouTubeでなつかしいドラマを発見。

子供のころ、毎回楽しみに見ていた「刑事コロンボ」です。ここ2、3日はハイジよりコロンボに夢中でした♪

コロンボはLA警察殺人課の刑事。ヨレヨレのコートに葉巻タバコ(火をつけずにくわえていることが多い)がトレードマーク。「いやぁ、忘れっぽくって」と頭を搔きながらメモをとり、二言目には「うちのかみさんがね、」と奥さんを話題にするのが癖。

一見、冴えないような印象を与えておいて、内側では着実に犯人を追いつめてゆきます。道化を演じ、犯人を油断させ、証拠をつかんでゆくコロンボ。彼を見ていると、タロットカードの「愚者」と「隠者」を連想できます。ドラマの前半が愚者、後半にしたがって隠者に変容していくイメージです。

昔から、「賢けりゃボケてなさい」とか「能ある鷹は爪隠す」といいますね。刑事コロンボを見るといつもその言葉を思い出します。愚者も隠者も表面的な視点からは量れない、秘めたパワーを持っていますから。

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