日記・コラム・つぶやき

瞑想のむずかしさ

瞑想がなかなか習慣化せず、悪戦苦闘中。

精神統一と集中力アップを図るために始めたのですが、毎朝の写経は2年半続いているのに、なぜか瞑想は落ち着きません。

30分はおろか、15分座っているのもしんどいものです。

歩くことも、お経を書くことも毎日少しずつやることで、それが自分の「なんでもない自然にやれること」に変化していったわけですが・・・瞑想は、習慣化するにはなかなか手ごわい相手です。

まぁ、ただひとつ判ったことは、自分の心がいかに周囲からの影響ばかりに反応し、注意散漫になっているか・・・ということですね。心が一点に定まり続けること・・・思考も外し、よぎる雑念についてゆくことなくただそこに「在る」こと。

地道に続けるしかなさそうです・・・。

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理由(わけ)もなくには理由(わけ)がある

昨日、お昼休みに昔流行った歌が頭の中をリフレインしてました。理由(わけ)もなく、です。なつかしくて一人で小さく口ずさんでいました。

すると午後、その歌の歌詞にある最大のシンボルをかたどったものを職場の人からいただきました。「お誕生月でしたよね」って。

その方のお気持ちがとっても嬉しかったのと同時に、内心は別の視点から驚いていた私。・・・理由(わけ)もなくあの歌が降ってきたんじゃなかったんだ・・・。

くだらない?そういう捉え方もあるかもしれません。でも理由もなくには理由がある、と受け取るのも自由です。・・・人生、どっちの選択が楽しいかな~。

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三拍子の不思議

子供のころから、「三」という数字が大好きです。だからでしょうか、何かにつけて私の周囲に三が集まるような気がしています。住所、電話番号、学生番号等など。そういえば私のライフナンバーとやらも三です。

三という数は不思議な力を持っているのかもしれません。私は日常の生活に『三拍子』を取り入れるようにしています。目標を定めるときも「ホップ・ステップ・ジャンプ」という感じで。思えば人生も、

一.生まれて

二.生きて

三.死んで

って三拍子じゃないですか。楽しいワルツも三拍子♪

三人寄れば文殊の知恵。・・・なんとまあ、菩薩まで登場するのです。そうそう、タロットカードの3番・女帝のキーワードに『創造・アイディア』があるのです。こういう気づきがあると、本当に面白いなあと思うのです。

ただし。ややこしい"三"角関係だけは避けたいですが・・・

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忙しさを味方に

私はヒマになるほど能率、効率が落ちます。あきれるくらいに。

「今度の週末はあれもしよう、これもしよう。時間ができたらこんなことしよう」

なんて思っているくせに、さて、いざ週末の自由時間を迎えると・・・時間があればあるほど自分が時間泥棒になります。やることをこなすペースが格段に落ちてゆく。情けない。

その逆に、タイムリミットが迫った場合などはエンジン全開。図書館で借りた本の期日が翌日にせまると、朝の通勤電車の数十分、オフィスでの昼休みの時間で自分でも信じられないほどの集中力で読めてしまう。なんだやればできるじゃない。

時間制限があるって実はありがたい・・・そして忙しさは自分の味方なんだな・・・そう思えます。まぁ、限度はありますが。

思えば人生もタイムリミット付ですね。死ぬまでにタロットをどこまで深く理解できるだろう・・・ああ、時間がないっ。急げ急げ♪

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月のウサギ

今週の土曜日のお月さんは 十五夜=中秋の名月 です。

月の状態は、満月になるほんの一歩手前。満ち足りてしまうとあとは欠けるだけ・・・。それゆえ満ちる直前の月を愛でる。なんとも風流です。

数字の0(ゼロ)が発見される前、この世は9が満ち足りた世界を表していたそうです。今でもそのひとつ前の8が吉数になってますね。

陰陽の世界でも『陰極まって陽となる』『陽極まって陰となる』といわれるように、極限までゆくと今までの動きが反転します。そういえば山も頂上まで登るとあとは下りか・・・。満ち足りた場所でそのままとどまるという状態は、この世ではありえないことなのですね。

さて、話を月に戻します。月といえば私にとってウサギです。今年は特に。

♪うさぎ うさぎ 何見て 跳ねる 十五夜お月さま 見て跳ねる♪

ウサギがなぜ月にいるのかご存知ですか?ウサギは仏教の世界では『献身』『慈悲』『自己犠牲』のシンボルだとか。ある説話が残っているそうです。下記ご参照。

<http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/usagi.htm>

思わずほろっときてしまいました。

私の「ウサギをめぐる冒険」も、この十五夜あたりでクライマックスを迎えるのでしょうか。・・・はてさて。

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ウサギのこと2

前回の「ウサギのこと」の続きを少し・・・。

なぜ、ウサギに追いかけられているのかはわかりません。いえ、私がウサギを追いかけているのかもしれません。

別に天使がウサギの姿となって、私を導いているとも思いません。私は向こう側の世界の存在は肯定派ですが、あまりそういうことに夢見がちになるのは好みませんので。

それでも、ウサギをきっかけに今年私はとても興味深い、そして楽しい経験を味わっています。目の前を通り過ぎたウサギをそのまま見過ごさなかったおかげです。

人は日常、意識しなくとも信じられないくらいの情報をインプットされています。それを全て意識的に、積極的にとりこんで処理していたらきっと体や脳がもたないと思います。意識する前に、無意識の段階で取捨選択している(かなり捨てている)のでしょう。が、たまには無意識界にアンテナを張り、通常の思考回路とはことなったルートから、あるシンボルやキーワードをもとに何かをたぐりよせる・・・新しい世界を見る・・・新しいチャレンジのきっかけにする・・・こういう作業はとても大切なことだと思っています。

タロットをしていると、そのコツがつかめる気がします。カードの図像から、普段の論理的思考回路からは得られないヒントやアイディアが出てきます。それを積み重ねるとカードを離れた場面でも、あれっと思うようなインスピレーションを得る機会が増えるのです。インスピレーションとは、無意識界からヒョイッと意識界に飛び込んでくる虫みたいなものかもしれないですね。

私の今年の「ウサギ」との出会いはそういったものだと思っています。そう、九州への旅も・・・このウサギのおかげです。

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ウサギのこと

実はワタクシ、今年は「ウサギ」に追いかけられています。

それは年始にアメリカから日本に帰る飛行機に乗った時から始まりました。以来、日常の様々な場面で「ウサギ」と遭遇します。といっても、動物のウサギそのものに出会うのではなく、絵だったり文字だったりといった形でです。

最初はあまり気にしていなかったのですが、ウサギという言葉(絵)に出会う回数が妙に多い気がしてから、一層のこと気になる存在となりました。

ウサギといえば思い出すのが、『不思議の国のアリス』。主人公のアリスの前をサササ~っと大急ぎで通り過ぎ、結果アリスを不思議の世界へと導きます。

そういえば、映画『マトリックス』でも同様ですね。主人公ネオが、運命の人・トリニティと出会うきっかけは、友人のガールフレンドの体に刻まれた「ウサギ」のイレズミでした。

昔から、月にウサギが住んでいると言います。・・・本当でしょうか?そういえば子供のころ、そのことを結構真剣に信じていて、穴のあくほど満月を眺めたこともありましたっけ。

ウサギはどうやら"トリック・スター"の象徴のようです。トリック・スターとは、Wikipediaの力を借りると、色々ひっかきまわして秩序を乱すいたずら者。しかし悪い側面だけでなく、神聖であり賢者でもある、神話や物語の中ではまるで、ピリっと辛いスパイスのような存在です。

<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC>

タロット・カードには残念ながらウサギは登場しないのですが、トリック・スターならいるんです。

それは15番のカード・悪魔。

< http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Jean_Dodal_Tarot_trump_15.jpg >

このカード、出るとぎょっとされることが多いですが、悪い意味ばかりではないんです。でもやっぱりちょっとトリッキー。

さて、私にとってのウサギは何を暗示しているのでしょうか。年始から沢山のヒントをくれていますが、これからもまだまだイタズラされそうです。

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微笑みの人

開運への第一歩。それは「笑顔」に尽きると思っています。

先日、お盆で家族のもとに帰ったとき、もうすぐ2歳になる姪を見ながらつくづく思いました。彼女が笑うと、一斉に周りの大人全員が笑顔になっています。すごい伝染力です。微笑みひとつで周囲を幸せにできるって、なんてワンダフル。そして、実は誰もが幼いころその力を持っていて、同じように皆をハッピー気分にしていたはずなのです。しかし、なぜか年を重ねると・・・だんだん出し惜しみしていませんか?考えてみればおかしなものですね。

さあ、微笑みの人になりましょう。一番身近な人、一番大切な人にこそ、日々の笑顔を忘れずに。これこそ開運への道ですね。

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お盆を終えて

この週末は、東京にやっと夏らしい・・・アツ~イ、ジリジリした日が来ましたね。

汗をふきふき、土曜・日曜と父方、母方のご先祖様に挨拶をしにいきました。と同時に、普段はなかなか会えない血のつながった人たちとの交流もでき、これもお盆というイベントがあってこそだなぁと、ご先祖様を通しての縁に感謝です。

最近、夏風邪の影響もあって体調が思わしくなかった私。この暑さの中、あちこち歩き回り大丈夫かな・・・と一抹の不安もありましたが、ところがどっこい、夜帰宅した今、むしろスッキリして体に軽さを感じます。

向こうの世界の存在とも「気」を交わしたからでしょうか。たっぷり元気をいただいたようです。・・・そして、自分のタロットを読む力は、こういった体験が後押ししてくれているのではないか、そんな思いがふとよぎりました。

うまく表現できませんが・・・見えない世界へも意識を向けながら、目の前の現実もひとつひとつこころを込めて体験してゆくこと、これこそが自分の感性を磨くコツかなと思えます。

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真実はどこに

先週一週間は、芸能界が大騒ぎでしたね。

ドラッグ・・・これを象徴するものをタロットカードから選ぶとすると、15番の「悪魔」と18番の「月」の逆位置でしょうか。前者は、真ん中の悪魔がドラッグそのもの、その下の二人の人物が縄で"喜んで"縛られている。自ら望んでの依存状態。離れがたい関係なのです。後者は幻想の世界。目の前に広がるのは夢なのかはたまた現実なのか。ぼやけてよく見えません。でもそれが夢見ごこちで快感なのでしょうか・・・。

逮捕された芸能人二人が、覚醒剤を使用していたのは自身も認めているので事実なのでしょう。ただ、どういう経緯でそうなったのか、とか、逮捕されるまでの行動や心の中は報道どおりとは限りません。いまはインターネットの時代。様々な憶測や裏取りしないままの情報が驚くほどの早さで不特定多数に浸透します。

真実はどこに・・・。確実に言えるのは、逮捕されたその人本人の「脳の中」にはある、といえるでしょうね。あとはどうあがいても憶測の域を出ません。そういう目で流れるニュースを見なくては・・・と思いつつ、報道内容=事実と受け止めてしまいがちな自分がいます。

それにしても驚きました。スポーツ新聞の一面を6日間連続で独占する芸能人もなかなかいないですね。ある意味すごい、といえます。ハイ。

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哀しい花火

オフィス近くでの花火大会。夏の夜空にあの大きな音と華やかな光。見ているだけで活気づいて元気になりますよね。・・・のはずが、意外な精神的ダメージを受けてそそくさと帰り道を急いだ私でした。

花火鑑賞のためにどっと人が押し寄せ、オフィス周辺はどこも大混雑。近くのコンビニには人があふれ、どうしてもそこに用があった私は到着してその人の多さに唖然。『人が殺到する』とはよくいったもので、まさに『殺に到る』ような光景でした。

人が共通の目的に向かって一致団結し、協力的に意識をひとつにするとそこから素晴らしいエネルギーが生まれ、それが力となって何かを成し遂げられたり、大きな変化をもたらしたりするものですが、今日見たような人の集まり、いや、塊(かたまり)と表現したほうがいいかな・・・あれは、何か黒い、重い、あまり好ましくない、できれば避けたい「渦巻き」のように見えました。

美しく着飾ったつもりの浴衣の女性は自分のことばかり。我先に花火を良い場所で、と人を押しのけるグループ。皆は空を見上げ、その足元にはゴミの山。これだけ人が多ければぶつかるわよね・・・そこでお互いが不快に・・・。

そう、私が感じた避けたい「渦巻き」は、おそらく『エゴの塊』だったのではないかと思います。別にエゴを悪ととらえているわけではないのですが、自分のことだけ、という意識がものすごい数で集まると、まさに恐怖だな、と思ったわけです。

あまりネガティブな視点からブログを書きたくはないのですが、世の中で何がコワいって人の集まりほど凶器になるものはないのかもしれない・・・と強く感じたのでした。もちろん、それを反転させればポジティブな力になるわけですが。

花火が打ち上がる方向とは正反対の夜空に、まるいお月さまが薄い雲に隠れて控え目にのぼっていました。そのお月さまと目があったとき・・・なんだかほっとした私でした。そう、今日は満月。哀しい花火だ・・・と、トボトボ帰る私の心をお月さまは救ってくれたのでした。

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勝手気ままなふたり

病院・・・だれも好きこのんでいきませんよね。。久々にお世話になりました。夏風邪にいやというほどいじめられ、耳鼻科通い。味覚や嗅覚が閉ざされるのは本当に辛いものです。

会社を早退し、余裕を持って受付を済ませたものの、待たされた・・・。小さな病院ながら、待合室で待機している人の多さに驚きました。

私の隣の席には、腰の曲がったおばあちゃん。そしてその向こうのドア付近には、2、3歳ぐらいの男の子。診察を待っている間、この二人のおかげで飽きなかった私。

隣の腰の曲がったおばあちゃんは、私より先に到着していて、どうやらずいぶん待たされている模様。先生が診察中なのにも関わらず、診察室を覆っているカーテンの隙間からのぞきこんで、『まだなんですかあ?』 それはそれは大きい声で・・・。「もうすぐですよ」と看護師さんになだめられながら椅子に座りなおし・・・。

『まだみたいだから、トイレいこう』とブツブツ言い、待合室を出て行ったおばあちゃん。とにかく彼女の頭の中は自分の診察を早くしてほしい!でいっぱい。

一方、ドア付近にいた小さな坊やがこれまた落ち着かない。おばあちゃんに負けず、ときどき大きい声を出し、付き添いのババに「メッ」と怒られながらそれでも動き回る。腰曲がりのおばあちゃんと同様、待合室の中ではお騒がせな存在なのですが、対照的なのは、坊やの興味はとにかく360度どこにでもあること。彼にとっては、きたない床の上の綿ぼこりでも楽しいおもちゃ。当然のことながら彼は診察を待つ、という認識は全くナシ。ただくじっとしておれず、常に何かないかと瞳をくるくるとさせている。

この勝手気ままに見えるふたりは、私にとって実に楽しい観察対象でした。自分の診察時間以外に求めるものはなにもなし、のおばあちゃん、そして目に見えるものすべてが『ナニナニ?』の小さな坊や。

人間って面白いですね。

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右か、左か

ここ1週間ほど風邪をひいていました。夏風邪はやっかいです。けっこうこじれてなかなか治りません。振り返ると、ここ数カ月、体調が崩れるのと新月のタイミングが重なるのが不思議です。なんだろう?と思っています。

体調と気力は比例して動きますね。精神的健康を保つためにも体の管理は重要です。

さて、昨日会社から帰宅したあと、図書館から借りていた本が返却期日だったのに気づき、あわてて返しにゆきました。日中の徒歩20分はこの季節はつらいですが、夜はほどよい風もあり、なかなか気持ちの良いものです。空には上限の月がぼんやりと浮かんでいました。

心地よい夏の夜道ですが、やはり夜道は夜道。少々怖がりな私は、暗がりの中、道をどこで曲がるか思案しながら歩きます。日本むかし話風に言うと、

「ここを右に曲がると オニが出るか」 「ここで左にゆくと お地蔵さんが待ってるか」

みたいな感じです(笑)。

おもえば人生って、そういう選択の連続ですね。自分の道、ここをまっすぐゆくか、それとも曲がるか、それも左右どちらにゆくか・・・。その選択によって道の途中で遭遇する対象も変わってくるわけで。

単に図書館までの道のりをたとえに書きましたが、私たちは意識的、無意識的問わず、日々 "選択" をたくさんおこなっているんですね。

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悩み、ひとそれぞれ。

会話をしていて、相手がふともらした「悩み」について、

「え~ そんなことで悩んでるの?」 と思うこと、ありませんか。

周りからしてみれば、大したことがない、気づきもしない、たとえば外見的なコンプレックスなど・・・人は意外なところでそれを悩みとして大きく抱えていることがあります。

タロット・リーディングでも、そんな質問を受けることがあるかもしれません。過去にもあったかもしれません。ですが、読む側(質問を受ける側)は、「そんなこと」ですましたらイケませんね。

「実はたいしたことがなかった」、または「解決は簡単なことだった」と、悩んでいる人本人が気づくように、カードを通して促してゆけるのが最高の解決方法です。

難しいことですが、でもそれがタロット・リーディングの本来の機能だと思っています。『気づきを促す』魔法のカードですから。

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リラックスしよう

今朝の通勤は散々でした。なぜかいつもより早めに出たのでまだマシでしたが、駅に着くといつもの電車が「運転見合わせ」。

朝の通勤時間に困るよなぁ。別の路線でとりあえず近くまで行こうと隣のホームへ。乗るだけでもう大変。紙袋の中のおにぎり(私のお昼です!)がせんべいにならないかしらと、それが一番心配。

なんとか乗り込んだものの、次の駅、次の駅とどんどん乗車人口が増えてゆき、車内はもうおしくらまんじゅう。月曜の朝から最悪・・・。まいったなぁ。

でもふと面白いことに気がつきました。駅に停車して人が乗り込んでくる瞬間が一番圧迫感があるのですが、列車が動き出してしばらくすると周囲の人との間にふわっと空間がでてくるのです。大混雑なのは変わりがないのですが、少し楽になる。乗っている人数は同じなのに。

これってきっと皆さん体験があると思うのです。おそらく人がどっと押し寄せたときは、自己防衛するかのように体を緊張させて、自分の周りにバリアをつくるのですね。でもしばらくたって落ち着いてくると、皆がリラックスしてその混雑に慣れるというか窮屈さと調和しようとするというか・・・近すぎる周りの人の存在を受け入れるんです、無意識に。

不思議ですね。そのことに気づくと、緊張が自分の環境をさらに緊張させるんだなぁと痛感しました。リラックスしよう。そのほうが結局はうまくいくんです。

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鈴の声

職場に、美しい声の女性がいます。彼女から発せられる音はまるで「鈴」が鳴っているかのよう。

忙しいときもそれは変わりません。

「リンリンリン♪」 聞いていてこちらが心地よくなります。

顔(人相)だけではなく、実は声にも相があるようですヨ。鈴が鳴るような声の持ち主は・・・文句なく、周囲を幸せにしますね。見習いたいです。声トレ、声トレ。

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食は運命を左右する

昔の人相学の先生による書物にもあったのですが、

『食は運命を左右する』は真実だと思います。

食は質もそうですが、量も大事。

・・・なんだか、皆さん「いただき過ぎ」に見えます・・・

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月に合わせた自分の波

ツツジの時期を過ぎたかと思ったら、今度は紫陽花(あじさい)。きれいですね。雨が似合う花です。

先日のぬらし絵の先生が、「花は天の色をしています」と言っていましたが、本当にそんな感じです。あじさいももちろん、他の花々も天からの恵み(陽、水、風)をめいっぱい浴びて彩り豊か。私たちの目を楽しませてくれますね。

そういえば、前回の新月から先日の満月までの2週間、私にとっては『花と絵の期間』でした。絵画展や、フラワーアレンジメントの展示会、ぬらし絵のワークショップ・・・意図的に集中させたわけではないのですが、気づけばそうなっていました。

以前、月のサイクルを意識して生活していることを書きましたが、私は月のサイクルを2つに分けて自分のリズムを作っています。新月~満月 の「月が満ち満ちてゆく」2週間と、満月~新月 の「月が欠けてゆき、ゼロになる」2週間。今この時期は 後者の期間なので、前者の期間に自分が吸収したものをかみ砕き、内省する時間に充てています。それで、その『花と絵』についても考えていました。

やっぱり何かしらのメッセージだったのです。昨日、散歩中にその意味に気づき、納得したわたしでした。

月に合わせて、自分の行動や心の動きに目を向けてみると、きっとリズムに気づきます。まるで波を見るように。そして、いいことありますヨ。

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水無月

ここ最近、仕事が忙しい日々です。

帰宅すると、郵便受けに毎週お参りしている神社から封書が。

ああ、もうそんな時期なんだ。開封前から内容はわかりました。

今月末に行われる、「水無月の大祓い」のご案内です。今月でもう1年の半分が終わるのですね。案内書にはこう記されています。

・・・この半年間、知らず知らずに犯してきた罪穢を祓い清める神事です。大祓いを行って清々しいお気持ちで日々お過ごしください・・・

「知らず知らず」かぁ。自分は気づかないところで、誰かのお世話になり、誰かに迷惑をかけ、誰かの・・・そんなことが数限りなくあるのでしょうね。それを思うと、少しぐらい自分が損しようが、迷惑を被ろうが、苦労しようが・・・きっとイーブンなんだ。と思えてきます。

私は願い事のために神社へお参りはしていません。ただ、毎週鳥居をくぐることで、ヴェールの向こう側の世界の力を借りて、自分自身を静かに見つめるほんの少しの時間が確保できるから・・・と通っています。そういう場が国中のいたるところに存在している国・・・ココ、日本は素晴らしい環境なのだと改めて感じます。

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月とともに

昨夜は新月でした。

先月から月のサイクルに合わせ、日常のTo Doをこなすようにしています。新月から満月の約2週間、そして満月から新月の約2週間、月が満ちそして欠けてゆくさまに自分の波動をあわせます。

2週間ってあっという間なんですよね。期日までが短いので駆け足でこなしてゆかないと間に合いません。でもこうやって自分が決めたToDoを実際に「行動にうつしてゆく」ことで、確実に何かが変わってきます。

月は特に女性をサポートしてくれます。体のサイクルがそれを証明しています。女性の皆さん、月を味方につけましょう!

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陰と陽と

毎朝、こんな素敵な銀杏並木の中を通って通勤しています。まるで葉っぱのアーケード。本当に気持ちがいいんですよ~

Icho1

銀杏の姿は三角形。 この三角形は男性性を象徴する形です。

東京タワーやエッフェル塔に似てませんか。あれもそうです。

では、もうちょっと近づいて撮ってみましょう。

Icho2

あれ、もうひとつ三角形がありませんか。・・・どこって?

ほら、銀杏の木の間の空の部分です。木とは逆向きの三角形ですね。これは女性性の象徴。ふつうは、銀杏ばかりに目がゆきますが、よく見ると、ね。そういう見方もあるわけで。

男性性は陽、女性性は陰。日常を見渡すと、陰陽はどこにでもあります。どちらも必要で、どちらもお互いあってこその存在です。どちらにも目を向けることができるといいですよね。

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鯉・のぼる!

雨の公園。人もまばら。緑が深々ときれい・・・。と、公園の中心へいくと、

こいのぼり発見! 風があるとほんとうに泳いでいるように見えますね。いや、泳ぐというよりノボル、ですね。5月5日は『子供の日』。 

のぼり鯉は 運勢上昇の象徴。鯉たちよ、のぼれのぼれ~

Koi_20090505_2 

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穀雨のとき

日曜こそ晴れましたが、金・土は冬に逆戻りしたような寒さ、そしてしっとりした雨でしたね。

二十四節気でいうと、いまは『穀雨(こくう)』の時期。その言葉どおり、この季節の雨は乾いた田畑や大地にとっては欠かせない恵みの水。そして雨が降るたびに木々の緑も濃くなってゆきます。

天も地もちゃんとそのときどきに必要な「お仕事」してますねえ。晴れて乾いて雨降って湿って風吹いて・・・必要なことなんですね。

マイライフの中でもきっと同じことが言えるんだろうなあ。長い目で見れば、ずっと晴れが良し!というわけでもないんですね。

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運も実力

WBC決勝戦の延長戦で決定打を放ったマリナーズのイチロー選手が発したコメント。

「オレ、何か持ってますね~」

これをさらに証明するように、先日、日米通算安打の日本記録に並ぶヒットは「満塁打」。コメンテーターが言いました。

「こういう星の下に生まれた人っているんですよねえ」

この「星の下」ってまさしく『占星術』のことですね(笑)。たしかに人生、運の強い人・そうでない人がいる気がします。

ですが、イチローが『何か持っている』ことを証明するには、彼の日々の努力なくしては見られなかったわけで。別にタナボタでもなんでもないんですね。

本人が積み重ねてきたレンガの上に、神のエナが降りてきて爆発する・・・まるでタロットカード16番の「神の家」のようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Jean_Dodal_Tarot_trump_16.jpg

神の家は、あまりの強い衝撃に耐えられず人がひっくり返っていますが、決して悪い意味だけでとらえることはありません。また、レンガで積み上げられた塔は「努力の賜物」と読める場合もあります。まさにこれがイチロー選手のような感じです。

私もあきらめずに日々レンガを積み上げる努力をしてゆこうと思います。自分が「何か持っている」星の下に生まれているかどうかはさておき・・・

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朝は金デアル

日の出時刻がますます早くなり、朝型の私としては嬉しい限り。

景色も桜の時期から新緑の時期へとシフトしますね。

個人的にはこの時期のエネルギーが一番好きです。木々が新しい葉を広げるように、私の内側からも新緑に似た生まれたての何かを生み出せそうな気がするからです。

特に朝の時間は最高です。TVやラジオの音はNG、ただただ窓の外からの自然音だけで朝の空気を味わうとそれだけで幸せ感いっぱいです。

朝は金なのです。早起きが苦手な方でもこの時期にぜひ一度、ダマサレタと思って一度やってみていただきたいと思います。

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山あり谷あり

ブログ更新が少し滞っていました。

桜の季節ですが、まだまだ寒かったり、急に暖かい日が1日だけあったり、強風にあおられたり・・・山あり、谷ありな空模様ですね。

そんなお天気と呼応しているのかしら・・・私のこの頃も山あり、谷ありです。

それでも、それを「楽しむ」余裕を持っていたいけれど・・・。なかなか難しいものですね。

こんなときは自然が一番です。桜の花が ひとひら 舞い降りるのを見ただけで嬉しくなります。今年は桜が長く楽しめそうですね。

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時間をコントロール

最近、本当によく思います。

スケジュールがタイトで忙しいときほど、時間の使い方に無駄がないなぁと。

・タイムリミットがあること
・そしてそれを意識して目の前のToDoに集中すること

これができれば「夢は叶う」、そう思ってます。

タロット大アルカナの10番・運命の輪は「時間」を意味します。

回転している輪から脱し、その輪の上で悠々と座っているスフィンクス。彼はもはや時間に追い立てられる、運命に翻弄される輪の中のイヌやサルではありません。

自分の時間は自分でコントロール。大事なことですネ。

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ハクション、じゃない、アクション!

久しぶりにおばに会いに行きました。彼女は非常に聞き上手で、どんな話題でも自分なりの感想や意見を述べてくれ、話していてとても楽しい存在です。

ひょんなことから政治の話になりました。ノンポリなくせに、昨今のイケてない情勢に対してため息をつく私。でも。。。

おばの 『黙っていることは その状況を賛成しているのと同じって 誰かが言ってたわね』

その一言に

「そうなんだよなあ」と 反省させられました。

文句は言えます、いつでもだれでも。

文句言うだけでは何も変わらないわけで。そして文句はその状況を黙認していると一緒なわけで。

何かを変えたいと思ったら、実際に行動しなければならないのです。政治のように大きなこともですが、自分自身の人生もしかり。

今日は花粉がよく飛んでましたが、ハクションばかりしてないで、アクション・アクション・・・そんなことを思った午後でした。

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チェンジ!

テンプレートを変えてみました。今まで何度か変えてきましたが、変えたといっても私が選ぶ傾向はよく似ていて、変わったけど変わっていないような・・・そんな感じもします。

人は変わることへの願望と抵抗の間でよく葛藤を起こしています。

変えたい、変わりたいなあ、けれど変わりたくない、このままがいい・・・。

心地よい場所ほど、気に入っている環境ほど、それが永遠に続くことを望みます。そんなことありえないのに、です。

かえって窮屈でしんどい渦の中にいるほうが、よい変化を求めてのパワーが出るものですよね、皮肉なものです。

春は出会いと別れの季節ともいいます。それは私たちに大きな変化をもたらしますね。いかなる変化も前向きに迎えたいです・・・ネ。

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弥生(やよい)の月

3月ですね。あっという間に・・・という感です。

陰暦では弥生(やよい)といわれています。

語源の由来を調べると、弥生の弥(いや)は、"ますます"、生(おい)は"草木の芽吹き"を意味するとか。この時期は、草や木が徐々に芽吹いてゆくところから、「いやおい」が「やよい=弥生」となったようです。

表面に、目に見えるところにどんどん出てくる芽ぶきの様(さま)は、見ていて勢いがありますね。急にひょっこりあらわれたようでも、実はその準備が土の中でしっかりと行われていなければ、外側にデビューもできないわけで。冬の間も見えないところで仕事してるんですね。

この"見えないところ"で蓄える力こそ、実力といったところでしょうか。

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ニュース

メディアが発信するニュースは、つくづく『断片的』だなあと思います。

全体のほんの一部分だけを流すことで、その意味や受信側の捉え方が大きく変わることもあり。

ニュースの対象となった人たちが一番それを感じていることでしょう。

真実を的確に伝えてゆくことは、非常に難しいことなのかもしれません。

自分から遠いところでの出来事を知るために、大変便利な情報ではありますが、受け手としてのスタンスをいつも考えさせられます。

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おそるべし、毎日の運勢

今年も手元にあります。「高島易断本暦」。一番分厚いのです。

暦好きにはたまらない(?)、いろんな暦ネタが載っていますが、ご丁寧に九星別・毎日の運勢も365日分、一言ずつ書かれています。すごいことです。とは言いながら、九つにしかわかれていないし、当たるわけない・・・。と思っているワタシ。

今月初め、2月分にざっと目を通したときに、11日の建国記念の日の欄に

『年寄りの意見に貴重なヒント有り』 と書いてあるのが目にとまりました。

ふぅ~ん・・・年寄り? 母の実家でもいくことになるのかなぁ。しばらくいってないなぁ。そんなことを思い、そのことすらも忘れていたら、急な事情でその日なんと祖父の家で祖父と二人きりで過ごすことに・・・。

祖父から昔話含め、色々なことを聞きましたが、その中にあったんです!

『貴重なヒント♪』

いやぁ、おそるべし、暦本。でした。こんな日もあるのですね。

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鬼は~、どこ? 福は~、どこ?

今日は節分、豆まきの日ですね。

豆は「魔を滅する」→「っする」のゴロ合わせからきているらしいですよ。

鬼はどこでしょうね? → さっさと外にいってもらいたい

福はどこでしょう? → いつでもウチにきてもらいたい

自分の心がけ次第・・・きっと、そうです!

節分は季節の区切り、明日は立春。昔の暦に合わせて、季節を感じ、そして自分の内側も春に向けて オープンハートになれるといいですね。私たち人間も自然の一部。季節の変化に波長をあわせると、意識の変容もスムーズにいくやもしれません。

陽の光のエネルギーが確実に変わってきました。これから色々な「春」が動き出すのだと思います。誰にも温かい春が来ますように。

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無駄をなくす

去年から続いているのですが、『無駄をなくす』心がけに拍車がかかってきています。

自分をよく観察すると、いかに無駄が多いかに気づかされます。

代表的なことは、

・無駄な時間
・無駄な飲食
・無駄な出費

そして最も気をつけたいこと、

・無駄な思考(考えてもらちがあかないことへの執着)

これは時間の浪費へもつながりますし、その瞬間に必要な別の物事への集中力も欠きます。己のこころはどこへやら?状態です。

とことん、自分の無駄を減らしてゆきたいです。別にケチになるとかストイックになるとかではなく・・・自分が一体、一瞬一瞬何をしているのかを認識(観察)するための作業です。

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オバマ新大統領

アメリカでは間もなく、オバマ新大統領の誕生ですね。

TVで彼の顔をみるたびに、選挙活動での"Yes, We Can"がアタマの中でリフレーンされます。コレ、おまじないのように唱えると結構効果あるかも。。。

今年成し遂げたいと掲げた自分の目標、私も "Yes, We Can"と唱えながら進んでいきたいと思います。I ではなく Weで。 自分だけでなく、伊野華絵の周囲の人たちもそれぞれが目標に向かってまい進できるように願いを込めて。

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もしも願いが叶うなら

もしも自分の願い、ふと思ったことがそのまま実現する・・・してしまうとしたら?

夢のように「幸せ」な毎日でしょうか?

ちょっと待ってください。思ったことがすべて現実となるなら、たとえそれが否定的な思いでも、です。

あなたが日々願うこと、思うことはどんな風景でしょうか?

すべてが叶うことを前提に、心模様を描いていたいですね。

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心に刻む言葉

今日は久しぶりに実家近くのお不動さんへお参りしました。

毎日の写経がいくらかたまると、お焚きあげをしてもらうべく納めています。

いつもは多くの参拝者で混みあっているのですが、今朝は不思議と人も少なく、静まり返っていました。納札所へ行っても誰もいません。

毎日ほんの数十文字でも、続けているとこんなに書くのだなぁと思いながら、自分の書いたものとさようなら。一生懸命書き上げたものにも「執着しない」という意味で焼いてもらいます。

ふと顔をあげると、壁にかかった木札の文章に目がとまりました。

『いつも喜んでいなさい。たえず祈っていなさい。すべてのことに感謝しなさい』

喜び・祈り・感謝。もしかしたらどこにでも目にする言葉かもしれません。

ですが、今日の私には何か今まで自分が思っていたそれらの言葉から受ける重みとはまた違った感覚がありました。

喜びはただうれしい、たのしいということではなく、

祈りはただ何かをお願いして唱えることではなく、

感謝はただありがとう、ではなく。

何かもっと深いところで受けとめなさい、それには『利他』をもっと意識することが大切だと言われているように思いました。

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動機はなんでしょう?

自分が一生懸命必死でやってきたことなのにある日突然、

『何やってるんだろう?』

なんてシラけてしまったり、その先に見えるはずの景色が見えなくなったりして元気がなくなること・・・ありますよね。

そんなときは極力、まず落ち着くようにして、それをするときの最初の『動機』や『自発的な心』を思い出すようにしています。

それを思い出すことができて、まだその気持ちに同意することができるのならきっとシラけてしまったのはちょっとした休息時間だったといえるでしょう。視界はまたすぐにクリアーになります。

思い出すことに苦労したなら、・・・ぜひタロットに聞いてみましょう。自分の無意識界で眠りこんでしまった真意を揺り起してくれることでしょう。

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年賀状

日曜日から少しずつ年賀状を書き始めています。

昔は、元旦に「あけましておめでとうございます」とゆっくり書いて、送っていたのでしょうが世の中いつのまにか何でも先取り、前倒し?  師走は忙しいものです。

でも気持ちだけでもゆったりと書きたいと、毎日数枚、と決めています。最近は手書き部分が少なくなりましたね。準備は早くて簡単でしょうが・・・というわけで、私はいつも「一言」以外に、宛先の住所と名前も自分の手で書くようにしています。

しかも縦書きです。毎日の写経もそうですが、「縦書き」ってきちんと姿勢を正し(正座が一番)、書く対象と自分の中心線を合わせないと曲がってしまうんですよね。横に書くときより「気」が入る感じです。

『縦書き』ってすごいな・・・。年賀状を用意しながら、そんなことを思いました。

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華のある人

芸能関係の人には欠かせない要素でしょうが、一般の人にもいますね。「華」のある人。

一見は容姿も左右するでしょうが、よくよく観察すると本当の意味で 華のある人は内側に輝く何かを持っているように思います。ある人は生まれつきの華であり、またある人は、積み上げた人生経験がもたらしている華であり・・・華も人それぞれです。

おそらく誰もが「華の種」は持っているのでしょう。それが意識しなくても輝いてしまう人、年を重ねるごとに自然とじわじわ表面化する人、残念ながらいつまでたっても宝の持ち腐れの人・・・なのかなぁと思います。

タロットカードは ときにその華の輝かせ方を教えてくれたりします。そう、迷いを決意に変えてイキイキと歩き出せたなら、その人の華は内側でピカッ光を放ちだすことでしょう。タロットの力は本当に素晴らしいと思います。

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石川遼クン

今、最も旬な人のひとりですね、石川遼クン。

TVでは賞金獲得額ばかりが取り沙汰されますが、あの品の良い「人相」と、なんといってもさわやかな「名前」が素晴らしい。

彼の名前を思い浮かべると、美しい景色が描けるのです。イシカワリョウ、と耳にも心地よい。

今後のさらなる活躍が楽しみです。

いつもはタロットからメッセージ(コトバ)をひっぱりだしていますが、逆に絵や画像でなく、漢字(文字)や音から景色を想像すること・・・私の楽しみのひとつです。

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福袋

今年も本当にあとわずか・・・なんだなぁと、今朝のTVで「福袋」特集を見てしみじみ思いました。

この「福袋」、私は毎年不思議に思うのですが、どうしてあんなに開店前のデパートに行列ができるほど、人が殺到するのでしょうか・・・。年始は静かに厳かに迎えた方が心地よいと思いますが、お正月から鼻息荒く買い物してもねえ・・・なんて。夢がない発言かしら?

人気の秘密はとにかく「お得」なんだとか。通常で購入するよりお値打ち品がいっぱい。また、何が入っているか具体的に分からないところもワクワクするのでしょう。

でも、中身が自分にとって本当に必要なものとも限らない。「必要じゃないかもしれない」ものを手に入れて楽しいかなあ?

年の始めからいたずらに「欲しがる」のではなく、今、自分が与えてもらっている現状を見つめ、それに感謝する姿勢は大切なことだと思うのです。

まぁ、買い物もときには気持が潤って楽しいものではありますけれど、ネ。

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子ども

クローゼットの奥にしまっていた箱を久しぶりに開けると、新聞の切り抜きが出てきました。いつしまったのか全く覚えていません。ですが、切り取って箱に入れたのは私。切り抜きたいほど印象に残ったのでしょう。下記ご紹介。

子ども

批判ばかりされた子どもは
非難することをおぼえる

殴られて大きくなった子どもは
力にたよることをおぼえる

笑いものにされた子どもは
ものを言わずにいることをおぼえる

皮肉にさらされた子どもは
鈍い良心のもちぬしとなる

しかし、激励をうけた子どもは
自信をおぼえる

寛容にであった子どもは
忍耐をおぼえる

賞賛をうけた子どもは
評価することをおぼえる

フェアプレーを経験した子どもは
公正をおぼえる

友情を知る子どもは
親切をおぼえる

安心を経験した子どもは
信頼をおぼえる

可愛がられ抱きしめられた子どもは
世界中の愛情を感じとることをおぼえる

「あなた自身の社会 スウェーデンの中学教科書」から抜粋
川上邦夫訳 新評論

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突然の訪問客

今朝、部屋の掃除をしていると玄関の外から大きな声のような「音」が聞こえてきました。

その音が、どうも私を呼んでいるような気がして、そぉっと開けてみると、目の前にある動物がちょこんと。こちらを見ているではありませんか。驚いた・・・。

その動物について、ここ最近アレコレ調べているところだったのです。彼(彼女)はしばらくこちらをじっと見て大きな口を開け、また一啼き。

間近で見ると結構迫力があったので、ドキドキしてしまった私。そっとドアを閉めました。

こんなことってあるのですね。彼(彼女)は何を言いたかったのだろう?面白い体験でした。

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タロット道

銀杏並木。オフィスまでの道のりがこんなに美しいなんて、恵まれています。

自分のあるくタロット道もこんな風に 黄金色で まっすぐで キラキラしている道だと嬉しいな・・・なんて思いました。

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真央ちゃんの仮面舞踏会

毎年フィギュアスケートのシーズンは本当に楽しみです。

ジュニアのころ、無邪気にポンポンとジャンプしていた真央ちゃんが、仮面舞踏会で情熱や恋を表現するほどの年頃になったのですね。昨夜、初披露の演技を見ました。

細かい採点方式は分からないので、結果のポイントや順位はさておき、昨夜の真央ちゃんにまた元気をもらった伊野華絵です。

新しいプログラムにさらに新しい挑戦を取り入れて果敢に攻める・・・そんな前向きな変貌を感じました。結果と同様、本人のコメントも満足ゆくものではなかったかもしれませんが、彼女が見すえているのはバンクーバー・オリンピックなのでしょう。それまでに自分を高める努力を惜しまない姿勢を、一ファンとして応援し続けたいと思います。

バンクーバー・オリンピックのころは、自分は何をどうしているのだろうか。さてはて、真央ちゃんに見とれているだけでなく、自分のビジョンを明確に描いてゆきたいです。彼女の銀盤での表現が皆に元気を与えるように、私もタロットを通じて少しでも多くの人の人生の「季節」を忠実に表現し、決意を後押しできるリーディングを目指します。

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十干をタロットリーディング

「滴天髄を原典で読む」という講座に参加しています。

四柱推命をまともに学んだこともない私が、いきなり臨む内容ではない、ということを初参加の授業で知りました。わっはっは。

でもインスピレーションで選んだんです。・・・当たってました。今の私にはビンゴな内容です。所々、基礎ができていないので食いついてゆくのに必死ですが、自分の内側を十分鼓舞してくれるので非常に満足しています。

十干がもつそれぞれの性質を読んでゆくときに、たとえば甲(きのえ)や丙(ひのえ)がもつユニークな部分を、先生の説明をもとに私は映像によって解釈してゆきます。

先生はもちろん言葉で解説されるのですが、何の下地もない私はそれを頼りにアタマの中で絵を描きます。甲は陽の木であるが、具体的にどういったイメージなのか。陽の火である丙はよく太陽で表わされるがなぜそうなのか。一方、陰の火が地上の火(人間が普段使う火)といわれるその特徴とは・・・等々。

先生のすばらしい描写のおかげで私のアタマにあるキャンバスにもイキイキとその模様が描かれてゆきます。

ああ、タロットから教わったすべてのことがココでも発揮されているなあ、と嬉しくなりました。漢字一文字の「干」から、ビジュアルなイメージが溢れてくるのです。実に面白い体験をしています。

まるで「十干を(タロット)リーディングしているようだわ」なんて思いました。

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幸せの鍵は・・・

自分の心をいかにコントロールできるか、ですね。

『心こそ 心迷わす 心なれ 心に心 心ゆるすな』 (沢庵宗彭さまのお言葉)

感情に振り回されている自分は、実は本当の自分ではないのですね。

そんな自分にはっと気づいたら、「あ、これは自分じゃない」と唱えてみましょう。少し高い位置から冷静に己を見つめることができるでしょう。

それにしても、自分自身であるはずの自分の心のハンドルさばきがなんと難しいこと・・・。人間とは複雑でやっかいな生き物ですねえ。

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上弦の月

今日、会社からの帰り道、ふと空を見上げるとお月さんと目が合いました。

今晩の姿は、『上弦の月』です。

新月から満月へ大きく、まあるくなっていく過程での半月。駅のホームでしばらく眺めていました。

月はわたしだけのものではないのですが、いつも見ていてくれるような気がします。そんな風に思うだけで、心があったかくなります。

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自分を高める呪文

最近、「苦手だな」や「限界だ」と思うことを"意識的にやめよう"と努力中。

何年も前、まだ社会人になってそれほど経っていない頃、会社のある重役の方の座右の銘を社内報で目にしました。

そこには「やればできる なんでもできる 必ずできる できるできる・・・」

一字一句記せないのが残念ですが、とにかく「自分はやればできるのだ」という呪文のような文言だったのを覚えています。

当時の私は、「なんだか体育会系のノリですごいね」なんて程度の感想でした。たしか。その座右の銘の重みが今頃になってひしひしと伝わってきているのです。遅いな、まったく。それでも覚えていたということは自分の心の中で何か感じるものがあったからだと思うのです。

日常で知らず知らずの間に、自分で可能性を狭めるような枠を作ったり目の前に出現した挑戦への切符をつかみそこなったりしていることがよくあるように思います。まるで食わず嫌いのようなもったいない行為です。

以前も書いたように、目の前の世界は自分の心が作っているとしたならば、自分の限界も自分自身の思い込みが形作っているとはいえないでしょうか。

そうはいってもその心がもつクセをすぐに直せたら悩みはしないですよね。でも少しでも変えてゆきたいと思うならば、自分への呪文を一度試してみてください。

あれえ、また枠を作っているな(苦手意識が出てきたな)と思ったら、自分にはその枠を超える可能性がある、と励ます呪文を唱えるのです。口に出してもよいかもしれません。そのときに心と共に体にも言い聞かせるように。

「私にはできないな」・・・こんな思いがよぎったら、何やらモゴモゴ言うようにしております。声に出す方が体や行動がついてくるように思います。おかげで独り言が増えたかな・・・?

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水星逆行、恐るべし

星の動きや占星術に詳しい人ならご存知ですね。先月の24日から明後日16日までの間、星空では「水星」さんが逆行中。水星はコミュニケーションや移動をつかさどるため、逆行期間中はその類にハプニングが起こりがちなのだとか。

例えば、予定・計画の滞り、人間関係においてのミスコミュニケーション、通信上のトラブル、そして交通手段の遅延・障害などなど。今回の逆行期間は、私の記憶の中では一番、その影響の大きさを目の当たりにしているようです。自分のこともさることながら、職場で周囲が思いっきり「水星逆行パンチ」を受けている光景を何度も目撃し、

「ああ、水星逆行中ですからね」と言うわけにもいかず。(ただでさえ"変わったコ"とみられているに違いないので!)

でもこの期間を利用し、「旧交を温める」「過去を振り返ってみる」というのは効果的だとか。それを意識していたわけではないのですが、先日、一昨年・去年と書きなぐっていた何でもノートをふと取り出して読んでみると・・・

『今、このタイミングで自分が読むって分かって書いてた、私?』と驚くことがつ~らつら。

書いたこと自体忘れており、そのときどんな気持ちで書いたかも思い出せない。過去の自分から答えをもらうことってあるんだなと、不思議な気持ちでした。

そんなこんなで逆行期間もあと少し。パンチされないように、慎重に過ごします。。。特に仕事は慎重に。

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「かぶ」さん、こんにちは

「かぶ」と言っても、今、経済混乱をもらたしているあの「株」ではなく、野菜の「かぶ」。

3,4日前に種まきをしたところ、あっという間に芽が出てきました。黒い土の中から元気な緑がニョキニョキ顔を出しているのを見て、なんとも言えず、ジーンときました。

芽が出始めたころに、密生している部分は「間引き」をせねばなりません。そのままにしておくと、土の栄養分が全部の芽に吸われますし、芽達が共倒れになりうまく育ちません。

私にとってはどの芽もかわいい子供のようで、間引きという作業が苦痛でした。せっかく生まれ出てきてくれたのにもう摘まなければならないなんて・・・。「ごめんね」

と同時に、「種を蒔けば芽が出る。そして蒔いたのは私。」と思い知らされた瞬間でした。

もっと自然に触れたくて、小さなベランダで始めた「お育て」。新たな気づきをたくさんもたらしてくれそうです。

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秋の実感

朝夕、出勤前と帰宅後に窓を開け、外の空気を取り入れます。

ここ数日は、部屋がキンモクセイの香りでむせかえるよう。夜はそこに虫の音も便乗します。

秋ですね。目にはさやかに見えねども・・・そう、まだ視覚的に秋色を確認できていないのですが、嗅覚(香り)と聴覚(虫の音)が一足先に秋を満喫しています。

今、20時をまわったところ。秋の夜は・・・いいものですね。

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読む力

タロットカードは、視覚言語なので、図柄が何を言っているか読まねばなりません。読めるようになるには、それなりの訓練や経験が必要です。

文字になっていない対象が「何を語っているのか」理解すること・・・コレ、日常で誰もが結構やっていることですね。例えば、その場の空気を読む、人の顔色をうかがう(読む)、等々。

この読む力を鍛えてくれる最も効果的なものは何かなぁと考えていたのですが、分かりました。

それは「自然」。特に、決まった時間に習慣的に同じ場所へ行ったりすると、季節の変化をしっかりと感じ、自然からの語りかけを体で受けとめることができます。

今日、毎日曜日にお参りしている神社の境内で木々を見つめながらそんなことを思いました。そういえば、朝の通勤路に見る緑たちも色んなことを教えてくれます。

規則正しい生活をして、自然の変化に触れることは、そういう意味でも大いに得るものがあるのですね。

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今が一番若いんです

半月前にオフィスが移転し、それによって通勤路が変わりました。今は朝夕、銀杏並木を眺めながら徒歩15分の道を楽しむ毎日です。

そんな場所がら、マラソンをしている人々とすれ違うこと多々。今日は、部活のトレーニング中らしき若者たちが私の前を軽やかに通り過ぎてゆきました。

「私もあの頃、必死で走ってたこともあったなぁ。もし今、あのぐらい若かったらもっとしっかり運動して体力つけられるのになぁ」彼らを見つめて、自分にぼやきを始めた私。

と、そこで上からこんな言葉が降ってきました。

「今が一番若いんだよ」

昔の職場で、これをよく口にしていたおじさまがいました。何かやりたいと思ったらすぐやってみること。昔を思い出してああだったらとか、もう若くないからとか言わず、そう思っている『今』が一番若いのだから。

本当にそのとおりだなと思います。時間は誰もに平等に過ぎてゆき、時計の針だけは巻き戻しがききませんね。今が一番若い・・・後回しにしていることがあったら、この言葉を思い出そう。今日はそんな帰り道でした。

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部屋掃除、心の中も掃除して

週末、祝日を利用して・・・いつもより念入りに掃除しました。「捨てる」ことを中心とした掃除。たまに発作的にやりたくなります。だいたいそういうときは、心にもいらないものが溜まっている証拠。面白いことに、掃除を終えて「あ、そうだったんだ」と気づきます。

今回は、玄関まわりに置かれていたものを思い切って捨てました。「よかれ」と思って飾った置物も、なぜか窮屈になってしまった。気の変化のように思います。

玄関とはまさに外へ出るドアであり、内へ入る扉であり。その部分を、できるだけ広々と開放的にしたかったのです。

何か新しいことがやってくるかもしれません。もしくは、自分が新しい世界へ一歩踏み出そうとしているのかもしれません。

タロットカードに見られるシンボルの意味を思うように、日常にあふれる事物からちょっとした気づきを得られることがあります。たとえば今回の玄関のように。

そんな観点から毎日を見つめると・・・どうでしょう? 退屈な日など、ない気がしませんか。

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手書きの効果

文房具店に寄ったら、もう来年のダイアリー(手帳)が出ていてびっくり。そうかぁ、今年もあと3か月余りなんですね。時の経つのは早いものです。

ここ数年は、予定を携帯で管理していましたが、久しぶりに手帳を買ってみた私。薄くてシンプルなものを選びました。切り絵の紙カバーが気に入っています。今年の10月のページからあるので、早速今後の確定スケジュールを書き込みました。

PCや携帯を利用するのは大変便利ですが、手書きで紙に情報を落とし込むと、より深く自分に刻み込まれる気がします。不思議ですね。朝夕、その日や翌日のやることリストを余り紙にペンで書いて、やり終えたら上から線を引いて、なんて思えばよくやっていますが、あれも手で書くことで「これをやるぞ」と自分に言い聞かせ、やったら線を引きながら「できたぞ」と自己確認し、終えた安心感と満足感を得ているんだなぁと思います。

自分が何をやろうとして、結局それができたのかどうか、どんな小さなことでもひとつひとつ確認し、納得して次のことに進む。これはとても大切なことだと思います。その作業過程で、「手で書くこと」はとても有効な行為なのだなと今更ながら気づかされています。

手書きの機会、昔よりうんと減ってしまいましたが、なるべく増やすよう心掛けたいと思います。

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思い出のパン屋にて

昨日久しぶりに、昔よく食べたパン屋へ足を運びました。

イートインできる場所もあり、せっかくだからここで、と店内でコーヒーとともになつかしい味を楽しみました。

昔、とてもお世話になった人ゆかりのパン屋さん。私にとっても生涯忘れることのできないお店です。パンの品揃えは大きく変わっていましたが、店のもつ全体的な雰囲気は相変わらずで、そのことがとても嬉しかった。

食べていた時、ふと目の前の壁に、「ベーコン・エピ」パンの宣伝が。

そこには「エピはフランス語で"麦の穂"を意味します」とありました。思わず顔がほころんだ私。マルセイユタロットにも 麦が登場しているのです。ブログでも何度か触れたことがありますが、麦は「実りの象徴」。皇帝のカードにある麦は、現実的な実りを、13のカードにある麦は、霊的なそれを表します。

お世話になった人が天国から、私の人生が実り多きことを願ってくれているような気がしました。短い時間でしたが・・・なつかしの空間で不思議な心地よさを感じました。

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人も星なのかしら?

今朝のモーニングカードが17番・星だったからそんなことをふと思ったのでしょうか・・・。

よく「自分中心に世界が回っていると思って」なんて、あまりよくない例えで使いますが、実は皆、それぞれ自分にとって、自分こそが中心となる「恒星」であり、周囲が「惑星」や「衛星」なのでは?と感じています。

タロットは、科学では解明できないような全容が「神秘」につつまれているイメージを持っていますが、そこに書かれている太陽や星は現実に存在し、そして科学の面からもどんどん分析されている存在です。タロットに描かれる図像を理科的な目で見てHPに掲載していますが、

http://homepage3.nifty.com/inohanae/attributes-science-space.html

太陽系では、太陽が中心になりその周りを地球をはじめいくつかの星が周っています。太陽のような星を「恒星」と呼び、その周囲をまわる地球のような星を「惑星」、惑星をまわる月は「衛星」と呼びます。

そう、誰もが自分の宇宙の中では自分自身が太陽=恒星なのです。そしてその力で、周りの星を引きつけ、自分とある規則的な距離を上手に保ちながら運行させているのです。

何を思うかというと、周囲からの影響は、結局は自分の影響(引力)がもたらしている結果ということです。お互いによい関係であれば、持続しますが、自分の引力に何かしらトラブルが起これば、周囲の星が軌道から外れたり、爆発したりしかねません。すると自分も無傷ではいられない。また、太陽である自分自身が消滅した場合、周囲にも多大なる影響を与えます。

自分の宇宙を平和にするためには、どんな星(太陽)であればよいか・・・そんなことを考えました。人は亡くなったら星になると言いますが、ある意味生きている今も、星の相似形なのかもしれないですね。

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ド根性ガエル

今、もう「ド根性ガエル」の気分です。

やらなければならないこと、いや、ハートがやりたいことが溢れていて、まずはその基盤づくりに躍起な私。

「今やらないでどうする?」の気持ちです。

とにかくやってみる、そしてわからなければ「わかるまで」やってみる。そんな気合いが入っているので・・・「ド根性ガエル」なんです。

おそらく、自分の内側で将来のビジョンが少しずつ形になってきているのだと思います。それを実現するために、土台づくりをしている最中、そんな感じです。

非常に疲れは感じますが・・・なぜか心は躍っています。そう、タロット21番の「世界」にあるリースに囲まれて踊っている人物のようです。

「世界」は完成を意味します。まだ現実世界では完成していない・・・ですが、きっと私の無意識の層ではすでに出来上がっていてあとは表にでるのを待っているのだと思えます。

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人相の不思議

昨夜、タロット仲間と久しぶりに食事をしました。このメンバーが集まると、会話の内容が「一般的」ではないので(←一般的とはなんぞや?ともいえますが)、周囲の様子をみながら話すのですが、いつものことながらそのうちそんな配慮は飛んでしまい、話に夢中になる私たち・・・。

いくつかの話題の中で、盛り上がったのが人相についてです。手相もさることながら、人相もその人の「過去」が刻まれ「未来」が映し出され、はたまた先祖や家族の影も見えるというから実に不思議なことです。

何でそうなの?と言われても・・・さっぱりわかりません。しかし、そんな話をしながら、

「顔(肉体)には人生の履歴が残る」

「顔(肉体)は未来予想図が描かれている」

「顔(肉体)は自分に以外の人と何らかの形で繋がっている」

以上は、絶対にある!と確信したのでした。とくに最後については、「自分はひとりで存在している『単体』ではない」ということの証しではないでしょうか?

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ハードルがやって来る

これから3か月ほどの期間で、達したい目標をいくつか決めました。頭で練り、そして具体的に手で書き紙に「落としこむ」ことで、内側の決意が促されます。

すると面白いことに、それに即したハードルみたいな出来事・タスクが向こうからやって来ます。不思議ですね。私は、ハードルを倒さずに無事向こう側へ飛び越えることができるでしょうか?

タロットに聞いてみると・・・

現在と未来のカードが正立で、カップルカード。「名前のない13」と「皇帝」が向き合いました。
この2枚が表わす共通のシンボルは「麦」。麦は実りの象徴として描かれています。13は霊的な、皇帝は現実的な実りです。カップルカードが示す共通の事物には大きなメッセージが込められているのです。

「13」ですから、よほどの努力を伴う変容が必要でしょうが。目に見える達成は可能だとタロットは言っています。

しんどいけどガンバレ♪ そんな声も聞こえたような。あとは私がそれをやりきるかどうか、ですネ。

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開運へのタロット サイトリニューアル

久しぶりにHPを更新しました。

タロットへの情熱を再確認するためにも・・・。

『開運へのタロット』へどうぞお立ち寄りください。

http://homepage3.nifty.com/inohanae/

1年半前まで、ダイヤルアップ接続で化石のようなPC環境だった私が、タロットのおかげでHPまで作製・管理できるようになりました。

目覚め、気づきそして決意とともにアクション。タロットがもたらしたミラクルです。これこそ、私の『開運』です。

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続けるコツ、続かぬ理由

自分で「やろう」と決めてとりかかったこと・・・。

それが続けられる人と、続けられない人の差は何なのでしょう。

また、続けられる人でもあらゆることがそうできるわけではないし、続けられない人でももしかしたら別のことならば続けられるかもしれない。

では、続けられることに「出会えること」が鍵なのでしょうか。

やろう、と決めて始めたことを、まるでゆるい坂道をゆっくり上がるように進み、ある程度のきれいな景色を見られる位置まで到達すると、その先も続けることができるように思います。

そしてその成功体験が、別のチャレンジにもよい影響を与えてくれます。長く、無理なく続けられることが増えてゆくのです。例えやめることになっても、一度景色を眺められたら、「ここまでやってみて自分には向かなかったのだ」、と納得も得られます。

とすると、「やろう」と思ったことは、三日坊主でなく、ある程度続ける意志と努力・・・それが鍵だといえますね。焦らずゆっくり、じっくりと。

そう、「ゆるい坂道を上る」イメージ。もしかしたら人生もそんな感じで例えられるのかもしれないですね。急な坂道を一気に駆け上がっても・・・途中で息切れしてしまいますもの。

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かわいい人

久しぶりに仲良しの友人と食事をしました。

その人は私が現在の職場で働き始めた際、何かと助けてくれた人。今はなかなか会えませんがたまに連絡を取り合っています。

彼女と会ってしみじみ「かわいい人」だなぁと感じました。容姿のことのみを言っているのではなく、なんというか一緒にいて空気がまあるくなるような、そんな女性です。

どうしてそう思うのかなぁ、と今日は特別観察するように彼女を眺めてみたのですが・・・やっぱり「自然体だから」というのが大きいでしょうか。格別背伸びをして難しい話をするわけでもなく、最近あった出来事や身の回りの話題なのですが、どれも素直でそして温かみのある展開で会話が進むのです。

目の前の人を受け入れ、話ができる人ってこういう人のことかなぁ・・・なんて思いました。

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夜の散歩

最近、気が向くと夕食後に散歩をしています。

平日・週末関わらずよく歩く私ですが、この「夜の散歩」は少し趣を変え、速度をうんとゆっくりにしてブラブラと歩きます。家にいてもなんだかやる気が起きない、考えがまとまらないときにはよいリフレッシュとなります。

歩くことはその行為自体、「前向き」な動作ですから、内面の滞りをほぐす効果があるのかもしれません。散歩しながら考え事をするわけではなく、むしろ何も考えずに、ただぼっとそしてのんびりと歩き続けます。30分ほどして帰宅すると、不思議と気分がすっきりして自分に落ち着きが戻っていることを感じます。

このときの時間は、朝のさわやかな空気の中でフゥッと新しいアイディアが沸いてくるのとは対照的に、水面に映った月を静かに眺めるているような、自分を鎮静化させる時間、そんな印象です。

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みんな、"できる"

「あんなことできてすごいなぁ」

そう思える素晴らしい人が沢山いますね。でもイコール「わたしにはとてもできない」と即決するのはいかがなものでしょうか?

何かを成し遂げている人は、それができるまで続けた人です。ですから何もチャレンジしないまま「自分にはできない」と思い込んでいる状態はもったいないと思います。

また、これは面白い、やってみよう、と取りかかっても情熱が冷めてきたり、壁に遭遇したりすると継続を断念してしまうこともあります。

結局、何かが「できた人」はそれを「できるまで続けた人」なのでしょうね。

先天的に突出したある才能を持つ人たちは少数派です。でもほとんどはみんな「できる可能性」を持っているのではないでしょうか。

・・・と書きながら自分のことを励ましています。私は今、「少しずつ、でも毎日」という言葉が好きです。それがとても大きな力になっています。

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顔は語る

朝夕の通勤途中、人間観察するのが好きです。特に顔。顔って実に面白い。皆同じパーツをもっているはずなのに、それぞれの形や配置、それらが乗っている土台の輪郭が違うだけでこうも十人十色になるんですね。それだけじゃない、皮膚の色や質感も全体の印象に影響大、です。

以前は「美容」という面から人の顔を見るのが好きだったのですが、最近はその人を語る「絵」みたいな感じで観察しています。まるでタロットのカードを表に返したときの最初の感触と似ています。似ているというかそういうイメージを持って観るようにしています。

パーツの中では「目」がその人の印象を大きく左右しますね。それも目の形というより、奥の方から出てくる輝きみたいなもの。その人の内側のパワーのバロメーターになっていますね。

人相術の本でも読めばまた楽しいでしょうが、それは敢えてせず、自分が受ける感覚を大切にしばらく続けてみようと思います。・・・あまりジロジロ見て怪しまれないようにしなくっちゃ。

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想いをカタチにする

タロットとはいかなるものか。自分にとってタロットとは何か。

こうしてブログを書いたり、タロットに慣れ親しんでいない人に話したり、はたまた英語で表現したり。そんなことを日々続けているうちに、自分のタロットへの想いが少しずつ形をなしてゆくのがわかります。

なんとなく心に描いていること、ヴィジョンみたいなものがあれば、それを言葉なり行動なりの「形」にして自分以外の対象に投げかける作業をすると、不思議と一番得をするのは自分だったりします。得をするというのは、「ああ、そういうことね」と納得するという意味です。

こんなことしてみたいんだけど。興味はあるんだけどね~。

なんて会話をずっと何年も続けて、実際の行動にうつしていなかったとすると・・・。納得感が得られなくてもしょうがないですよね。なので、試してみるだけでもいい、即実践している人を見るとエールを送りたくなります。

想いがあったらまずやってみる。その心がけを続けると1年後の未来は実り多きことでしょうね。

このブログ含め、HPを立ち上げて1年経ちました。私は確かに「実り」を得ましたよ。

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神の国

昼休みにひとりでゆっくりしたい気分のときは、オフィスビル隣のとある神社へ足を運びます。神社の境内には、腰をかけてゆっくりできるスペースもあり、仕事の忙しさから心を解放するにはもってこいの場所です。

都内でも有名なその神社は、平日だというのに参拝する人が結構います。観光地の神社ほどではありませんが、サラリーマン、OLの人たちがスーツ姿で手を合わせてゆく姿を見るにつけ、「日本人は宗教を持ってないとよく言われるけれど、神様信仰は自然と身についているのではないかしら」と感じます。

日本人は「神道」で生まれ、「キリスト教」で結婚し、「仏教」でお葬式をするなんていわれたりしていますね。唯一の教えを信仰している国の人から見れば、こうしたチャンポンが平気な人々は「宗教がない」のかもしれないですね。

しかし、多くの私たち日本人は、生まれたときから「万物に魂や神が宿る」という考えに抵抗がないのではないでしょうか。目に見えない存在に対する肯定的な気持ちもなぜか自然と備わっている気がします。

日本人として生まれ30数年も経つのに、ようやく最近になってこの国が古代から持つ神秘を強く感じ、そしてそれを知る機会が増え出しました。皮肉な(?)ことに、タロットカードを学び始めてから一層深まっているのです。こりゃ不思議。

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自分の道しか走れない

20代の頃、こうあるべき姿、みたいな理想像を追っかけ必死だった時期がありました。

「こうするとキレイ」「こうすると正しい」「こうするとうまくいく」・・・「こうするとよいと皆思ってる

今振り返るとなんとも滑稽で笑えます。だって、理想に向かって走っている時、本当の自分の心はどこかに置き去りだったんですもの。判断基準が世間の常識だったり、流行であったり、100%外側からの意見を重視していたんですね。

若かった私はおろかにも、その理想像を本当に望んでいるのかと心に問いかける機会をもたず、しかもその像が自分とまったく異質のものであることに気づかず、随分疲れることをしていたのです。ふぅ。

結局、自分は自分の道しか走れないので、その延長線上でどうヴィジョンを描くか、走るか、道草するか・・・を考えなくては、ですね。スイカがメロンにはなれないんですから。

まず自分を知ることからが基本、というのは本当ですね。どんな種から生まれたのか、芽を出した環境はどうか、なんてことをじっくり見つめればどっちの方向にどんなふうに茎を伸ばしていこうか計画しやすいですものね。

そういう意味で、タロットとの関わりは自分の内側の声から出てきたものなので、今「自分の道を歩いているなぁ」という実感が持てます。しっかりと。

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話し上手より聞き上手

中学生の頃、推理小説が大好きでした。特にアガサ・クリスティーの小説は、登場する人物が実に魅力的で、ほとんどの作品を読破しました。

その中でも、「ブルートレイン殺人事件」に描かれるキャサリンという女性に惹かれ、結果がわかれば満足して繰り返し読まない推理モノなのに、本がボロボロになるまで何度も読み、とうとう最後は原書まで買って読んだ私。

キャサリンのどこに魅力を感じたかというと、彼女はいわゆる「聞き上手」な女性なのです。彼女の手にかかると、どんなわがまま少年も頑固な年寄りも、扱いやすくなってしまうという設定。何年も、気難しい老夫人の面倒をみる環境におかれても、常にユーモアの心を忘れず、その美しい瞳で人々の人生を観察しているキャサリン。

彼女は受け身であるように見えながら、実は誰よりも「知っている」、つまりその場においてどうしたらよいかを最も心得ている女性に映りました。それは「聞き上手」であるからこそですね。人間関係が円滑に保たれている場には、必ず彼女のような「聞き上手」さんがいて、目には見えない力(=聞くということ)で事をスムーズに動かしているのだなと思います。

自分もそんな存在になれたらなぁと思います。

タロット・リーダーも、この「聞き上手」さがリーディング力につながりますね。

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日の出が早くなりましたね。

そのおかげか、今朝は5時前に目が覚めました。そのままよいしょっと起床。もともと早起きなのですが、今日はさらに Early Bird です♪

朝のTVニュースを少し見たあと、人工的な音をすべて消して、いつもの写経を始めました。開けた窓の外からは、さわやかな風と小鳥の声。たまにカラスが加勢してきます。一文字一文字ゆっくり書きながら、まるで森の別荘に来ているような心地になりました。

・・・って別荘なんて持ってないですけど。。。気持ちです、気持ち。

ほんの5分程度ですが、格別な境地に至った気分でした。

私のタロットも朝が大好き。シャッフルすると、シャカシャカと嬉しそうです。

早起きには最高の季節です。

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早いもので

早いもので、5月もあと10日余り。梅雨が近づいていますが、その前にもう少し新緑と日差しの眩しさを味わいたいものです。

この季節は、一年のうちで最も好きな時期なのですが、同時に内面的にもぐぐっと上昇をする気がしています。それは、5月に入って急に芽が出るのではなく、春先からもぞもぞと顔を出していた何かがこの季節になると一気に開花する感じです。そう、まるで木々の若葉たちと同じ。

私たち人間も、太陽の恵みをいただいている生き物。ならば、自然のサイクルを意識しながら生活すると、自分の内側も春夏秋冬の流れに即して成長するのかもしれないですね。

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遠くを見すえて・・・ガンバロー

最近、タロット以外に習得すべく、かなり時間を割き、しかもウンウンうなっている(結構、大変)コトがあります。仕事でもプライベートでも必要に迫られている、というのが理由ですが。

でも必要に迫られることは、ある意味有難いことだなと思えます。やらざるをえなかったり、ノルマだったり、期限付きだったりすると、それに一生懸命取り組めば、ある時点を過ぎると必ず達成できているわけですから。

なおかつ、それをその時だけの必要性ととらえるのではなく、自分の人生全体から眺めたときに、一体どんな意味を持ち今ここでやらねばならないのだろう(仮に、自分が望んでいることでことではなくとも)、と考えてみると案外面白かったりします。

それは、タロットカード9番・隠者が10番・運命の輪を見つめる姿で表現できそうです。そういえば先日の研究会で、事例の中にこの展開がありました。

「出産後、今の職場に正社員として復帰できそうもないので転職したほうがよいか」に対して、解決としてでたカードのうち2枚が上記の隠者と運命の輪。皆の意見では「派遣のような時間で決めて働けるスタイルを探すのがよいのでは?」が多かったのですが、先生から「復帰する仕事内容をどうするかという目前のことより、『運命の輪』のカードを人生全体の時間ととらえて、その中で今はどういう時期なのかを模索することが大切ともいえるのでは?」とありました。隠者は物事を"深く"見つめる姿なのです。

ちょっと苦手でしんどいことでも、遠くを見据えてがんばるには、こんな考え方もいいですよね。それに、すべては繋がっているわけですし・・・ネ。

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時間はつくるもの

平日のプライベートタイムで最も充実しているのが、朝。

仕事へ出かける準備時間以外に、約1時間用意しています。そうできるように、早起きのサイクルにしているわけです。

その1時間は、精神が集中し、かつリラックスしています。おそらくα波も一日のうちで最大限に放出されているのでは?なんて思っています。

タロットに触れたり、手紙を書いたり、写経をしたり、英単語を覚えたり・・・。家を出る時間までなのでオシリは決まっています。というわけでダラダラもしません。毎日のタスクのようにコレは5分でやる、と決めて次々にこなしてゆきます。

これが最高に気持ちが良いです。

あれもしたい、これもしたい、けど時間がない・・・。前はそう思っていましたが、ほんの少しずつでも毎日やってゆくことの大切さをタロットで学んだ私。

今は興味があることを少しずつ、朝の自分の時間に取り入れています。

早起きは三文の得(徳)。本当にそう思います。

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落し物で「こんにちは」

先日、迂闊にも手を滑らせ、ベランダに干そうとしたマットが落下。幸いなことに拾ってくださった階下の住人さんがとても親切な方でした。その落し物がご縁となり、今日は近所でお昼をご一緒しました。お互い、今の場所には長年住んでいるものの、都会ならではの「隣は何をする人ぞ」状態でしたので、私のマット君が『そろそろ仲良くしなよ』と導いてくれたのでしょうか。話が弾み、夜は彼女の部屋でタロット・リーディングまでさせてもらいました。

住まいはその人自身をよく表す場所です。彼女の部屋は私と同じ間取りですが、同じでもこんなに印象が異なるのだなぁと痛感しました。部屋全体がまるでアンティーク・ショップのような空間。「お宅訪問」って楽しいですね。

リーディングの質問は2つ。内容の違う質問を受けても、その2つの展開どちらにも登場するカードが数枚。これはよくあることです。そのカードは質問とは違う角度で、今その人に伝えたいメッセージを含んでいることがあります。

そこのところを深く読み込めると、質問者の人に必要な気づきを促してあげることができると思っています。しかし、それが・・・難しいデス。

でもタロットを介し、また新たな楽しい出会いが生まれました。あ、そっか。今回はマットにもお礼をいわなきゃ。。。

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目的地はどこですか?

いつかタロットを通して実現したいこと・・・おぼろげながらビジョンを持っています。

タロットそのものを学び続けることは不可欠ですが、タロット以外にもビジョンを現実化するために環境を整えておく必要があります。それを考え始めるとあれもこれも、あらやることが沢山。準備が大変だ・・・アタマの中だけでいっぱいいっぱいになってしまいます。

考えてみると、タロットと関係のない場面、例えば日中の仕事だったり他の趣味だったり、そんな時間の中に環境作りに必須なコトが盛り込まれているので不思議です。与えられるもので、無駄なことなど何一つないのだなと思います。

今の自分の状態を例えると、遠くの上のほうにぼんやり灯るアカリをとらえながら、目の前の階段をひとつひとつのぼってゆく感じです。足元がしっかりしていないと転げ落ちてしまいます。筋肉がないとのぼりつづけられません。少しずつ、着実に明かりを目指します。そして、時々「遠いなぁ」と嘆いて休憩します・・・ふぅ。

目的地が定まってそこを目指すのと、あてもなく歩くしかないのとでは目の前の景色が変わってきますね。やはり自分のビジョンを描くことは人生を豊かにするコツではないかと思えます。

数年前はまだ自分の目的地がどこかもわからず歩いていた私。タロットとの出会いでアカリを見つけました。まだまだ遠いけれど、下ばかり向いて歩くことはもう、ないですね。

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続ける楽しさ

4月を迎え、新年度のはじまりです。

元旦も、立春ももちろんはじまりのときですが、4月を迎えると、桜の加勢もあってか、華やかに「さあ、はじまるよ~」という印象を受けます。

去年の今頃から新しく始めたことが1つありました。

それは、大切なある人に、毎週1通葉書を送ること。この1年、無事送り続けることができました。ノルマとしてでなく、素直に送りたい気持ちが続いたからこそできたこと。相手の喜ぶ顔を思うと、楽しくなるんですね。

新しい年度を迎え、もうひとつ何か「続ける楽しさ」をはじめたいなと思っています。誰かの喜びにつながるような何か・・・探してみようっと。

こんな探し物をするときに、タロットは知恵を授けてくれます。ハイ。

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早起きは三文の得なり

土曜の朝。平日よりさらに早起きし、7時に井の頭公園へ。

なぜってそれはもちろん、桜です、さくら、サ・ク・ラ。

公園近くに住む友人を誘い、いざ井の頭へ。池を囲むように植えられたサクラ達。その姿が水面にも鏡のように映し出され、まさにサクラワールド。最高です。早起きしてよかった。

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恐れずに変化しつづけること

久しぶりに髪を切りました。お世話になっている美容師さんは今日もトーク絶好調。笑い転げる私を相手に、見事なカットさばき。

質問魔の私、ヘアスタイルについてあれこれ聞いていたのですが、

「自分の型を自分で決めつけないほうがいいですね。若いころの写真を大事に持ってそこに固執して変われない人がほとんどなんですよね。」

「自分の眼は常にどこかで疑って、その道のプロなり、周りの人に意見を聞くことって大事ですよ。」

髪型をその時最高に整えてもらったとしても、「最高」と思った時の型にこだわると、他の可能性を試さなくなる。自分は日々変化しているというのに。これもいいけれど、その型をあえて手放し、また次なる型へチャレンジしてみる。その時にプロの意見も参考にする。

ヘアスタイル以外にもあてはまることだなぁと感じました。

外見だけでなく、自分の価値観についても。

外・内ともに恐れず変化し続けること・・・それができればいつまでもフレッシュな自分でいられる気がします。

プロとして誇りを持って仕事をしている人から聞く話は、ヒントが多く有難いですね。

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謙虚に学ぶ

何かを知るにはそれに相応しい時期があるのだなとつくづく思います。

特に、精神世界についての知識には思わぬ落とし穴があり、いわゆるテクニック的なことを興味本位で探ってしまうと、自分がそれに見合った器となっていないまま学ぶことになり、非常に危険。それはまるで赤ん坊に包丁を持たせるようなものです。

どう正しく、利他的に役立つように扱うのか。

むやみやたらに試すのではなく、自分に準備ができたときに、おのずからそれを知るチャンスがくるのでしょう。そういう心構えで学んでゆきたいと思います。

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占術の奥深さ

ちょうど一年前の今日。タロットの最終講義を受けるべく、仏・マルセイユへ向かったのでした。そんな記念日に、滞在中のホテルで同室だった早希さんと再会。マクロビのレストランで楽しく食事をしながら、この一年を振り返り、お互いの変化を語り合いました。

私はタロットの道一本で精一杯なのですが、彼女は東洋・西洋問わず、あらゆる占術に挑んでいます。すでにプロとして活躍していますが、まだまだ足りない、とさらに進化すべく研究中。ひとつの占術だけの考察ではなく、多角的に検証していこうという姿勢です。

占術をいわゆる「占い」としてエンターテイメントの枠でとらえると、いかにもゲーム的で安易な感じを受けます。ところが、人間は宇宙の一部であり、宇宙そのもの(ミクロコスモス)なのだという観点で占術をみたとき、どれだけ奥の深い内容なのかに驚かされるでしょう。当たる・当たらないのレベルで終わらない深遠なる世界です。

彼女から西洋占星術や東洋の四柱推命・気学についてのコメントを聞き、人間を深く知ろうとすることは、宇宙(自然)の法則を学ぶことにつながってゆくのだなあと改めて感じました。と同時に、自分がこうして生きていることの奇跡、そして感謝の気持ちが湧いてきました。

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三つそろえば安心♪

出かける前、コンセントは抜いたか、鍵はかけたか、ちゃんと確認したはずなのに後になって急に「あら・・・大丈夫かしら?」と心配になることはありませんか?

昔はワタクシ、そんなことがよくあって、家を出てからやっぱり不安・・・と戻ったことがたびたび。いかに自分の行動に対し意識が欠如しているかを反省するんです、そんなとき。

そんな不安を払拭するには三つあわせての確認が一番です。

1.指差し確認(または目で確認)
2.声だし確認
3.1と2をやりました、と意識で確認

これをやると、安心して次の行動にうつすことができます。実はこれ、お出かけ前チェックのみならず、すべてのことに通じるように思います。

やっていること、口に出すこと、意識する(思う)こと、この三つをそろえることは、身・口・意の三業といって仏の教えではとても大切なことだとされています。なおかつそこに矛盾がないことが重要です。

たしかに、日常のあらゆる場面でこれを実行していれば、行動と発言がちぐはぐになることはないですし、自分にウソをつく状況を作らなくてもすみますし、ありのままでいられるのではないでしょうか。と同時に瞬間瞬間を意識的に生きることにもつながるはずです。

自分がその瞬間何をしているかはっきりと意識している時間は、1日にどのぐらいか・・・実はほんのわずかなのかもしれないですね。

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花ひらくまで

見上げると梅がきれいです。また、地面に目をやると、小さく青いイヌフグリにも出会えます。春・ですね。

この時期になると毎年感心させられるのですが、花たちはどうしてこう自分の開く時期を心得ているのでしょう。

花の時期は短いけれど、その美しく咲くひとときのために、内側では陽を浴びて力を蓄え、雨・雪や暑さ・寒さに耐え、風に吹かれ、大地から栄養をとりこみ、日々過ごしています。

春の到来を告げるこの時期の木々や草花を見て、我が身を振り返る私。自分の花咲く日に向かって、内側の蓄え時期にしっかりがんばらないとなぁ。人それぞれ、人生の四季があるように思います。今は蓄えの時なのか、花咲かせる時なのか。自分の季節を自覚することは大切ですね。

都会で暮らしていても、身近な自然から教わることは大きいです。それをいつも感じられるように自分の感性も大事にしてゆきたいものです。

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未来の私に約束しよう

以前より、仕事がハードになっているこの頃。

タロットをライフワークとすべく、タロットに費やす時間を第一に、とノー残業デーを心がけていた私ですが、業務上そうもいかなくなってきています。

契約通り定時で帰宅できないことに、ストレスが溜まりそうになった時期もありましたが、今はなぜか自然と仕事の負荷も楽しめる自分でいます。

それは、過去の10数年にわたる自分の秘書としての経験が、タロット・リーディングをする上で何一つ無駄になっていないことを知っているからです。むしろ、驚くほど役に立っていると思えます。

それが分かっているからでしょうか。今のIT業界での派遣の仕事も、英語力が益々必須になってくる環境も、未来の私が今の私に「それが必要なのよ」と語りかけている気がするのです。

だから、未来の私に約束しようと思います。

「がんばるぞ~」って。

すべては繋がっているんですネ。

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タイムマネジメント

秘書の仕事で最も重要な業務のひとつは、上司のスケジュール管理。

昔の紙ベース上での管理とは違い、今は優秀な管理システムツールがあるので便利なものです。

ただ、やはりケアすべき点は昔と変わらないなぁと思うのは、『予定どおりにいかない場合』の対応策や、上司のこれから先、まだ空白な部分が『どう埋まってゆくかを読む』ことです。

管理が「うまくいってるなぁ」と思えるときは、ハプニングも起きにくいし、予定通り、予測通りにコトが進みます。このとき、自分は時間をハンドリングできているわけです。しかし、なかなかスケジュールがうまく組めなかったり、時間が押したりした場合、結局その後の予定にも影響が生じて、秘書は大慌て。このとき、時間に振り回され、時間に主導権を握られてしまっています。

その事態を避けるべく、予定の優先順位を把握しておくこと、もしもの備えをしておくことなどは、経験上理解していますが、あとはタロットで鍛えている「直感力」も頼りにしています。

ほんとうにひょんなときに、この「直感力」が私を助けてくれます。ありがたやありがたや~。

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月がきれいだな

底冷えするような日が続きます。う~寒い。

夜空を見上げると、今はほぼ半月。上弦の月を少し太らせたところ。これから来週の満月に向かってどんどん膨らんでゆきます。月の顔は変化が早いですね。

昔は照らされている部分を見て月を楽しんでいましたが、最近は欠けている部分、本当はそこにあるのに見えないあたりをじっと探ってしまう私。

不思議だなぁ。とにもかくにもお月さん、きれいです。

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停滞はテストなのだ

目標を掲げたとき、あるいは、何か目指すものに向かって歩き始めたとき、それらを達成した自分を思い描いて、胸がいっぱいになりますよね。世界が希望に満ち溢れてやる気マンマン。誰もが勢いを持っているスタート地点です。

例えると、大学で新学期を迎え、今期こそ自分は何でも勉強できるような気がして、あれもとるぞこれもとるぞと何コマもの科目をとろうとするあの意気込みです。

でも悲しいかな、その元気もゴール地点まで長続きしないことが多いものです。途中で飽きてしまったり、思ったより難関で行き詰ってしまったり。ダイエットも最初は嬉しいほど体重が順調に落ちてゆくのに途中からなかなか減らない・・・そんな感じ。

いわゆる停滞のとき。タロットでいえば「吊るし」の状態です。そこで"もうちょっとこらえられる"か、"や~めた"、とピリオドを打つかでその先の未来は随分変わってきます。私もいくつもの「や~めた」経験があります。

でもタロットへの思いはその「吊るし」の試験にも合格できそうです。そう、停滞のときはある意味"テスト"をされているように思います。

『あなたは本当に目指すものに向かう意思がありますか』というテスト。

私はこのテストに必ず合格してみせます。・・・というか、たとえ停滞を感じてもタロットをやめることができないといったところかな・・・わはは。

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赤ちゃんの目

年末年始は生まれて3か月の姪っ子を抱っこするチャンスが何回もあり、楽しい時間を過ごしました。お母さんのおっぱいだけでスクスク育っている毎日、彼女の全身から醸し出されるミルクの匂いで私のほうが幸せいっぱい。

家族で食事をしている時に、彼女を抱きながら、ふと思いました。

「この子はこの料理も食器もそれが何であるかを知らず、例えばおじいちゃんがなんて名前かも、その人がおじいちゃんということすら知らず、情報が全くない状況で目の前のものをただ見つめている。この子がみる世界とはどんな景色なのだろう」と。

生まれて時間がたてばたつほど、知識というものを身につけ、その上に観念をかぶせて自分が見る世界に色をつけてゆく私たち。当たり前のことであり、仕方がないことであり、必要なことであるのですが、あるがままを見つめることができるのは、ひょっとして、赤ん坊の時代だけなのだなとしみじみ思いました。

タロット・リーディングは赤ちゃんの目のように見た世界を、祝言をもって表現できたら。。。そんな叶いそうもない夢を抱いてしまいました。

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新たな年・新たな私

2008年を迎えました。元旦から快晴が続いていますね。澄み切った青空に今年の抱負を溶け込ませるようにしながら、空の青さを見つめていました。キレイ。

年の変わり目は、自分の心に新鮮な空気を送り込むのに本当に有難い暦の区切りです。私たちは時というものを分割し、そこで生活のサイクルを生み出しているわけですね。

新たな年を迎え、私も心新たに前進したいと思います。

このブログも自分と等身大に前進させてゆきます。私の心の記録。今年もどうぞお付き合いくださいませ。よろしくお願い申し上げます。

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今年を振り返り・・・

今年も残すところあと数日。2007年ともお別れです。

今年を迎えた頃の自分と今の自分を比べると、にっこり笑ってOKを出せるのでとても嬉しく思っています。以前、年間計画のことを記しましたが、そのとおりに「ホップ・ステップ・ジャンプ」と段階を踏んで飛躍することができました。OLの仕事を続けながら、タロット・リーダーとしての道を歩み、徐々に重心を後者へシフトしてゆく。日常を大切にすることで、多くの学びを得られたと思っています。

来年の計画を立てるにあたり、タロットにメッセージをもらいました。展開したカードのうち、私の心に響いたある一枚のカード。いくつものキーワードが浮かびました。2008年はそのカードが象徴するような年になるのかもしれません。イヤーカードの「名前のない13」が示す「変容」と共に心に留めておこうと思います。

ありがとう、2007年。

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星は見ている

ここのところ、一段と冷え込みます。会社からの帰り道は寒くて、マフラーに顔をうずめ、ついうつむきながら歩きがち。

でも見上げると夜空は美しい。冬の空は星が一層輝いてみえます。

昔から、亡くなった人は皆、星になると聞きます。あれかしら。いや、こっちの星かな、あの人は。

星はちぢこまって歩く私を見ています。そう思うと背筋が伸びたりして。星さんたちに恥じないように歩かないといけませんね。

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生きがいについて

「最も生きがいを感じるのは、その人がしたいと思ったこととやらなければならない義務が一致したとき」

私の最も尊敬する人物のひとり、神谷美恵子さんの著書で出会った言葉です。

神谷美恵子さんは、ハンセン病患者の人々への治療に尽力をつくされ、また、生きることについて悩める心に、灯りをともしてくれるような著書を多く残してくださった方です。20代のころ、自分の生きる道について行き詰まったとき、何度も彼女の著書を繰り返し読んでは強く励まされたのを覚えています。

彼女が選択した道は、周囲の反対あり、貧しさあり、彼女自身の病あり、の険しい道のりでしたが、それでもあきらめずに、ひたむきに自分の生き方を貫けたその原動力は「生きがい感」そのものだったのでしょう。どんな苦難もハードルも、歩みを止める言い訳にはならないのです。

「自分はこれをやりたい、やらねばならない」に気づいた人生。本当に素晴らしく、美しいと思います。そしてそれは誰もが各々の「生きがい感」に気づけるはずです。私にとってはそれが「タロット」だと、今、少しずつ思えています。

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美しき普通の日曜日

日曜日、氏神様へ週例のごあいさつに行きました。

神社への道は片道約20分。毎回気の向くままにルートを変えています。今日は小学校前の通りを歩きました。そこに大きな大きな銀杏の木。青い空をバックに輝く黄金の大木に思わず私の口がぽっかり。いつも美しい自然の姿を見ると、「わぁ、きれい」の言葉も忘れ、なぜか口が開いてしまう私。

神社の敷地内にも銀杏の木が数本ありました。帰るとき、突然風が吹き、上から葉っぱのシャワーが降って、下から落ち葉が自分の木に戻るかのように舞い上がり、これまた口がぽっかり。まるで祝福を受けたような幸せな気分になりました。

紅葉の名所がよくTVで紹介されていますが、わざわざ名所まで足を運ばずとも、自分の日常内に口が開いてしまうほどの美しさに出会えるものです。それを見つけられるかは自分の心もち次第。そう思いませんか。

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プロは365日

今日は美容師さんにカットしてもらいました。

数年前からお世話になっている美容師さん。彼は話し上手で話題も豊富、美容関係以外のどんなトピックでも必ず彼なりの持論が返ってくるので、話していて実に面白い人物です。

もちろんおしゃべりしながらも、本業の美容師としての腕も素晴らしく、私の持ち味を最大限に活かそうといつも工夫してくれます。おかげで私も彼にカットしてもらうときは「ちょっと冒険してみようかな」とヘアスタイルでの新しいチャレンジ精神が湧きます。

タロットカードでいうと、彼はまさに1番の「手品師」。テーブルの上に並べられた小道具を器用に使いこなし、人を惹きつけるパフォーマンスもあり、いつも楽しい人です。

今日は有名なカメラマンの話題になりました。その人は、自分が有名になろうが、売れようがとにかく「毎日」写真を撮っているそうです。その日々の積み重ねの実践がシャッターを押すその感性を保ち続ける秘訣なのでしょう。

そういう美容師の彼も毎日カットしているそうです。やはりプロは休むことを知りません。すごいなぁ。

私もタロットを毎日やっています。負けないぞ~

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チャレンジあるのみ

少し前に誕生日を迎え、イヤーカード13の年が始まったと思いきや、周囲がにわかに変化してきました。

想定範囲内の変化、予想外の出来事、光栄な任務、荷が重い頼まれごと、様々です。13が象徴する意味を自分の心でよく咀嚼し、未来へ向かって一歩ずつ前進したいと思っています。

タロットとともに歩んでゆく、そう決意した後なので、心のどこかにほんの少し余裕があります。嬉しいな~ 自分の内側に軸を持つことは迷いやブレ防止に欠かせないことなのですね。

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単調な毎日を敏感に

日常がありがたいな~

そう思うことが昔より増えました。・・・年のせいでしょうか?うん、たしかに。それも否定できないでしょう。

しかし、一番の変化は、以前より日々のちょっとした変化に面白みを感じることができるようになったからではないか、と思っています。

毎朝規則正しく起きることで「日の出が遅くなったなあ」とか、毎日通る道沿いの木々が「赤くなったなあ」とか、日々会う人達の顔を見て「あれっ。○○さん、何かいいことあったかな?」等々。

そう、以前より確実に「観察能力」がUPしているように思います。単調な毎日ともいえますが、その中の少しの変化を敏感に感じとると、目の前の景色が単調ではなくなります。

タロットとの接し方も毎日単調です。しかし少しずつでも、毎日触れているとタロットに対し非常に敏感になれます。朝の1枚引きが昨日と今日で同じカードだったとしても、受ける感じ方は微妙に違うのです。

日常に敏感になることは、自分の心に敏感になることともいえます。そうすると、もし心が少しネガティヴな方向に傾きかけても、早めの軌道修正が可能です。心も風邪と同じで早めの対策が肝心、ですものね。

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風が吹けば桶屋が儲かる

風がぴゅ~っと吹いて 土埃が目に入り

それで目を病む人が増え

目を病んだ人たちが 三味線引きを職業とし

三味線に必要な ネコの皮が必要となり

おかげでネコが少なくなり

おかげでネズミが増え

そのネズミが風呂の桶をかじりつくし

でもって桶屋が儲かった

ん~ 世の中の事象、どこでどう繋がっているかわからないですね。

原因と結果があるとしたら、あなたはどんな因を生み出しているでしょうか。

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地上のパズル

世界各地で起こっている事象。戦争、災害、事件、経済事情、政治の動き・・・。一見何の関係もないような、A国のニュースとB国の変化。でもあるキーワードやコツを知り、それをふまえて観察すると・・・。まるでパズルを読み解くように何かが見えてくるかもしれません。

今、自分は本当に自分の目で真実を見ているだろうか・・・。いつもその意識を持って、世の中を見つめていきたいと思います。それは、タロットを通じて学んだ「自分の内側から気づきを得る」ことに繋がってゆきます。

タロットはヴェールの向こう側の世界を意識させてくれますが、それ以上に、この現実の世界をしっかりと見据える力を鍛えてくれます。

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再会の喜び

昨夜、フランスでのタロット講義を共に受けた仲間たちと久しぶりに再会し、楽しいひとときを過ごしました。場所は同じタロット仲間の一人が、オープンにあたりアドバイザーとなったフレンチレストラン。食材にこだわることはもちろん、店内の内装・空間演出にも天地のエネルギーを意識した証が随所に込められていて、気づけば3時間半以上。心・体双方にタップリと栄養をいただきました。

人とのつながりは不思議なものです。今まで全く違う人生を歩んできたのに、タロットという存在によって、ある時からお互いの生き方に刺激を与えあう。それは、仕事仲間や幼いころからの友人や血のつながりである家族とは全く異なる絆で繋がっているグループです。智慧の山はひとりで登らねばならないけれど、たまに道で出会う登山仲間みたいな感じ。精神的同志といったところでしょうか。

仲間がどのようにそれぞれの道を歩いてゆくのか、楽しみです。そして心からエールを送りたいです。

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ビバ!お弁当

涼しい季節になってから、お弁当づくりを復活させています。

節約のためにと始めたお弁当、今はむしろ作るのが楽しい毎日です。

私のお弁当箱は、まあるいランチボックス。朱色です。○は天のイメージです。その中に大地からの恵み=食物を入れます。そうすると天地を意識して、感謝をしながらいただけます。

先日、タロットを通じて知り合った友人の主催する勉強会で、「○=天のエネルギー、□=地のエネルギー」ということを教わりました。ああやっぱり。思わず自分のお弁当を思い出した私。ますます弁当作りに励もうと思ったりして。

少々忙しくなっても、面倒くさくても、楽しんでやれたら世界が変わってきますね。

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あれこれ盛りだくさん

今朝のモーニングカードは17番・星。ただ、逆位置だったので解決カードとしてもう1枚引く(私の朝のやり方です)と21番・世界のカードがでました。

こうして2枚引くことになった日は、その2枚の共通点、逆位置のデメリットを正位置がどうフォローできるか、など色々思いをめぐらしながら会社へ向かいます。

星のカードは、女性がひざまづき、両手に持った2つの水瓶から尽きることのない液体を下向きに注ぎ込んでいます。これが逆位置。そして世界のカードは、四方を囲まれ、中心で嬉しそうに踊っている姿。これが正位置。

自分の足元だけ(自分の担当のことだけ)に熱心に取り組む日というより、視界を広げ、周囲に目を向けながら仕事をやると良い日なのかなと思いました。そしていざ、仕事に取り掛かると・・・。少しおせっかいとは思いながらも、忙しそうな人の仕事を代行したり、積極的に周囲との会話を増やしたりすることで、結果オーライな金曜日を過ごすことができました。仕事後には、本来自分が参加できない社内勉強会を聴講することができ、とても有意義でした。そこでの話は国際的・グローバルな話題が多く、まさに世界のカードそのものでした。

こうして、朝のタロットカードと自分の日常での出来事や心模様を重ね合わせてゆくことで1日の豊かさが増します。ピンと来ない日もありますけれど、ネ。

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空からプレゼント

少しイライラした気分でオフィスを出ました。

外気に触れ、ふと顔を上げると目線の先に

まあるいまあるい 大きな大きな お月さま

思わず歩みを止めました。そっか、今日は中秋の名月。お月見だ。完璧な満月まではあと2日あるけれど充分なまるまる。まるいものって癒されますね。

イライラがどこかへ飛んでいきました。空からプレゼントをもらった気分。ありがとう。

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深夜のラジオ番組

昨晩、岡田准一さんのラジオ番組を久しぶりに聴きました。夜中の番組なので、早寝の私には毎週聴けず残念なのですが、毎回ある分野で活躍する専門家をゲストに迎え、その分野の話を聞く番組でなかなか面白いです。

今回は分子細胞生物学の専門の大学教授がゲストで「生命について」がテーマでした。遺伝子のこと、分子の生まれ変わりのことなど、その分野での知識があまりなくとも実に面白く聴ける内容でした。

その中で印象的だったのが、その教授が「自分は生命が存在することの意義について、Why?の部分は分からないけれども、How?の部分は分かるかもしれない。だからそれを知りたくて研究をしている」というコメントでした。「おそらくまだ99%分かっていない状態でしょう。100年後の人たちからは、今の自分たちの研究を、『何でそんなこと(分からないで)やってるんだ』 ぐらいに言われるんでしょうね」とあっさり淡々と岡田クンに言っていました。

日々の研究は細かい作業の連続で、1つの法則や研究結果を出すのに何十年とかかる労力です。その気の遠くなる一歩一歩をそれでもOK、それでもどうやって生命があるのか少しでも解明したいと思えるその情熱が素晴らしいと思いました。

私のタロットへの情熱はいかほどなものか・・・ まだまだだなぁ。

あまりに面白い番組だったので、コーフンしてその後なかなか寝付けませんでしたとさ。

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心のアンテナ

なんとなくぼんやり考えていたこと、知りたいなぁと思ったことについての答えやヒントが、普段の生活の中で得られること、ありませんか?

今日はなんとまぁそのオンパレードの日でした。

病院の待合室で隣に座ったおばあちゃんとの会話、いつもと違う道で見つけた古書店で見つけた本、ぼ~っと見ていたテレビ番組・・・

もしかしたら、毎日実は気がついていないだけで、そんなものなのかもしれませんね。心のアンテナをピンと立てていれば・・・。

まとまらない考えなどを整理するときに、よくタロットを活用します。別にご神託があるわけではありません。展開されたカードを見ながら自分の心を見つめなおすのです。もしかしてこの習慣がアンテナ張りを鍛えてくれたのかもしれませんね。

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都会の隠者?~続編~

会社を出るころ、台風の影響で激しい雨が降っていました。徐々に小止みになりそうだったので、最寄りの地下鉄駅へ逃げることはやめ、徒歩15分ほどのJR駅まで傘をさすことにしました。

というのも、「こんな日はあの隠者さんはどうしているのかしら?」と気になったからなのです。朝も見かけなかったし・・・(私もモノ好きな性格 ^^;)

橋まで来ると、いましたいました!ランニングシャツ姿でちょこんと座って。その右手がつかんでいたいた傘はなんとBurberry製。しかも新しいぞ。一体どこから調達してきたのかしら? 彼は家路に急ぐ人たちをただじっと眺めていました。

電車に乗りながら、都会の隠者さんを気にしている自分が可笑しくなってきました。昔の私は、通勤途中に周囲をこんなに観察する余裕がなかったことに気がついて・・・

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都会の隠者?

今週から通勤路を変更し、地下鉄からJRとなったので、地上の景色を楽しみながら通っています。

勤務地の最寄駅を出たところの橋近くに、いわゆるホームレスの人がMy住居を構えているのに気がつきました。まぁ、めずらしい風景でもないのですが、目を引いた点が2つ。

ひとつは持ち物が非常に美しく整頓され、並べられていること。褒めるのもどうかと思うのですが、小奇麗にしているんです。もうひとつは、社会人らしき人が隣に座って語り合っていたこと。

橋の上の住居人は、眼の光が一種独特でした。人生をあきらめたわけではない、世間とは違う角度から物事を見つめているようなそんな眼をしていました。・・・ってまだ見かけて2日目なんですけど。ついタロットの「吊るし」と「隠者」の姿を思い出してしまい。。。

しばらくおじさんをこっそり観察しようと思います。

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今月のお言葉

昨日記したとおり、今朝氏神様へお詣りに行きました。

月初でしたので、毎月の言葉が掲げられているのを楽しみに、手を合わせ、顔を上げるとそこに

「学問に 近道なし」 本居宣長

とありました。

タロットの奥深さにいつになったら習得できたと実感できるんだろう、と途方にくれていたのですが・・・ハハ~ 地道にやるしかないですな (^^;)

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プラネタリウム

宇宙つながりで今日の出来事を。

久しぶりにプラネタリウムを観にいきました。3,4年ぶりでしょうか。
以前よりかなり進化しているプラネタリウムに感激。

満天の星を見上げ、しばし日常の生活から解き放たれて、自分が宇宙の一部になったような気がしました。(しかしどうして上を見上げると、ポカーンと口が開くんだろう・・・←完全に余談・ひとりごと)

昔の人々は、プラネタリウムの空模様を実際の夜空で見ていたわけですが、その中から動かない星・北極星を見つけたり、星と星をつなげ、星座を作り、物語を生んだりしていたなんて、驚異的な観察力だなとしみじみ思いました。

星の動きは、お楽しみというより、厳しい自然環境の流れをつかむものだったでしょうから必死の観測だったのでしょう。その知恵が未来の私達の生活の支えとなってくれています。

古代からの知恵に気づき、それを受け継ぎ守ってゆくということは、未来の人たちを助けるためにも大切なことです。

タロットにもそれを見いだせるのならば・・・とことん研究してゆきたいと思います。

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