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2016年1月

秘すれば花 ~「風姿花伝」~

秘する花を知る事。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず、となり。

この分け目を知る事、肝要の花なり。

そもそも、一切の事、諸道藝において、その家々に秘事と申すは、秘するによりて大用があるが故なり。   ~「風姿花伝」 世阿弥著(岩波文庫) P103より引用~

ご存知の方も多そうですが、有名な「風姿花伝」の一節です。著者の世阿弥は室町時代の猿楽師で、父・観阿弥と共に猿楽(現在の「能」)を大成した人物です。

風姿花伝は、世阿弥による「能の理論書」の最初の書と言われています。

私が初めて「能」の世界に触れたのは、社会人になってまもないころでした。日本の古典芸能と縁が深かった上司の関係で舞台を観る機会に恵まれました。

当時はよくわからないまま観に行ったのですが、舞台が始まるや否や、今まで味わったことのない不思議な感覚につつまれたのを今でも強烈におぼえています。

「不思議な感覚」というのは、頭や眼、分析で観るのではなく、自分の身体よりさらに大きなもの、極端にいうと、自分の身体から少し抜け出て観るような世界にいざなわれるようなものでした。

その時は「薪能」といって、野外舞台で観たのですが、自分の近くで燃え盛る「薪の炎」がその不思議な感覚を助長していたように思いました。また、能に関してまったく知識なく観たということも、いわゆる左脳を静かにさせる助けになったのかもしれません。

それがきっかけで、能というものの不思議さに惹かれた私が手に入れたのが、「風姿花伝」です。

風姿花伝は、簡単に言えば「稽古をする上での心得書」のような内容ですが、それにとどまらず、人生論や精神論にまで繋がっています。

ただ、古語で書かれていたため少し難解であり、若く多感で落ち着きのなかった当時の私は(笑)、購入したものの少し読んではその後長らく書棚で眠っているような本になっていました。

ところが、易学や姓名判断を学ぶにおいてこの作品の中にそれらに共鳴する教えが数多く出てくることを随分後に知り、非常に驚いたのでした。

冒頭でご紹介した一節もそれにあたりますが、年を重ねるごとに同じ文章の中でも自分なりの解釈が変化してゆきます。いわゆる良書といわれるもの、自分にとって先生となってくれるような書というものは、そういう存在なのですね。

そして、解釈は自身の成長とともに変化し深くなり、どんどん「発酵するもの」なのだとこの作品を通して感じました。

発酵するとは、「人々にとって有用に変化する」ことです(^-^)

引越の際にかなり多くの本を処分しましたが、この「風姿花伝」はおそらくずっと自分の手元に所持する一冊です。紙媒体で縦書きのところも気に入っています。

みなさんも銘々にご自身にとって「良書」をお持ちかと思います。一冊の本と長く付き合ってゆく。そういった一冊との出会いは稀ですが、縁があれば必ず手に取る運命です。

そして、それはそれは味わい深い経験ですネ(^-^)

さて、今朝は気持ちよく晴れています。私も元気に洗濯中。

みなさまどうぞ素敵な日曜日を♪

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
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やめどき、減らしどき

自分が少し変わりたいな、あるいは何か新しいことを始めたいときは、まず自分が後生大事に抱えているありとあらゆるものを見つめ、「やめられるもの、減らせるもの」を上手に手放すことが大切だと、常々思っています。

このとき効果的なのが、ペンと紙を用意して自分の手で書き出してみる行為です。静かに一人でいられるときがよいでしょうね。

さらに効果的だと思うのが、「やめる・減らす」時期を選ぶことです。

もちろん、思い立ったが吉日という言葉もありますしそれもOKですが、宇宙にはサイクルやリズムがありますから、事始めのタイミングによっては達成地点(結果)も異なるようですヨ。

きっと波乗りのサーフィン遊びみたいなものなのでしょうね(^-^)

そこで「やめる・減らす」タイミングとしておすすめなのが、月が満月から新月に向かう約2週間の時期です。月の周期は約28日といわれ、新月→満月→新月の1サイクルで約28日です。

今の空模様で言いますと、先日・1月24日が満月でした。新月は来月2月8日です。

月の形の変わり様からわかるように、満月から新月への動きは、観測地点から観る月の様相が「欠けてゆく」時期です。「欠けてゆく」=「減ってゆく」 です(^-^)。

今のような時期に、やめること・減らすことを実行してゆくのは、オススメのタイミングです。

空に輝く天体の動きと、自分の行動リズムを呼応させて自分を楽しく駆動させてゆく考えは、私は本当に面白いと思っています。ワクワクし、やる気がでてくるんですね(^-^)

また、私たちの手は二つ、両手どちらも何かを握ったままでは新しいご縁の綱はつかめませんし、コップの水は一度空にしないと新しい水は得られません。

物理学でも「エネルギー保存の法則」という定義がありますが、

孤立系のエネルギーの総量は変化しない  ようです。この定義も「やめる・減らす」大切さを認識するヒントになりそうですね(^-^)

さぁ、やめどき・減らしどきの今、手放したいものがあればぜひお試しくださいね。

私も目下取り組み中です。自分にした約束は自分で守りたいな~と半分ストイックに、それでも半分波乗り遊びみたいな気分で楽しんでいます☆

さて、今日の神戸は朝は曇りがちでしたが、だんだん晴れてきています。冷え込んだ先週末と比べてかなり暖かいです。お散歩に行こうかな♪

みなさまどうぞよい週末を!

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しあわせは環境設定から

易学の先生がもう10年以上も前にくださった言葉です。

「自分が幸せになりたいのなら、必ず周囲の人の幸せをも一緒に願うことが大切ですよ」

年を重ねるごとに、この言葉の深さを痛感します。単に理想論・きれいごとの話ではないのです。

昨年の11月頃でしたでしょうか、ひょんなことから「地政学」について話を聴く機会がありました。

地政学の定義とは、地理的な国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響を巨視的な視点で研究するもの(Wikipediaより引用)とあります。

人類の歴史は、皮肉にも戦争の歴史ともいえます。戦争は、利権争いであり、その多くは領土に関係します。まわりが陸続きで隣接する国が多ければ多いほど、そこにいつも緊張した力の均衡状態があります。

隣国が問題を起こしていると、当然火の粉は飛んでくるわけで、自国の安定は脅かされます。

「伊野華絵ちゃんの隣人がトラブルを抱えていたら、あなたもその影響を少なからず受けます。ましてや、同じ屋根の下に住む人の心が平安でなかったら・・・想像できるでしょう? 自分を整えると同時に、環境はとても大事なんですよ。よい環境を選択しなさいね。」

国も人も、スケールは違えどひとつの個体と考えれば易学の先生がおっしゃったことと地政学とはまさに同じこと。自分が位置する場所、環境設定というものはとても大事なことなのです。

人間は幸い独自で動けますから、国という枠とは異なり、自分次第で環境を変えることができます。そして、「類は友を呼ぶ」で同じような人たちが集まります。

姓名判断的世界からみても、集まるグループは個々がもつ名前が大きく影響していることを実践で感じています。

今の私にとって環境設定の3大要素は、「人」「場所」そして「名前」です。環境設定は本当に重要です。

さて、今朝の神戸は雨。月曜日ほどの寒さであったなら完全に雪だったことでしょう。

金曜日ですね。元気にいってらっしゃい。私もいってきます(^-^)

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本音という舞台裏

易学や姓名判断を教わっていると、通常ではのぞくことのできない世界を目の当たりにすることがあります。

そこには人間本来の姿、ありとあらゆる人間の本性・本音が渦巻いています。光と闇の複合体とでもいいましょうか、それらは普段、表に出ず舞台裏に隠されています。

同時にそれらは「表に出してはならない」という側面ももっています。舞台裏はどこにでもあるのですね。そして実はそちらが「主」だったりします。

インターネットの世界でたとえると、通常の画面ではなく、HTML画面を直接のぞいているような(たとえのぞいてもわかる人にしか解析できない)感じでしょうか。

私は長らくある経営者の方と共に仕事をしていた時期がありますが、そこでもやはり一種の本音という舞台裏をみる体験をしました。

本気で何かの分野に取り組んでいる人は、そういう体験をする機会が多いと思います。

ただ、その舞台裏で人間の光と闇をみたときに、それを自分の内側でどう咀嚼するかで受けた体験の質が異なってきます。

たとえば人の闇を知って、我が身を振り返り学びとするか、はたまたゴシップにしたり悪用流用したりするかでは雲泥の差です。

体験を、発酵させるか腐敗させるか は、自身にかかっているのですね。

占術もいろんな活用方法があります。常に自分を厳しい目でみる必要性を感じています。

さて、今朝の神戸は曇り。寒さのピークは越えたようですね。昨日に続きあたたかささえ感じます。・・・雨が降るかしら?

今日も(^-^)でお過ごしくださいネ。

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白い犬の夢

昨夜はかなりはっきりとした夢を観ました。

夢の中で、私は一匹の白い犬に出会いました。

あるお店から出てきた私を、その犬は長いこと待っていてくれていたようです(^-^)

白くて、しっぽをフリフリしているかわいらしい犬でした。私はその犬を右手で撫でました。

2年ほど前でしたでしょうか。やはり白い犬の夢を観たことがあります。

そのときは、2匹の大きな犬でした。前方から私に向かってゆったりと歩いてくるという夢でした。

それからまもなくして、私の現実生活で心底驚く(良い意味で)ことがありました。

今度の白いワンコは何をもたらしてくれるのでしょう?(^-^)

夢って面白いですよ。意味づけ、こじつけといえばそれまでですが、長らく夢日記を綴っていると数多の登場人物(存在、事象)が様々なメッセージを投げかけてくれます。

それは学びであったり、気づきであったり、忠告であったり、祝福であったり・・・様々です。

たしかなことは、私の内的成長の後押しをしてくれる、ということです。

夢。興味がわきましたか? そんな方は、夢日記をつけてみてはいかがでしょう?

さて、今朝の神戸は昨日までの寒さがだいぶ和らいでいるようです。まだ冬の寒さではありますが、それでも随分あたたかく感じます。

今日も笑顔で☆

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四つ角の謎

「あそこに四つ角があるでしょう? 店(商売)をやって繁盛するのはこの角だけだよ、伊野華絵ちゃん」

あら、私の先生は何でもご存知・・・(笑)

「え~ どうしてわかるんですか?」

「しらん」

・・・説明になってないってば(@_@)

先生は、理系で数値と自然しか相手にしないといいながら、超・直観、感覚的人間です。発言や説明が頻繁に非論理的で意味不明となります。ご自身でも掴んでいる世界が「言葉」という道具で説明できないようで・・・生徒も困ります(^^;)

いわゆる風水というものがありますが、一般には「西に黄色を置くと金運上昇」とか、「東北は鬼門方面だからこわい」だとか、迷信ではないの?とあつかわれることも多々ありますね。

先生がおっしゃるには、占いしかり、風水しかり、「真実は、一般大衆化して裾野に広がれば広がるほど本質からずれてしまうことが多い」のだそうです。

これはどの分野でも同じなのでしょうね。ですから、専門家・研究家の眼からだと、「本当のことは一言ではいえないし、表に出しにくい」となるのだと思います。

「本質からずれたものほど、これまた大衆ウケするんだよね」と、嘆くように言われた先生の声がまだ私の耳に残っています。

最初の話に戻りますが、四つ角があるとして、ひとつひとつの角は「気の流れ」というものが異なるのだそうです。そして、不思議なことに、その「気」に合った人がその土地におさまるのだとか・・・。ジグゾーパズルでピースがはまるような現象ですね。

みなさん、交差点で赤信号の際、この話を想い出したら四つ角観察などしてみてくださいね。信号が青になるまでイライラしないで過ごせます(笑)

さて、今朝の神戸もキリリと冷え込んでおります。明日頃から少し和らいでくるようですね。掃き掃除もさすがに10分が限度でした。あは。

それでは今日も元気でいってらっしゃい。

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「省」から想うこと

」という漢字がふと頭をよぎりましたので、改めて辞書でその意味を確認しました。

省(セイ・ショウ)には、振り返ってよく考えてみる という意味があります。反省・内省です。

さらに、はぶく という意味もあります。省く、ですね。

自分のことを内する(振り返ってよく考えてみる)と、不必要なもの、無駄にあるものに気づき、よって、それらをくことができるわけですね。

官庁にもこの「」が使われますね。意味深いです。

人は、手に入れること・足すことにばかり目が行きがちですが、まずは無駄や重複をとりのぞき、それから本当に必要なものに手をのばすことが大切なのですね。

このブログではよく触れておりますが、「易学」では 重複を大変忌み嫌います

この「省」のもつ象意、いつも自身で意識していたいものです。

さて、今朝の神戸は昨日よりさらに寒いで~す。

この時期の5時起きは1年で一番気合が要ります。でも、えいっと起きてしまえば気持ちがよいもの(^-^)

今週も元気にいきましょうネ♪

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私は○○である

「私は○○である」 を100個挙げてみる

ひとりの時間がタップリあるときにぜひやってみてください。

数枚の白い紙とペンを用意します。

そこに、できれば「縦書き」で、私は○○である と自分を1行で表現します。それを100個書いてみてください。

誰もいない静かな場所で、正直に素直に頭に浮かんだ自分を書き続けます。

すると書いている最中、そして書き終えた後、自分の中に興味深い変化がおこります。

ここで大事なことは、わきあがる感情はどんなものも自然にそのまま感じ取って「抵抗しない」ということです。

私はこれを昨年末やってみました(^-^)

(ここから先は私の体験談を書くので、やっていただいた後で読んでいただくほうが面白いかもしれません)

以下、わたしの体験です。

あとで読み直してみると、最初のうちは当たり障りないこと、表面的なこと、ちょっと頑張ってよく見せている自分の状態を書いていました。

20個を過ぎた頃でしょうか。

それまでとは階層が違うような、一歩踏み込んだ心の深い部分を覗きこむ心境になりました。筆の進み具合が少しゆっくりになります。

書きながら、自身を鋭くえぐっていくような・・・まさか、自分で自分のことをこんな風に思っていたのだ・・・ということが出てきます。ためらう自分をよそに、なぜか手が勝手にそれを書き進めます。

自分で知らなかった本音みたいな感じです。さすがにときおりペンで表すのが辛くて手がとまったりしました。

この辺りで(後半50個以降頃)、気分は驚きと凹みと・・・複雑な気分でした。書くのをやめたいなとも。コレ、絶対誰にも見せたくないな~(笑)。

ところが面白いことに、最後の10~15個ぐらいは、まるでその凹みから這い上がるように、自分の中の光みたいなものを見つけられたりします。故意にそう意識をもっていったわけではなく、何かまたそれまでとは違う階層に自然移行した感覚でした。

それは、「私は○も●もどちらも持つ☆☆である」のような、良いも悪いもなく、多面体の自分を包括するような視点の1行です。

100個書くことに実際かなりの時間を要しましたが、

・自分が表面的に思っている自分

・自分が深部でひそかに感じ取っていた自分

・そのどちらも合わせて俯瞰している自分

自分の手で紙に書き記されたそれらを目の当たりにして、何か痛い部分と爽快な部分とがミックスしたような面白い感情がわきあがってきました。

そして最後に、それを声を出して読み上げてみました。最後は自分で自分のことを大笑い。そっか、私って自分をそう思っていたのね~と(^^) 

「私は○○である」リスト、興味がわいた方はぜひやってみてくださいね。

自分の手で書く、文章にしてみる、そして声に出してみる。

これで何が変わるかなど、期待や効果をもとめないでぜひお試しください。もとめずとも、その人それぞれできっと何かを感じ取れます。

さて、今日の神戸は午前中は晴れていましたがだんだん曇ってきました。どうやら雪は降らなさそうです。

朝、太陽が出ていたので洗濯物を干したのですが、見事に凍りました(^^;)。でもさきほどようやく乾いて一安心。この寒さ、もう少し続きそうですね。みなさま どうぞあたたかくしてお過ごしくださいね。

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目は口ほどに・・・

「目は口ほどに物を言う」(めはくちほどにものをいう)

「目は心の鏡」(めはこころのかがみ)

いずれも、普段からよく引用される故事ことわざですね。

人相学上でも、「目」というものは重要とされる部位のひとつですが、知識として人相学を知らずとも、私たちは相手の目の動きから相手の心を察することができます。一方で、目の力を逆手にとって何かを演出する場合もありますね。

演出といえば、女性の化粧がその類です。顔のメイクは、流行はあれどいつも目元を強調する傾向があるようですね。

一時期(今もですか?疎くて詳しくありませんが)は、エクステというつけまつげも流行ったようですね。また、マスカラやアイシャドウで目を大きく見せようとする気合たるや、ときにすごい人を見かけます(^^;)

ところが易学・人相学の先生がおっしゃるには、ああやって「目に必要以上のものを盛る」ことは好ましくないということです。

女性はもともと「陰」の世界の存在。なのに、自分を必要以上に「誇示」することは自然体ではない、という考えからきています。

自分を必要以上に、とは、「分相応ではない」ということです。

誇示とは、「誇らしげに示すこと、得意になって見せること」です。

化粧も含め、分相応な装いは大切・・・と易学や人相学から学びます(^-^)

さて、今日の神戸は曇り。西日本は「低温・雪にご注意を」との気象予報です。雪が降るのかな・・・ いつものノラニャンの行方が気になりますがきっと賢く寒さをしのいでいることでしょう。

週末ですね。みなさま どうぞ銘々にお楽しみくださいネ♪

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観測フィルター

「Aさんはとってもいい人なんです」

「Bさんはすごくデキる人」

「Cさんは本当にいじわる」

人は他人のことを多様に描写しますけれど、私はこういう類の噂話を鵜呑みにしません。

上述の話はすべて、発言者の観測フィルターを通ってでた主観的観測結果です。

観測フィルターとは、その人の生きてきた経験が基礎となってできた「人・物事の観方」です。その人の価値観そのものが反映されます。

観測結果が多くの人の間で一致する場合もありますし、違う結果を出す少数派もいますね。

直接交流できる人は、自分のフィルターで観測し、判断するのが一番です。周囲が観るAさんの印象と違うこともあるからです。

直接交流がない場合は、私はその人のお名前でシルエットを観ます。そのほうが噂話より断然、私にとって有効です。

有効というのは、対象となる人を表面的にではなく、一歩深く、同時により俯瞰して観る、そしてどのようにしたらその人とお互いに適切な距離で良好な関係を保てるかを冷静に判断できる、という意味です。そして、そうはいっても私が観た結果もやっぱり主観的要素はあります。

そう考えると、関係性というものはどうしても「相性」がつきものだなぁということを痛感します。相性とは、「化学反応」みたいなものですね。 

A+Bだとうまく混ざり合っておまけにCという物質ができてそれがその環境にも有益だけれど、D×Eの実験をすると爆発してすべて消えてしまう・・・みたいな感じでしょうか。

人の観方、物事の観方、世界の観方・・・人それぞれですけれども、自分の観測フィルターの質をあげるためにサポートしてくれるような、ひとつの俯瞰観測フィルターをもつと面白いかもしれませんね。

わたしの場合、それが占術や数の世界、というわけです(^-^)

さて、今朝の神戸は晴れ。この寒さにもだいぶ慣れてきました。金曜日ですね。週末まであと一歩です。元気にいってらっしゃい♪

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時のながれ

占星術上では、今日から太陽が「みずがめ」入り。二十四節気では「大寒」にあたり、1年で一番寒さが厳しいときです。・・・本当に寒いですね(^^;)

さて、1月もあと10日余りとなり、あまりの時間経過の早さに新年早々あたふたしています。

ぼやっとしていたら2016年も矢のごとく過ぎ去ってしまいそうな気がしています。

みなさんはいかがですか?

こんなときは、しっかり瞬間瞬間を集中して過ごすことが大切だなと思います。そのために私が意識していることは、

「すぐ決める(=迷って考える時間を減らす)」

「やらなくてもいいことはやらない」

「やることの重複を避ける(=効率よく行う)」

の3つです。特に2つ目の「やらなくてもいいことはやらない」を重点的に意識します。

年明けは、今年の目標を掲げてアレもコレも、となりがちですが、密度の濃い時間を創出するには、まずはやらなくてもいいことはやらない、見ない、近づかない、ですね~(^^)

身近で簡単な例を挙げると、ネットサーフィンなどがそうですね。ウィンドーショッピングとか、ネ。朝の二度寝も論外です。この時期、寒いからお布団に戻りたくなりますが・・・

思考も時間も身体の贅肉(?)も、余分なものは減らしたほうがパソコンと同じで稼働しやすいです。身軽にいきましょう~

今日はめずらしく夜のブログ投稿となりました。まだ19時台ですが、夜が苦手な私はもうすでに眠気が(笑)

それではみなさま おやすみなさい☆ (・・・って、さすがにまだ寝ませんけれど)

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異性への敬意

異性への敬意。・・・私の場合ですと、男性への敬意、ということになりますが、

この、「異性への敬意」をもつということは、パートナーシップをはじめ自分が大切にしている人間関係においてとても重要だと思っています。

敬意とは、言葉や態度でうやまうというよりも、自分とは違う身体構造・本質・価値観をもつ対象としての存在をそのままで受け入れる、といったような意識です。

たとえば伴侶がいたとして、ケンカしてはいけないとか意見が違ってはいけない、ということではないです。もっと根源的な、本質的なところでその異性をまるごとOKする・・・といった感じでしょうか。表現が難しいですネ。。

その敬意は、結局のところ自分自身にかえってくるのです。そう、実は、「自分自身をどれだけ大切にしているか」ということと、根底で繋がっており、表裏一体なのですね。

人間は本来、男性・女性いずれも自分の中に両性(男性性・女性性)をもちあわせているという考えがあります。「陰・陽」と言い換えるとわかりやすいでしょうか。

異性に対して妙に攻撃的な状態になっているときは、一度自分の中のバランスをチェックしてみるとよいのかもしれないですね。そのことは、その人との関係が自分にとって本当に必要なのかについても向き合うきっかけになるかもしれません。

この話に関連して、カール・グスタフ・ユングの「アーキタイプ論」の考え方は参考になるかもしれません(^-^)

興味がわいた方は以下などからご自身で調べてみてくださいネ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%9E%8B

さて、今朝の神戸は、いえ、神戸だけでなくどこでも

寒い寒い寒いっ 朝ですね。

6時ごろ、外でノラニャンのなき声がしました。彼らはどこで暖をとっているのかしら・・・ふと部屋のストーブに向かって 「ありがとう」とお辞儀をした私でした(^^;)

それではみなさま 今日もあたたかくしてお過ごしください。いってらっしゃい。

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君子危うきに近寄らず

君子危うきに近寄らず(くんしあやうきにちかよらず)

教養があり徳がある者は、自分の行動を慎むものだから、危険なところには近づかないということ。(故事ことわざ辞典 より引用)

姓名判断の先生から口を酸っぱくしていわれることのひとつです。

先生は、徹底した「性悪説」の人間です。そのことで、私は先生と言い争いになったこともあります(先生にハムカウとんでもないワタシ。。^^;)

そんなに人を悪く観ていたら世界が濁るのではないでしょうか・・・? と。今もその気持ちをもちつつ、姓名判断を学んでいます。

「鑑定力をあげたいなら、まず○○者から勉強しなさい。上達が早い」

え・・・(汗)。

それでも最近は、先生が奥底でいわんとしておられたことが少しですがわかってきたようにも感じます。

姓名判断上、占い全般にもいえることですが、人間の運命の終着駅(=晩年の姿、人生の終え方)は非常に重要視されます。

こと姓名判断において、中途挫折、突然消える、凶事でいきなり人生が終わるなどは最も忌み嫌います。

「性悪説」を念頭に、とは、その最も忌み嫌う事柄を引き起こしかねない因子をもつ人間・環境に近寄らないような眼力を持ちなさいとのことなのでしょう。そのためには、曇った眼(先生曰く、甘い眼)で眺めていては見抜けないのです。

「もし商売をしたいと思うのならなおさらですよ、伊野華絵ちゃん」

ビジネスの厳しい世界を豊富に体験してこられた先生の言葉はいつも私にずしーん、ときます。ハイ、しっかりついてまいります。

さて、今朝はあまりの寒さに目が覚めました。ブルブルブル。昨晩は雨風が強かった神戸ですが今は晴れています。

今日もあたたかくして元気にでかけましょうね。いってらっしゃい。私もいってきま~す。

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タロット考察 ~学ぶ私から考える私へ~

私がこのブログを始めた理由は、タロットについて日々綴りたいと思ったのがきっかけです。

ブログ開設から8年半、自分も変化し、タロットへの関わり方もかなり変容してきました。

タロットとは何か? 伊野華絵のブログ読者さんには改めて説明の必要はないかと思いますが(^^)、念のため以下、端的にWikipediaの説明を借ります。

タロット(Tarot)、あるいはタロットカードは遊戯や占い(タロット占い)などに使用されるカードのこと。78枚1組がもっとも一般的で、その内訳は1から10までの数札、4枚の人物札をスートとした4スート56枚の小アルカナと、寓意画が描かれた22枚の大アルカナに分けられる。 日本では、小アルカナは大アルカナに比べ極端に認知度が低く、一般語のタロットは大アルカナのみを指している場合が多い。

ドラマやエンターテイメント的に登場するタロットで有名なのは、「死神」や「悪魔」のカードでしょうか。その影響か、怖い印象をもつひともおられるようです。

私は長らくこのタロットの世界観を楽しんできましたが、ここ1年ほどでかなりタロットへの意識が変わってきました。

どう変わってきたかというと、その構成や絵柄に少し違和感を感じるようになったのです。

厳密に言うと、上述のタロットの説明にある、「一般的なタロット」のもつ数の世界観が自分にはあまりマッチしてこなくなったということです。

まず、78枚1組 がしっくりこない。私にとってはしっくりこなくなりました。大アルカナ22枚 は数構成の一部としては問題ないのですが、小アルカナ56枚 がピンとこないのです。

また、言葉を超えた抽象度の高い世界を絵(寓意画)で表すという、タロットの世界観はとても共感がもてるのですが、伝統的タロットにあらわされる寓意画自体に違和感を感じるようになっています。

おそらく、私自身の変化に加え、東洋の易学や姓名判断の影響もあるのだと思います。

さらに、数についても昔より敏感になり、何か自分の、伊野華絵としての新しい世界観を創造・表現したくなっているのだなと感じています。

何をどう創り出せるかまだ未知ですけれども、こう想えるようになったことは非常にウレシイことでした。

なぜなら、その世界を学ぶ視点から、その世界そのものについて考える視点になっている、ということだからです。

温故知新という言葉がありますが、いにしえの伝統的な知恵に敬意を表しつつ、その中に今を生きる一人の人間として新しい息吹を加えていけたら最高に幸せだな、と思います。

さて、今朝の神戸は雨。関東では雪が降っているようですね。足元お気をつけて、そしてあたたかくしてお出かけください。

今日も良き日を♪

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応援したい人

最近、親しい人が仕事上で昇進しました。その人は、コツコツと地道に自分の能力を高めてゆく人でいつも控え目。

それでいて、業務内容だけでなく人間関係においても正面から問題に向き合い、改善・解決をしてゆく頼もしい人です。

そんな人が昇進し、私は自分のことのように嬉しい気持ちでした。こういう人にこそどんどん目立ってもらって活躍してほしいものです(^-^) チーム全体の質向上につながりますから。

ところが本人は、「荷が重い・・・自分のキャパシティを超えている・・・」と、しりごみしている状態です。あまり人の先頭に立つのを好まないようです。

私は話を聞きながらできるだけ負担にならないようにエールを送り続けていますが、実はその人のお名前にその「控え目さ」が如実にでているんですね・・・。

「私は縁の下の力持ちで目立たないようにやってゆくほうが向いているんです」

・・・ハイ、お名前もそう語っています。。。それでもがんばってほしいなぁ。実力の高さも名前の格数が証明していますから。(ということはその人には伝えませんけれどネ ^^;)

「昨日より今日、今日より明日をよりよく」と自分を磨いてゆく人が身近にいると、自然と応援したくなりますし、自分も元気がでてきます。

そういう人は往々にして、外見は地味で控え目、努力は見せません。その内的な強さ美しさは付き合ってすぐにはわからないのですが、ある時はっと気づきます。

そしてお名前をよくよく見てみると、たしかにそのシルエットがみてとれるのですね。

さて、今日の神戸は少し曇りがち。

人と会えば第一声が、「寒いですね~」のこの頃です。明日大寒波がやってくるようですが、体調管理をしっかりとして、冬を日々楽しみましょう~。

それではみなさま 素敵な日曜日を☆

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3・7・21の法則

行動しなければ変わらないとはよくいわれますが、ただやみくもに行動しても効果がないことがあります。

行動が自分を変えるというより、厳密に言うとその行動をしないと居心地が悪くなるまでパターン化することが大切なのですね。

パターン化=習慣化です。

これは、「何かを始める」ことにも「何かをやめる」ことにも共通しています。

習慣化するには、その行動を何度も反復する時間が必要です。どのぐらい必要でしょうか? 反復は、不定期にではなく、必ず「毎日行う」ことがポイントとなります。

「三日坊主」という言葉をよく聞きますね。誰しも始めて四日目あたりが一つのヤマなのでしょう。

人は、新しく始めたい あるいは 何かを止めたいと決意しても、悲しいかな、ホメオスタシス的な力が強烈にありますから、どうしても元に戻りたがるのですね。その作用が現れるのがおそらく四日目ぐらい・・・よって、「三日坊主」という言葉が生まれたのでしょう。

さて、なんとか三日坊主にならずに済んだとして、次のハードルは一週間を過ぎた頃です。一週間は7日。ここも元に戻りやすい分岐点となりますが、超えられるとその先も続けられそうな感覚がでてきます。習慣化の芽生えです(^^)

さらに、3週間を超えると、その新しく始めた行動が「習慣化」されて、むしろそうしないとなんとなく不自然な身体・感情になります。3週間とは21日です。

こうみてみると、3・7・21という数字は、サイクルのまとめ役を担っている数のように思えます。関所のような存在でしょうか(^-^)

21は3×7ですから、この3つは関連性の深い数です。一緒に組み合わせて利用すると色んな効果がのぞめそうです。

また、姓名判断上でもどれも勢いのある数とされています。かつ、タロットの世界でもカード展開時に重要な役割をもっています。面白いものですね(^-^)

さて、2016年ももう半月経ちましたね。みなさん、新しく始めたいこと、今年こそ止めたいこと(笑)いくつありますか? それらを計画してゴールに向かって進むとき、ぜひ上述のような「数」も意識してとりいれてみてくださいね。きっとより効果的です☆

今朝の神戸も晴れています。寒い~。これから出勤タイムまで、外の掃き掃除で朝のリフレッシュをします。・・・そうそう、私の掃き掃除も3・7・21を意識して取り組みましたヨ。

それではみなさま、素敵な金曜日を♪

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手書きの効果

鉛筆やペンを使って手で書くこと、綴ること・・・昔よりぐっと機会が減っていませんか?

今の職場はペーパーレス化がかなり進んでおり、就業したての頃、覚書用のノートを利用していたら

「ノートを使っている人を久しぶりに見た」と言われました(^^;)

ですがですが。手書きって軽視しないほうがよいです。ハイ。手で書くという行為は、同時に自分の内側にそれを刻み込む作業もしています。

よく、お願い事を紙に書いて・・・というおまじないもあながちウソでもないのですね。

長らく写経をしていたことがありましたが、写経をすすめてくださった方から言われたことです。

「一文字一文字を仏様だと思って、ゆっくりと丁寧に、これ以上きれいにかけないという意識でのぞんでくださいね」

写経をしながら、文字そのものがもつ力だけでなく自分の手で書くという行為に宿る不思議なパワーを実感したものです。

私はこうしてブログを書いていますが、いつでも修正・変更・削除可能です。FacebookやTwitterの利用者は「短いつぶやき」で済ませる人が多い。このスタイルは

"Easy come, easy go"  を助長させるなあという懸念をもっています。便利さは脳を進化させつつ退化させるのかしら?(苦笑)

というわけで、ノートに手書きの日記もつけています。ちなみに「縦書き」です。姓名判断の影響です。字の美醜は心を如実に反映します。落ち着かないときは思いっきり乱れます(笑)

さて、今朝も寒いですね~。寒さで震えますけれども、身体がキリっと引き締まりますね。

みなさま良い一日を♪

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心得事(こころえごと)

「人間は自分が思ってもみないことを、思ってもみないときにしてしまうものです」

易学の先生から厳しく教わったことのひとつです。

巷には様々な事件・事故が日常茶飯事で起こります。大小の差はあれ、誰の周囲でも失敗やケガ、いさかいなどあまり関わりたくないことも起こりうることです。

自分が加害者あるいは被害者でない場合、それらは他人事・・・「対岸の火事」のあつかいになってしまいますね。

ですがそういうときほど、「その出来事を『心得事』としてとらえなさいね」

と先生はおっしゃいます。

先生のいう『心得事』とは、目撃したあるいは聞いたそれらの出来事を他人事としてではなく、自分もその張本人になる可能性があるのだから「心して受けとめるように」ということです。

自分は絶対にそんなことはしない・・・ということはありえない。自分ももしかしたら同じような目に合っていたかもしれない、と心得て気をつけなさいよ、というメッセージですね。

実はこの教えは、占術の世界を通して気づいたことと繋がります。

西洋占星術を学んでいるときに「あっ」と思ったのですが、「自分が体験すること」と「誰かが体験したことを知る・聞くこと」はイコールの場合があるのです。

つまり占断が、自分がそれを体験するかもしれないし、他の誰かがそれを体験して自分は後にそのことを聞く(知る)かもしれない、というどちらかの可能性としてでるのです。

このことは、易学の先生のおっしゃる「心得事」と繋がります。『対岸の火事』でやりすごさず、深く受けとめることで自分の中でよい発酵がおこります。

日常って、ありふれたことだらけのようで実は色とりどりのドラマがいっぱいなのですね。自分の眼に映る世界から何を感じ取りどこまで理解できるか・・・人それぞれです(^-^)

さて、今朝の神戸は冬らしい朝です。寒い~。関東は昨日雪が降ったようですね。

みなさまどうぞ暖かくして今日も笑顔でお過ごしくださいネ♪

それではいってらっしゃい。私もいってきま~す。

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発酵と腐敗

発酵とは: 食品に微生物が繁殖し、その成分が変化すること(Wekipediaを参照)。

発酵食品は健康上非常によいといわれていますね。

ご存知かと思いますが、「腐敗」もこの「発酵」とまったく同じ仕組みです。

特に人間にとって役立つ場合に限り「発酵」と呼ぶのだそうです。

実は一昨日の京都散策で、「お酒の神様」が祭られる神社へも赴きました。アルコールも「発酵」のたまものです(^-^) 適量なら妙薬ですネ。 

資料館にある醸造過程の解説を見学しながら、

"何事も、自分の中で上手に発酵させるようにしたいものだなぁ"

とつくづく思いました。 出来事への理解、人とのやりとり、占術の学びにおいてなど、自分が受け取ったものを内側でいかに発酵させるかで人生の醍醐味は違ってきそうです。 

また、発酵と腐敗は紙一重であって、ある人にとっては発酵でも別の人には腐敗、ということも沢山あるのだと思います。

年が明けて、早速お酒の神様が大切なことをそっと教えてくださったように思いました(^-^) 

有難いことです。

さて、外は徐々に明るくなってきました。神戸はよいお天気みたいです。さあ、本日も背筋を伸ばして元気よくいきましょうネ♪

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京のおへそにヘキサゴン

昨日は京都の「頂法寺(ちょうほうじ)」を初めて訪れました。頂法寺は通称「六角堂」、京都のおへそとして有名なお寺だそうです。

周りを高い建物に囲まれた環境に、六角堂はひっそりとそしてこじんまり存在していました。

ご本尊の如意輪観音さまがまつられている本堂は本当に六角形をしています。見上げると屋根のデザインもなんとかわいらしいこと(^-^)。「六角堂」の文字が刻まれています。

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<境内にある詠歌>
「わが思う心のうちは六の角ただ円かれと祈るなりけり」

六の角とは、人のもつ六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)から生まれる六つの欲のことを指し、六角堂はその六根清浄を願って建立されたのだそうです。

人の欲は本当に果てしないものだと思います(自分を含め、ハイ。)

ところで、「」という数字は、姓名判断上は非常に穏和な数とされています。英語で六角形のことをヘキサゴン(Hexagon)といいます。

正六角形を規則正しく並べると、いわゆる「ハニカム構造」といって非常に頑丈な構造になるそうです。自然界で有名なのが、"ハチの巣"や"亀の甲羅"です。

姓名判断で穏和とされる「六画」も、実は名前の中に複数あると一転して「非常にガンコになる」といわれていますから、ハニカム構造の頑強さと妙にマッチして、やっぱり数や形は面白いなぁと思う次第です。

そうそう、六角堂は「いけばな発祥の地」とされているそうです。生け花といえば「華道」。この、「」という漢字は、『中心』という意味があります。私、伊野華絵もこの字を使っています(^-^)

京都のおへそ(中心)といわれる場所にある六角堂、そして"華"道。形と名前と数と・・・年明けにぶらっと散策した京都で出会ったお寺は、私の好奇心を大いにくすぐってくれました。

その後は近くの錦市場(京都のお台所)をゆっくり楽しみました。地元の人、日本人観光客、海外の観光客、いろんな顔ぶれがみられ、活気があってこちらも元気になりました。

さて、今日の神戸は穏やかに晴れています。三連休最後の日。みなさまゆったりお過ごしくださいね。

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健全な距離間(感)

何事も、対象との「距離感」というものは大切だと思います。

対人関係においては言わずもがなですが、概念(思想・価値観)においても同様です。

よく「ハマる」といいますが、ハマるとはその対象との距離感が近すぎて自分自身が見えなくなっている状態ともいえますね。これは一種のテンションをあげますけれども、場合によっては思わぬところに支障や犠牲が出ますから気をつけたいところです。

私は人を星にたとえて考えることが好きですが(だから占星術が好きなのです)、星にはそれぞれ軌道がありますね。個体であるかぎり、個々の軌道はまったく同じではありません。それぞれのレールとペースがあります。

お互いを生かし合えるよう、個々の軌道には「健全な距離」というものが必要になります。人も同様ではないでしょうか。

大切な人ほど、惹かれる人ほどその距離は縮まり(縮めようとして)、ときには一体化しようとしますがそういうときこそ「健全な距離感」を意識してお互いの軌道を冷静に観察したいところです。

占術に対する考え方も私は同様にとらえたいと思っています。ハマりすぎるとそこに「狂信」が生まれる危険があります。占術以外でもあらゆる概念がそうではないでしょうか。

・・・とはいえ、健全な距離を侵したからこそ見えることがあるのも事実なんですね(^^;)その場合は色んな覚悟をもってのぞめばよいのだと思います。

さて、今朝の神戸は晴れ・・・かな? お空はこれから明るくなってゆきます。

今日はこれからぶらっとお出かけです。みなさまも素敵な日曜日を♪

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光る日、降る数字

ごくたまに、ですけれども、カレンダーを眺めていると妙に光って見える日があります。

光って見えるだけでそれ以上のことはわかりません。・・・ですが、だいたいその日あるいは+-1~2日で印象的な出来事が起こります。それは外側の現象の場合もありますし、大きな内的変化のこともあります。そしてそれは自分自身のことであったり、大切な人に関わることであったりします。

似たような経験をしている友人もいましたので、別に珍しいことではないのだと思います。

私は数字好きなせいか、カレンダーがなくとも、突然、数字や月日が降ってくることがあります。降る・・・以外の表現でいうと、ポップアップ画面みたいに、ピョン!と浮かぶ感じでしょうか。何かを想い出すときの脳の動きとは確実に違います。

この場合も、具体的には何が起こるのか、何を暗示しているのかがイマイチわからないままです。ただ、昨日記した「辻占」のような周囲の象意からひっぱってくることで予想をつけることもたまにあります。

今年はこの辺の感性をもっと磨きたいなぁ・・・なんて思っています(^-^)

まぁ、先のことは詳しくわからないほうがよい場合もありますし、わからないから面白い、とも言えますね。占術においても「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉があります。

そんな構えも必要かと思っています。

さて、今朝の神戸は昨日より少し冷え込んでおります。やっと冬らしい気温になってゆくようですね。体調管理万全に、週末に向けてあとひとふんばり、ですネ♪

Have a  nice day!

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辻占(つじうら)

辻占(つじうら)、ご存知ですか?

以下、Wikipediaからそのまま引用します。

辻占(つじうら)とは、日本で行われた占いの一種である。

元々の辻占は、夕方に辻(交叉点)に立って、通りすがりの人々が話す言葉の内容を元に占うものであった。

この辻占は万葉集などの古典にも登場する。類似のものに、橋のたもとに立って占う橋占(はしうら)がある。

夕方に行うことから夕占(ゆうけ)とも言う。偶然そこを通った人々の言葉を、神の託宣と考えたのである。

辻は人だけでなく神も通る場所であり、橋は異界との境をなすと考えられていた。京都・一条堀川の戻橋は橋占の名所でもあった。

(引用ここまで)

私がこの「辻占」という言葉を知ったのは、たしか去年だったと思います。ただ、言葉は知らなくとも似たようなことをずっと前から一人で楽しんでいました(^-^) 目に映る現象は一見無関係なようであってもすべて、「縁」という網の目で繋がっているという考え方が好きだったからです。

密かにお気に入りの辻(交差点)もあります。私は数が好きなので、人の言葉だけでなく車のナンバープレートの数字も活用します(^-^)。

昔も今も、人の考えること・やることは同じなんですネ。

上記の説明の中で特に興味深いのは、「夕方に行う(夕占)」と記されているところです。

夕方とは、日没間近な時刻。太陽が地平線から姿を消す頃です。つまり、地平線を、辻や橋と同じように異界との境目(境界線)とみたてていたのでしょう。

そういう意味では「日の出」も同様なのですが、おそらく日の出時刻に辻(交差点)に行ってもあまり人の行き交いはなさそうですね(大笑)。

というわけで、今年も占いのこと、数のこと、日常のこと、つれづれなるままにお便りしたいと思います。引き続き「季丘便り日記」を楽しんでいただけたら幸いです。

さて、今朝の神戸は曇りがち。暖かすぎる冬の朝・・・。このまま春かしらん?

みなさま楽しい一日を♪

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HAPPY NEW YEAR!

みなさま、あけましておめでとうございます。

2016年の初投稿です(^-^) 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

年末年始休暇を終え昨日が仕事始めでしたが、英語脳を取り戻すのが大変でした。。。やっぱり使っていないところはすぐ錆びるんですねえ(ぼやき)。

隣席のチームリーダーが、「長らく休むと英語が出てこない~~」と笑いながらつぶやいているのを聞いて内心ほっとした私。・・・あは、いけませんね~、そんなコメントでホッとしていては。早く社会復帰できるよう努めたいと思います、ハイ。

休暇中のほとんどの時間を実家のある東京で過ごしたのですが、連日穏やかでポカポカ陽気でした。

年末は大掃除の窓拭きで上を向き、年始は家族で凧揚げして上を向き、なんだか上ばかり見ていた休暇でしたので、

「2016年は上を向いて歩こう」、と心に決めました(笑)

それにしても久しぶりの凧揚げに大はしゃぎした私。雲一つない青空に凧を揚げる爽快さは最高のリフレッシュとなりました。ただ、ほぼ無風状態だったので、よく走りましたが・・・(^^;)

元日から大空を見上げ、身体を大いに動かしたのでなんだか幸先のよいスタートです♪

グレゴリオ暦の新年の次は、2月の立春(旧暦正月)、そして3月の春分が待っています。内的時計ではこちらのほうがメインの区切りとなりますのでそれに向けて徐々に準備運動していこうと思います。

みなさまにとっても素晴らしい2016年となりますように。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

Tokiokatayori_inohanae_20160105

※写真は、お気に入りの散歩道風景。年明けに東京から神戸に戻り、自分の軸足がすっかり神戸になったなぁ・・・と、この景色を観ながら感じました。

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