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2015年12月

おかげさま

ここ最近、夜になると町内会のどなたかがおそらく交代で周って下さっているようで、

「火の用心」の”カチカチ”(拍子木っていうんですね。知らなかったです)が聞こえてきます。あの音とあのテンポ、結構好きなんです。

いつもは”カチカチ”の音だけ小気味よく聞こえてくるのですが、今夜はその音の合間に
『火の用心~』と かわいらしい男の子の声が。

きっとお父さんと一緒に周っているのでしょう。寒い中、ありがとうございます(^-^)

かわいいかわいい子供の声でしたけれども、なんだかすごく守ってくれるような頼もしい感じがして、心がふぅっとあたたかくなりました。

2015年もあとわずかとなりましたね。おかげさまで今年も無事に終えることができそうです。

日々のおわりでも「おかげさまで」と思えるのですが、やはり年の区切りはより一層、『おかげさま』の気持ちが強くなりますね。

今晩の”カチカチ”の音は、私が気づいていない「おかげさま」がまだまだいっぱいあるんだよ~と伝えてくれているようでした。色んな人、人に限らずあらゆる存在に支えられて日常を送ることができているんですね・・・

さて、明日からパソコンからも離れ、しばらくうんと静かに過ごそうと思います。次の日記は年が明けてから綴る予定です(^-^)

今年も伊野華絵の「季丘便り日記」を訪れてくださり、本当にありがとうございました。

ひそかに応援メッセージをいただくこともあり、とても励みになりました。

みなさまもどうぞよい年をお迎えください。

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)

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腹八分でメリークリスマス

おはようございます。

今日はクリスマスですね。神戸は雲が多いものの晴れの朝を迎えています。それにしても暖かい・・・12月下旬とは思えない気温です。

さて、12月といえば忘年会シーズン。みなさんも会社やプライベートで飲食のお楽しみが増えている季節ですね。そしてそのままお正月、新年会と続き・・・。みなさんの体内はイベントやホリデーが続けば続くほど、、、大忙しだったりして(^^;)?

私はといえば、真冬や真夏の季節ほど何事も「控え目」を意識して生活しています。食生活においては、いわゆる『腹八分』を心がけます。よって付き合いは悪くなります(笑)。

腹八分の「八」は、東洋では吉を表す数字のひとつです。八の次は九で、九=苦 ですから八を過ぎれば苦が待っているとされます。

また、満月で象徴されるように、満ちればあとは欠けるだけ・・・ということから、頂点や完成に向かってゆく過程においての一番よい状態を「八」に当てはめているわけです。

易学の先生も、「腹いっぱいだと満足して動かないでしょう? このときが一番危ない」とおっしゃいます。まぁ、サバンナを想像すればわかりますよね。即刻、敵に捕って食われますから・・・(^^;)

易学は変化しないことを最も忌み嫌います。満足して動かない(おなかいっぱいで動けない)・・・これを嫌う訳がわかりますね。私たちは適当に空腹で、そして環境が身軽な方が動けます。

飲食だけでなく、人、お金、土地、そして思考・・・色んなものを我がものだと取り込みすぎて(お腹いっぱいになって)動けなくなっていませんか・・・???

クリスマスも本来、飲んで食べて大騒ぎして・・・という日ではないのですね。静かに、しずか~に過ごす日なんですヨ。

というわけで、「控え目」な真冬生活をお勧めしたい伊野華絵でした(^^)

私は昨日仕事納めでした。今年も英語まみれの毎日をよく頑張ったな~とやれやれな気分です。来年から仕事量が少し増えそうですが、新しいチャレンジを続けてさらに楽しく進化したいな~と思っています。

ではみなさま、Merry Christmas☆ (静かに過ごしましょ)

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)

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集中とリラックス

「鑑定のときはね、車の運転と同じなんですよ、伊野華絵ちゃん。100メートルほど先を見る。一点を観るのではなくて全体をぼや~っとリラックスしてみるんです」

姓名判断の先生は眼光鋭く、でもニッコリとおっしゃいます(^-^)

「野球選手がバッターボックスに立つときガム噛んでるでしょ?あれもガムを噛むことでリラックスしてそして集中しているんですよ」

そう、真に集中するには「どれだけリラックスできるか?」にかかっているということです。

鑑定時の先生のそばにいると、その場の雰囲気が変わります。どう変わるかという表現は難しいですが、意識の階層が先生の周りだけ違ってみえる・・・といった感じでしょうか。近くの私も少しその影響を受けます。

この感覚、私にも少しずつ出てきたように思います。面白いことに、先日知人の家である方のお名前を観ていた際、その家のネコちゃんがその時だけしずか~にすり寄ってきて、私の足元にずっとまとわりついていました(笑)。ネコのアンテナってすごいです。空気が違うのを感じるんですね。

先生は、リラックスするには自然を眺めなさい、自然に触れなさいとよくおっしゃいます。物言わぬ彼らは言葉以外のメッセージをいつも私たちに投げかけてくれているのですね。

さて、今朝の神戸は少し曇りがち。今日はクリスマス・イブなんですね~。ということは今年もあと1週間。時間は加速度付で過ぎてゆきますぅ~

それでは今日も良き日を。いってらっしゃい♪

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)

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わかってないなぁ(^~^)

このところ、仕事でもプライベートでも占術の勉強でも

「あら~ 全然わかってないなぁ。わかっていなかったなぁ」と 痛感させられることの連続です。

昔の私なら相当に凹むところですが、年の功でしょうか、

『わかっていないことに 気づいたのだ』 という受け止め方をしています。なので、「痛感」と書きましたが、辛い「痛み」ではなさそうです(^-^)

「わかる」とは何ぞや?とやりだすと、ただの言葉遊びになってしまうのでやめますが、自分が知らなかったあるいは目を向けなかった物の考え方に触れて、今まで自分が固執していた観方を一旦手放してみたくなったのでした。

そう、色んなことを「一からやりなおししよう!」 と思いました。

そんなこんなで本日なんとお空は「冬至」を迎えます。図ったようですが、偶然です(笑)。といいつつ、私の内的時計は意図的かもしれませんね(^-^)

さて、今朝の神戸はひんやりと晴れ。職場は同僚たちが徐々に年末年始休暇に入り、だんだんと人口が減ってゆきます。私もあともう少し。

今日も(^-^)でいきましょうネ♪

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)

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私は子供の頃からなぜか、周囲の人からよく「花」にたとえて観られることがあります。

目上の方、同年代の人たち、後輩、経営者、芸術家、音楽関係の人、占いやヒーリングに携わっている方々など。色んな人が色んな角度から

「まるで○○(花の名)みたい」と、花にたとえてくださいます。

最近までそれほど意識していなかったのですが(鈍感すぎる・・・?)、思い返せばそうだな~、と。

実は私の「華絵」の名も、ある方が命がけで名付け親になってくださったのですが、その方も

「あなたは 野に咲く花のシルエットなんですよね」とのこと。素直に嬉しかったです。

また、赤ちゃんが興奮して動き出すような不思議な力をもつ絵を描く女性とお会いした際、

「デイジー(キク科の花)のような強い強い花のイメージね」と、表現されました。・・・花の中でも私は生命力の強い花なんだそうです(笑) 上述の名付け親の方が抱く私のイメージもそんな感じでした。

以前の会社で一緒に働いていた人からは、

「伊野さんってなんだかお花畑みたいなんですよね」・・・あは、そうなんですか(笑)

特殊な才能や能力を持つ云々ではなく、人は他者のことを皆共通したイメージでみていることが多いのですね。それは誰もがもつ、誰もが無意識でアクセスするようなサーバーから取り出す、ある種の遺伝子情報のようなものではないのかと思っています。

そうそう、姓名判断上では、「花」と「華」は全然違うのです。人生のシルエットも違ってきます。これまた面白いものですね~。

さて、今朝の神戸はあたたかく、日差しがキラキラと眩しいです。レースのカーテンもおひさまの力を受けて光っています。午前中は、図書館に行きがてら小一時間ほど散歩をしました。おかげで今は身体がポカポカと温かいです♪

それではみなさま、どうぞ素敵な週末を☆

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)

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わかるまでやろう

「あのね、伊野華絵ちゃん。同じ30格でも18+12と、19+11の組み合わせでは、見えるシルエットがぜんっぜん(全然)違うんですよ」

・・・はぁ、先生。わからな~い。・・・その脳内に映っている映像をそのままコピペさせてください(苦笑)。

いやいや、いくら『知識』として沢山教わっても、自分の内側でコネコネ熟成させてゆく作業は自分でしかできないし、自分で乗り越えてゆくものなんですね。

わからない、じゃなくて、わかるまでやろう(^-^)

数学の世界では、数がマスターできればなんと、「神さま」とも会話ができるといわれています(^-^)

やっぱり数は面白い。難しいけれど面白いです。私は占術の世界をとおして、「数」と末永くおつきあいしたいナ。一生かけて取り組み甲斐のあるお相手です♪

今朝の神戸は昨日までの暖かさとは違って、キリリと冷え込んできました。それでも平年よりはあたたかいようです。体調管理大切ですね。週も後半、(^^)にいきましょう。

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)

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濁音はムズカシイ

またまた姓名判断のお話です(^-^)・・・好きなもので。エヘヘ。

名前に「濁音」がある場合を多数見かけますが、私の先生の流派の考えですと、名前が「濁る」のは少々やっかいだと観る傾向にあります。その名の通り、「運命がどこかで濁る」とみなすわけです。

姓よりも名、そして男性よりも女性の名前の場合、その傾向は強くなります。

ただ、そうはいっても、実際の鑑定で観察していくと、その濁りがなんともいい感じ(?)でスパイスになって人生をたくましく切り開いてゆくタイプの方もおられます。

「部分で見ちゃだめだよ。全体の景色で感じ取るんですよ」

・・・そう、原点はそこですね。結局総合判断なのです。熟達者は360度から感じ取る。熟達すればするほど、

「一概にそうとはいえないんですよね・・・」の例が多くなるんですね(^^;) 応用の効かない初心者はとまどうわけです。

8は縁起のよい数だから8画の名前はよい。占星術で木星はいつも幸運の星。・・・こういうのは、プロの中ではお話にならないお遊び解釈です。もっと全体で判断しないと本物の景色はみえないよ、とはどのジャンルの学びでも同じですね。

というわけで、私の中で「濁音」の名前の鑑定はまだまだムズカシイ域であります。一歩一歩、かなぁ。・・・それでもやっていると理屈を超えたところではっとする気づきがあり、もっと前に進もう!という気持ちになります(^-^)

さて、今朝の神戸はやっぱり暖かい。こんなに暖かくていいんですかね・・・というぐらい。昨夜の雨はあがりました。

今日も笑顔で。いってらっしゃい~♪

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)

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賢けりゃ・・・(^-^)

「賢けりゃボケとれ」

この言葉、好きなんですけれども、これを教わったのは母親からです。

言葉そのものを教わったのではなく、日常でのふるまいや在り方を母親の背中から教わったという感じです。

『余計なことは言わないで、「私、よくわからないわ」としておいたほうがいいのよ~♪』

そんな母を眺め、アッパレだなぁとつくづく思うことが何度かありました。

人は得意分野や少し知識が豊富にあると自負していることになるととりわけおせっかいに

「教えたがり」になり(親切とは違うんですね)、

噂話が聞こえてくるとすぐ

「首をつっこみ」たがり、

誰かの悪口で盛り上がっているといつのまにか

「そうそう」と同調する・・・

そんな生き物なんですかねえ。。。

「賢けりゃボケとれ」は、「やっかいな渦には巻きこまれずに離れていなさい」というメッセージなのでしょうネ。

人は他者より自分が少しでも秀でていることを確認したい衝動があるのかもしれませんね・・・。だから自分を誇示したり、他人の不幸話を仕入れたがったり・・・。

「アナタには無限の可能性がある!」 ・・・コレ、スピリチュアルビジネスお得意のご真言です(笑) こういわれると、心の中をくすぐられる気分になるんですね。

それも嘘じゃないけれど、でも、自分って実はほんと、「たいしたことないちっぽけな存在」なんですよね。なぜって、人生はこの小さな身体に入ってその範囲でしか生きられないから。そういう意味で、無限の可能性空間から有限のハコの中にやってきてゲームをしている、ともいえます。

「無限の可能性」と「たいしたことない存在」を両方併せ持つワタシをしっかり観ることができたらバランスよく生きられるんじゃないかなぁ(^-^)

さて、今朝の神戸は穏やかに晴れています。それにしても暖かいですね。真冬の寒さが待ち遠しいわけではないのですが、なんだか変な感じです。

今日も(^-^)でお過ごしくださいね♪

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)

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見えない場所の相

私は人相学も好きなので、ちょくちょく勉強したり実践鑑定(人さまのお顔拝見)をしています。

実は人相の中でも、普段外に見せていない部分を鑑定することがよくあります。

今日はそれをひとつご紹介します。

頭の後ろを触ってみてください。・・・後頭部の、ちょうど枕が当たる部分がありますね。そこはどんな感じになっていますか?そこが盛り上がって高い人は寿命が長く、福があるといわれています。人相学では、「鎮骨」と呼ばれています。

さらに、耳の後ろを触ってみましょう。その部分の骨が高くつきでている人はこれまた鎮骨と同様の意味があるそうです。ここは、「寿骨」と呼ばれています。名前もおめでたそうですね(^-^)

寿命が長ければよいのか・・・そうではないですね。この長寿というのは、おそらく健康でそして寿命が来たら自然に、まるで花が枯れてポトリと落ちるように静かに旅立って行ける・・という意味でとらえるのだと思います。

「鎮骨」「寿骨」は、スキンヘッドでないかぎりどちらも普段人から見えないところです。そして骨ですからずっと変わらない、持って生まれた先天的要素でもある。これらが、寿命や福徳を表す相としてある、というところがとても興味深いですね。

・・・見えるところをあれこれつくろったところで、人は各々もって生まれた性分・運として定まっているものがある、それには逆らえない、ともとれます。

この部分、不思議と私が習ったヒーリングの世界でも大事な部分だと教わりました。異なる分野からアプローチして合致する部分があると、「へえ~」っと思いますネ(^^)

さて、今朝の神戸は昨日と同じようなどんより曇り。そのうちお日様でてくるかな・・・?
さあ、今週も笑顔でいきましょう♪

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
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観測フィルターはいつもきれいに

どの分野の占術においても言えることですが、鑑定する側の個人的なフィルターは、可能な限りクリアにされていることが望ましいです。

どういうことかというと、例えばタロットでいうと、鑑定者に好きなカード、嫌いなカードがあってはいけないということです。これは、吉凶とはまったく別の話です。

つまり、カードへのえこひいきがないようにする、ということ。思い入れに偏りがないようにする、ともいえます。

えこひいきや偏りは、鑑定者の「個人」としてのフィルターが濁っている証拠で、そこから相談者の内容の景色を観るとやっぱり濁って見える・・・ということです。

以前、アロマテラピーの専門家でかつ占星術が好きな方が身近にいましたが、その人はしょっちゅう、

「おとめ座はケチ(=だから嫌い)」

「うお座は情にはまる(=だから気持ち悪い)」

など、自分の個人的な感情と一般的な12星座の傾向を思いっきりごった煮にして、自分の周囲に振りまいていました。よっぽど嫌な体験があったのでしょうが、何年経っても同じコメントを繰り返されるとこっちがうんざり・・・ですね(^^;)

上述のようなことは、プロの鑑定ではNGなのです。

鑑定の一回、一回、まるで生まれたての赤ちゃんが世界を観るように、「観る」必要があります。

もちろん、完全にクリアーなフィルターをもつ人間はいないのです。誰もが、その人の価値観ソフトをインストールしていて、その眼で人を観ます。先日記した、姓名判断の先生も例外ではないと思っています。だからこそ、人から教わりながらも、自分のフィルターからきちんと景色を確かめる、そしてフィルターをいつもできる限りクリアにする必要があるなと感じています。

易学の先生は、

『あくまでも機械になったらいいんですよ』 とアドバイスくださいました。

これって、一見冷たい人間になれ・・・のように感じますが、そうではないのですね。鑑定はあくまでも天体観測のように、まるで理科の授業の実験のように、ただただ現象を『観察・観測』することと同じです。その延長線上に、結果予測が出てきます。

そうはいっても、鑑定となると人間同士の「言葉」でのやりとりがありますから、鑑定結果をどう言葉に置き換えるか。・・・ここで、鑑定者の技量と人間性の両方が問われます。

私もプロの鑑定者に何度も依頼した体験がありますが、素晴らしいと思える人ほど、「鑑定上での機械のような精密さ」と「人としてのあたたかさ」の両方をバランスよく備えておられます。

同時に、その道のプロの方の生き様に触れたようで、こちらも背筋がスッと伸びます(^-^)

学びの道のりは長いですね~。だからこそ一生もので楽しいわけですネ☆

さて、今日の神戸は少し曇りがち。とはいえ、気温が高めなので穏やかに感じます。

みなさま、楽しい日曜日をお過ごしくださいね~。

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嘆きの数(続き)

おはようございます(^-^)

今朝はあまりの暖かさに身体が戸惑っています。外は雨。雨は別に普通ですが、気味が悪いぐらい気温が高いです。外気を測る温度計は18度・・・。12月中旬にもなろうというのに、ちょっと変ですね。

さて、おまちかね(?)の昨日の日記の続編です。

昨日は、ゴーイングマイウェイな数について触れましたが、今日は、

『泣く子も黙る、コワ~イ数』について。

姓名判断の先生は、「絶対に画数(格数)だけにとらわれていてはいけないよ」と繰り返しおっしゃるのですが、この、「泣く子も黙るコワイ数」に遭遇すると、

「ホント、コレ、コワイ」 しかおっしゃいません(^^;)

「一体どう怖いのですか?」と聞くと、

『・・・何が起こるかわからないんですよ。一見順調、良好に見えるんですけどねえ。急に崖から突き落とされるように何が降ってくるかわからない因子を生涯持ち続けるのがこの数だ。』と、表情を厳しくされます。

この数は、流派によっては「吉数」としてとりあげられているものですからこれまた不可解です。どの分野でも多数の流派がありますから、私の先生の実体験を通した鑑定の世界では、コワイ数なのだと思います。

では、私の実体験ではどうだろう・・・ということで、その数をもつ人たちを日常生活で観察することがあります。

どの方も概ね、「快活・器用・積極的」か、「穏やかで非常におとなしい」という第一印象があります。

先生曰く、それこそがコワイ・・・のだそうですが、先生が観る景色と私のとは今時点では違いがあるようです。先生に勝負を挑むつもりは毛頭ないですが(笑)、教わることだけで終わらずに鑑定実績を積みながら自分の中で解っていくしかないかなぁと思っています。

名前に興味がない人からは、「画数で人の何がわかる~?」といわれそうですね。

私の場合はものすごく興味があるので、「どのように数が人の運命に影響してるの? もっと知りた~い」という姿勢です(^^)

たかが数。されど数。この世は「数」が遍満していますが、姓名判断の世界での数も奥が深く、面白いんですヨ。

さて、今日は金曜日ですね~。傘もって元気に出かけましょう。いってらっしゃい(^-^)

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嘆きの数

今朝は久しぶりに名前(姓名判断)の話を綴ります~。

姓名判断では、「画数(格数)」が最重要視されると巷では思われていますが、必ずしもそうではありません。陰陽、音、文字そのもの、名前全体での風景等・・・諸々のチェックポイントがあります。

とはいえ・・・やっぱり「数」は大事なのです。数とひとくくりにいっても、一文字の画数だけでなく、名前を9種類に区画整理して、その数の組み合わせ(これを「格数」といいます)もいっきに眺めるのですから、結構大変なんです・・・(^^;) 

達人はこれを『瞬間』(刹那の時間)で読み取ります。神技ですね。

鑑定例を前に先生と顔をつきあわせていたとき、

「これはなぁ・・・」と 先生から嘆くようなつぶやき。 ・・・おっとまたその格数で嘆かれますか。そんな繰り返しの果てに、私はひそかに「嘆きの数」と名付けた数がいくつかあります。流派などもあり、これだけで一喜一憂されても困るので具体例は避けますが、「嘆きの数」のひとつに

『自分勝手さが強烈な』格数があります。これが、名前の中の背骨にあたる部分に位置していると、まさにゴーイング・マイウェイな人になります。

実際にその人たちをよくよく観察してみますと、その身勝手さが良くも悪くも出ているものです。

良く出ると、「あの人の言うことだからしょうがないな~」的に周囲からは受け止められ、ワガママが上手にとおっていたりします。ワンマンながらうまくいくタイプです。

悪く出ると、肝心なときにふいと消えてしまったり(最悪は他界)するのです。周りはその人が引き起こした急な事態にアタフタさせられるのです。

この「自分勝手さん」があなたの周りに多い時期は、ただただ『修行だよ~』ということのようです(^^;) もれなく忍耐力がついてきます。・・・なんてね。

以上、嘆きの数でした。他にもあるので明日もたぶん続きを書きます(笑)

今朝の神戸はどんより気味。でも比較的暖かく、お布団から出るのは楽な気がしました。日の出時刻がどんどん遅くなっていますね。もうあと10日余りで冬至です。

それでは今日も(^-^)で。いってらっしゃい。私もいってきま~す。

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近くて遠い? 自分のこと

「伊野華絵さん。私が貴方ぐらいの年の頃はね、100発100中で当てていたんですよ」

一時期、とても親しくさせていただいていたある占術家の方が笑ってそうおっしゃいました。

その人がどんな性質か、健康状態、そして人生の末路まで、しっかり断言鑑定をして周囲を驚かせていたそうです。

会社も経営なさっていたので、取引においては非常に有利だったとか。

・・・ですが、そんな方でも自分のこととなると視界がぼやけることもあるようです。

あるとき、一番身近な人たちから裏切られ、家庭も仕事もすべて失ったそうです。。。

私はこの体験談を直接ご本人から伺い、占術の世界への取り組み方を考えさせられました。「占い」をどう活かすか。活かしながら自身の在り方を冷静に俯瞰しつづけることができるか・・・以降、占いに対しことさら慎重になったのはこの方のおかげかもしれません。

自分のことって、順調なときほど「近くて遠い存在」となるのかもしれませんね。

とはいえ、私たちはひとりじゃない。人や人の体験談から教えてもらうことはとても多いものです。自分のことがよく見えないときは、人の話をよく聴いて、そこから学ぶつもりで自身を振り返れば気づく何かがあるはずです。

ちなみに、その占術家の方は今も元気にご活躍です。占いに携わっている人たちは豊富な体験を強いられる運命なのかもしれませんね。そしてめげない強さがあります。幾多の苦難を乗り越え、さらに進化されています。私はそんな方々とご縁があるたびにパワーをいただいている気がします(^-^)

さて、今朝の神戸もよいお天気。かなり乾燥しています。保湿しながら暖かく過ごしましょうネ。

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早朝のお掃除~♪

みなさま、おはようございます(^-^)

朝食前に庭の落ち葉拾いをしていたら・・・あっという間に時間が経っており(きゃ~)。

出勤前の日記更新の時間が圧迫されております(汗)。

キリリと冷え込む早朝ですが、朝食前に冬の空気に触れながらの朝掃除は、心身共に

『スッキリ!』 します。

とってもオススメです~♪

朝掃除を始めた頃は、正直イヤイヤ~で(でも気になって)とりかかっていたのですが、気づけば 「掃除せざるをえない、いえ、したい、いえ、させてください~」 な気分に変わっているから不思議です。

よく、「やりたいことに気合や努力はいらないのよね」 と言いますが、この心境、共通したものがあるかも?

今日も神戸はよいお天気です。みなさま、(^-^)な一日を☆

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聴く「環境づくり」の大切さ

久しぶりの日記です。気づけばもう12月も一週間が過ぎていますね(あわわ)・・・

ここ10日ほどの間で、立て続けに似たようなご相談事を受けました。

私の中のバイオリズムと呼応しているのでしょうか、悩みや相談を受けることが集中するとき、各依頼者の内容は不思議なほど共通していることがあります。

他の占い師さんやカウンセラー的な仕事をしている人からも似たような体験談を聞いたことがありますので、特段不思議なことでもないのかもしれません。

最近の相談事のテーマは「親との関係」でした。それも、同性の親子関係。つまり、母と娘・父と息子といった関係です。

どのご相談者もすでに家庭があり、かつ豊富な人生経験をお持ちでしたが、人知れず自身の親との関係で苦労や葛藤を抱えておられました。

人は男性であろうと女性であろうと、自身の中に両性(男性・女性)どちらもあわせもっているという考え方があります。そして、父親は自身の男性性・母親は女性性に多大な影響力をもつとされています。

同性の親との関係性に問題を抱えているという場合、それは自身の在り方・生き方に何かブレーキのような、濃い影のようなものをおとすのかもしれません。異性の親ならばそれは伴侶(パートナー)との関係性にでてきます。

「家族だから仲良くしなければならない」

「血縁より近くの他人のほうがよっぽど頼りになり理解しあえる」

このような受け止め方で、自分をなだめる場合もありますが、それでも「親子関係」というものは、人生の最後まで切ることのできない、まるで見えないコードのようなものなのかもしれません・・・

最近、色々なご相談事を受けていて実感するのですが、皆誰もが、起きた現象に対して自分が納得のいく着地点を探しています。

着地点とは、『自分に心の平安をもたらす考え方・受け止め方』です。

占術もそのひとつ。宗教や哲学・スピリチュアル的な考え方も同様ですね。私は色々な考え方があって「よし」ととらえています。

自分を苦しみから解放してくれるそれらに出会った時は、あたかも神さまに出会ったかのように「これぞ」とすがりたくなるものです。が、それらはあくまでも数多ある「概念」のひとつであって、その概念の鋳型に自分の葛藤や悩みを無理やり押込むような経典にしてはいけないと思います。

それは、その鋳型(ここでは考え方や受け止め方)を自分に強制的に押しつけて、自分がいまどう感じているかを素直に見ることを許さない方向にもってゆきかねないからです。これはまじめな人ほどその傾向が強くなります。いわゆる「~ねばならない」です。

そんな鋳型探しよりもまずは、嫌いだったら「キライ」、辛かったら「つらいんだ」という想いを素直にホロっと吐露できる環境がもてることこそ、そのあと上手に着地しやすくなるんですね。

色々な人のご相談事を聞きながら、話を聴く際の心構えをあらためて思いました。

「占術の手法うんぬんより、未来予測より、まず、話を聴かせていただくってそういうこと。心地よい着地をできるように、その人が安心して話ができる環境づくりに徹することなのだ」

ということを再認識させていただいた気がします。悩みを打ち明けられること、相談を受けることというのは、私の方こそ教えていただくことが多い。本当に沢山のことを気づかせてくれます。自分はまだまだだなぁ・・・とつくづく感じます。。。

・・・今日は久しぶりの投稿でした。いつも「季丘便り日記」を読んでくださっている皆様、ありがとうございます。あまり日を開けずに書くようにしますっ(^^;)

さて。今朝の神戸は晴れ☆ そしてキリっと心地よく冷えております(さむ)。

今週も(^-^)でいきましょう~♪ 

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
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