« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015年8月

ケンカするほど仲がよい・・・?(^-^)

私にはとっても仲良しで、かつよくケンカする相手がいます。

その人は親子ほども年の離れた異性の人なのですが、知り合って10数年以上経ちます。

直接会うことは少なく、主に電話やメールで交流してきました。やりとりの密度が高くなればなるほどあるとき、「決戦」が始まったりします。

お互い、カチン☆ ときてしばらく音信不通。この期間が1年以上続いたときもあります。ところがなぜか、ふっと交流が再開し、何事もなかったかのように元に戻ります。謝るとか過去の話をするとかはまったくありません。

時々、この人の存在ってナンなんだろう?と思うことがあります。親子でもなし、もちろん恋人であるわけもなし(既婚者ですし)。お互い占術の世界にいるからでしょうが、他の人とは話題にもできなような深い深い話を何時間もするのです。基本的な礼儀は一応わきまえますが(とかいって ケンカ売ったりしてますケド^^;)、この人と話すときはいつも「本音」の私が居ます。相手がまるっきり本音でぶつかってくるから私もそうせざるをえない・・という感じです。ケンカを含めたやりとりの中で、お互いに得るものがあることは確実です。人は他者との交流でおきる自分の反応(リアクション)で自身を知ってゆくことも多いです。

最近、「あっという間の人生」の中でそのような存在に出会えるということがとても幸せなことだと痛感しています。多くの人が同感してくださると思いますが、「友は数より質」、ですネ。

ちなみに、こういう相手と自分のホロスコープ(西洋占星術で観る出生図のこと)を重ねると、興味深いデータがでてきたりします。・・・まぁ、人は何かしらの分析で、自分に起こっていることを納得させたい生き物なのでしょうね(^-^)

さて、今朝の神戸は小雨が降り続けています。ポタリ、ポタリと雨の音。外はまだ静かです。

Hana_831※写真は昨日に引き続き、奈良での一枚。「町屋」の中から外をみた風景です。光と影がお互いをひきたてあっていますね(^^)

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

漢字の面白さ

私が姓名判断の世界にいざなわれて15年以上経ちます。昔から、とりわけ注目して観るところは「数」(画数)でした。今も占術の世界から観える「数」の面白さが、私の興味の主軸ですけれども、漢字そのものの成り立ちや意味を知るにつれ、「名前はひとつの景色として観ることができるのだ」という世界がわかってきました。

漢字は、古代中国(とされるエリア)で発祥した文字です。文字とは、コミュニケーション手段としての言語を表す記号です。漢字は、その一文字に音と形と意味が込められています。漢字それぞれで、発祥地(それを創った民族)や時代も異なります。

漢字の歴史については易学の先生から教わったのですが、どの時代にどの民族が創ったかということがとても重要なのだそうです。詳しくは書けませんが、民族に関わる複雑な歴史の中で、名前に使ってよい漢字・ふさわしくない漢字が生まれており、現代の私たちはそれを全く知らずに使用しているという事実があります。

「漢字そのものの形、そしてその漢字から発せられる音、画数、陰陽すべてが私たちに訴えかけている『サイン』があるのですよ」と先生はおっしゃいます。

漢字を単なる記号として扱うのではなく、「意図を発しているシンボル」という視点で受けとめると世界がまたひろがりますね(^-^) 

「その名前からしっかり感じ取りなさい」 この感覚を得るには漢字を上述のように受けとめることが大切なようです。

さて、今朝の神戸は涼しすぎるくらいの空気です。今にも雨が降りそうな・・・今日のお出かけは傘必携ですね。

Hana_0830
写真は、先週末奈良公園で出会った鹿さんデス♪ 瞑想中・・・カナ?(^^)

それではみなさま、楽しい日曜日をお過ごしください。

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
http://homepage3.nifty.com/inohanae/
※「数 ~神々からの便り~」のページを更新しました

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

平凡と非凡

姓名判断上では、格数に「ゼロ」があるかないかは注目して観る部分のひとつです。

ゼロ格とは、10・20・30・40・・・と1の位が0となる格数です。

ゼロ格を持つ人は、天才的側面が内在しています。いわゆる「非凡さ」です。非凡ということは、平凡でないということ。「平ら」でないんですね。したがって運命にも浮き沈みがでてきます。姓名判断の先生によると、このゼロ格を名前に持つ人の数がある年代からものすごく増えてきた・・・そうなのです。

非凡さは平らで穏やかな場所に異物を持ち込みます。それは今までになかったような異物ですから、水面がひどく波立つわけです。

これは周囲からみれば「やっかい」となることもあれば、良い意味での「改革」ともなります。そもそも平凡・非凡という価値観は、その時代・環境・人間が創りだしている基準ですから、時や場所や人の考えが変われば、平凡・非凡のフィルターも変わります。

とはいえ、私たちは時代を超えてこの3次元に生きることは難しいのですね。今の時代に即していないと「逸脱している」とみなされます。上手に変化を持ち込む人は、少し時間が経てば周囲に歓迎されるような絶妙な打ち出し方をするのですね。それが例えば、流行、発明発見、新規事業とか・・・そういうことに現れます。

今は多様な価値観が受け入れられつつある時代ですから、非凡さ(逸脱性)を引っ込めることはないのですね。問題はどう表現するか、なのだと思います。

ちなみに・・・非凡(逸脱性)と不自然さは、また意味が異なります。素晴らしき非凡さは美しい景色にスパイスのように光を足しますが、不自然さは景色を台無しにします。名前で原則として大切なのはナチュラルなこと。着物なのに足にはスニーカーとか・・・そりゃないですよね?(苦笑)

さて、今朝の神戸はなんだか気まぐれなお天気です。

さきほどから雨が降ったり止んだり・・・私は窓を開けたり閉めたり・・・(笑)

楽しい土曜日をお過ごしくださいネ♪

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

茹でガエル

茹でガエル。茹でガエル現象、あるいは茹でガエルの法則ともいわれるそうです。

2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する』(Wikipediaから引用)

自分が身を置いている環境は大切です。地理的な場所もそうですが、職場、家族、そう、人間関係。そして自身を含め「名前」という環境もとても大切です。

易学の先生は、この茹でガエルにならぬよう、「一瞬鑑定」を力説します。そこが致命傷になる環境であるか否か一瞬で気づかねばならない。ということです。

日本人って、「みんなで渡れば怖くない」がありますよね?(^^;)あれもちょっとした茹でガエル。。そういえば先生は、群れることを最も嫌います。私もどちらかというと一匹狼だなぁ・・・

さて、今朝の神戸は爽やか~な晴れ。秋晴れというには早すぎるかしら?そのぐらい気持ちよく晴れております。

金曜日ですね。今日も笑顔で(^-^)

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

イケメンってナニ?

占術は主に、命術(生年月日から占う)・相術(人相、家相、姓名判断)・卜占(タロットなど)の3つに分けられるといわれています。

同じ人物をこの3つそれぞれからアプローチして鑑定すると当然といえば当然ですが、出てくる景色はマッチするのです。

昔、周囲からいわゆる「イケメン」で評判の人物がいました。あまりに皆が噂するので、誰の事かな~と確認したところ(名前と顔が一致していなかったのです)、私が初めてその人を見たとき、背筋が凍るほど「ゾッとした」人でした(大汗)。顔は以前から知っていたのです。

えーこの人が「イケメン???」というのが私の本音。「イケメン」の定義はなんぞや??? 私の中にハテナマークがいくつも点滅する始末(^^;)

私は「人相」として人をキャッチする癖がありますから、いわゆるキャーキャー言われる顔の相とズレがあるようです。

なんで?って言われても困ります。ゾッとするものはゾっとする。・・・姓名判断に慣れてきたころ、その人物のお名前も確認したのですがやっぱりご縁は持ちたくない人だな、と改めて思ったのでした。

まぁ、人の見方は色々ですから(^-^)。

さて、今朝の神戸は爽やかな快晴です。占星術のお空でも、水星さんが明日から「てんびん」入り。これでまたちょっと雰囲気変わるかな~。いたずらっこマーキュリーが何をすることやら(笑)。

今日も楽しくお過ごしください。

Hana_0827_2

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

鏡よ鏡、鏡さん♪

みなさん、毎日「鏡」を見ますよね?女性ならその回数は特に多いかと思います。

鏡を見て、そこに映る自分の姿を「自分」と認識して身なりを整えます。

ところが、ご存じのとおり、鏡に映る自分というのは「左右反転」していますね。そう、自分が鏡で見る自分と他人から見る自分の顔は「あれ?」というほど違って見えます。完璧なシンメトリーの人はいませんから(^-^)

人は、自分だけに見えている自分、他人だけに見えている自分、自分にも他人にも見えている自分、自分にも他人にも見えていない自分、この4つの面を持っているという考え方があります。

いわば多面体、が自然体です。

自分はこういう人間なんだ、と決めつけるより、ああ、こういう側面も私の中にあるんだなぁという俯瞰的な見方で自分と接すると多面体の自分に気づきやすくなります。私は360度、つまりあらゆる角度から自分というものを生涯観てゆきたいと思っています。色んな占術に興味があるのもそのひとつ。そして多面体の自分を受け入れること。受け入れれば、他人の多面体も受け入れやすくなります。

「鏡」って、見ていると面白いです。結構色んなことを教えてくれます。ウフフ。ただ、妙なものが見えたらあまり関わらないほうがよいです。

鏡よ鏡、鏡さん・・・って誰のセリフでしたっけ? あ、白雪姫に出てくる魔法使いの言葉でしたね(笑)

さて、今朝の神戸は夜中の雨は上がって爽やかな風が吹いています。少しずつ日の出時刻が遅くなってきました。朝5時はまだ暗いです。8月もあと6日余り。きゃ~はやいっ。1日1日を大切に過ごしましょうね。

Have a nice day!

Hana_0825
季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

※巡る風景~花からの便り 8月~を更新しました

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

魔が差す

「『魔が差す』っていうのはね、伊野華絵ちゃん。どこでもおこりうることなんだよ」

易学の先生はいつも以上に凄味のある声でこうおっしゃいました。

「たとえばここが台所だとしよう。・・・包丁、フォーク、なべ、箸・・・凶器にしようとしたらそうなるものがいっぱいあるでしょう? 魔が差すときはこれらがすべて人を殺める凶器になりうる、ということだよ」

『魔が差す』の意味は、「悪魔が心に入りこんだように、一瞬判断や行動を誤る。出来心を起こす」とあります。(こちらから引用)

人はときに、普段の自分なら想像もできないことをやらかしてしまうものです。

魔が差した、というときは、振り返ってみて「どうして自分がそうしてしまったのかわからない」ときによく表現されますが、これは責任逃れとか言い訳とかいえばそれはそうなのですけれども、やっぱり『何か』が刹那(せつな)という瞬間に入り込んでくるのだそうです。

刹那とは、10のマイナス18乗、1/75秒とされる小さい単位です。

この、『何か』がいわゆる悪さといわれるものをするのですが、『何か』を入り込ませないようにするには、やはり今ここ、でいつも自分が何をしているかに意識を置いておくことがよいのですね。

「今ここ」に注力すればするほど、ミクロの単位の瞬間の動きに敏感になります。

易学の先生の話は、厳しくてコワーイ内容が多いのですが、人とは「隙がある」生き物だということを痛切に感じ、とても勉強になります。

さて、今朝の神戸は曇り。徐々に風が強くなってきました。台風の影響ですね。さきほど家の前の道の落ち葉を掃除したのですが、掃いても掃いても落ちてくる~(苦笑)。

それでは今日も(^-^)で過ごしましょう。いってらっしゃい。私もいってきま~す☆

季丘便り 伊野華絵(いのはなえ)
http://homepage3.nifty.com/inohanae/
※巡る風景~花からの便り 8月~を更新しました

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

昼と夜がある限り

昨晩ブログに書きましたが、昨日は奈良まで遠足に行ってきました。そこで見学した町屋の「格子の家」が実に心地よかったこと。

木造で、天井が高くそして風や音の通りもよく、格子がもたらす「光と影」のハーモニーが私の心をすっかりその場に落ち着かせてくれました。

人もまばらだったため、しばらくそこにぼ~っと居続けたのですが、

「ああ、光と影ってどちらもあっていいんだなあ。どちらもあるからこそ、その差異によって多様な景色ができるんだなあ」とつくづく感じました。

思えば私たちの一日も、昼という光の時間と夜という影(闇)の時間があります。昼と夜がセットになって一日という一巡りですね。私たちはその光と影の両方を味わっているからこそ、生活に変化も彩りもでてくるわけです。

人生全体を眺めてみても、昼(光が当たる)の時期と夜(光が当たらない)時期があるかと思います。人生は四季で表現されることもありますね。陰陽師は「暦」をあつかうことが仕事でした。占いは暦から発生しています。やっぱり私たちも天体が持つようなサイクルの中で生きているんです(^-^)

昼も夜も存分に楽しみましょう。銘々(めいめい)の楽しみ方があるはずです。

さて、今朝の神戸は爽やか~。台風が近づいているようですが・・・ 今は今で気持ちの良い朝です。

今日も元気でいってらっしゃい。私もいってきま~す♪

Hana_0824
季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/index.html
※巡る風景~花からの便り 8月~をアップしました

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

奈良・ならまちへ

今日は久しぶりに奈良へ赴きました。3月の梅の季節以来です。

陰陽町(いんようちょう)という、陰陽師ゆかりの土地を訪れたのですが目的以外にもさらに心地よい体験をしました(^-^)

季丘便り 巡る風景~花からの便り 8月~ にアップしています。写真とともに楽しんでくださると嬉しいです。

日帰りで訪れることができる「古都」が近くにあることは、私には本当によきリフレッシュとなります。楽しかった。さあ、明日からまた(^-^)でいこう~。お、今晩もまだまだ楽しむもん♪

今、部屋の外から虫の音色が聴こえてきます。・・・朝晩は秋の気配が徐々にし始めていますネ。季節の変化をキャッチすると、四季って素晴らしいなとしみじみ思います。

素敵な夜をお過ごしください。そして楽しい夢をどうぞ(^^)・・・おやすみなさい☆

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

重心の変化

最近、自分の身体の重心に変化を感じるようになりました。私は毎朝、支度を整えた後、両足を肩幅ぐらいにして立ち、自分の身体を感じ全体をチェックするようにしているのですが、

「あれ、重心が少し後ろだなあ・・・」と気づくようになりました。今までの重心がその状態でそれに居心地が悪くなったのか、それとも最近そうなっているのかは判断が難しいですが、おそらく前者だと思います。もう少し重心を前方にずらしたほうが心地よい、と気づいたのです。

重心のはかり方ですが、私はこのようにしています。

肩幅に両足を広げ、そのまま爪先立ちをします。そこから、静かにかかとを床に下ろしてゆきます。かかとが床についても、全体重をかかと側にあずけないように注意します。しばらくその状態で自分の身体の重心を感じる・・・感じている・・・と確信してそのままでいます。私にとってベストな重心は、土踏まずより少しだけ前よりのところです。今まではそれより少し、「かかと寄り」だったようです。自分にとって安定する重心を保持していると、頭頂から足の裏まで垂直にエネルギーが流れるのがわかります。

かかとに重心がよると背中側、つまり後ろに重心が傾きがちですね。後ろは「過去」と定義づけるなら、過去に意識が向きやすい傾向にあった、という観方もできます。それに気づき、居心地が悪くなったわけです(^-^)。こういう気づきを自分で発見すると、身体と感情の両方が喜ぶのが解ります♪

この変化に伴ってか、自分の呼吸が以前より深くなっていることにも気づきました。特に朝は、自身のひとつひとつの呼吸に幸せを感じます。

さて、週末はいかがお過ごしのご予定ですか?今日の神戸は少し曇りがちですが爽やかな風が吹いています。本当に過ごしやすくなりました~。

西洋占星術の世界では、「しし」に滞在中の太陽が隣の「おとめ」にお引越しする時期も間近。ここでまた雰囲気がかわりそうですネ。

みなさま、楽しい土曜日を(^-^)

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

"間"にある世界

言葉のコミュニケーションにおいてとても大切だと思うことは、「間」です。このことは以前も日記に書いたことがあるかもしれません。

会話のキャッチボールをしていても、会話と会話の間(あいだ)の沈黙という空間をきちんと読み取っている人か味わっている人かは、コミュニケーションをしているとよくわかります。これはおしゃべりかそうでないかの違いとはまた別です。

子供は元気なときはおしゃべりですが、この「間」はいつもよく解っているように思います。「間」を把握しているときは、相手の話を本当の意味でよく聴いています。一方、相槌を打って目を見て聞く姿勢はテクニックとしては完璧なんですが、心ここにあらず、という大人がたまにいます。そういう人は、「間」の空間に不在です。・・・相手は必ずそれを察知しています。キャッチボール不成立です(^^;)

人は、形あるものにとらわれがちといわれますが、見えないものも日常で案外しっかりと感じ取っているんですよね(^-^)。そのことに自らが気づくと、色んな世界が見えてきます。

さて、今朝の神戸は・・・あ、雨が上がったようです。昨日よりさらに涼しいかしら。金曜日ですね。今週はとりわけ時間が早く過ぎ去ったような・・・

Have a nice day!

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

雨の朝

おはようございます。今朝の神戸は静かに雨が降っています。いつぞやの猛暑はどこへやら、という過ごしやすい空気です。

今朝起きたとき、なぜかしら小学校の図画工作(美術)の授業を想い出しました。私は自分の作品を夢中になって作っています。その映像は不思議と、教室の匂いまで蘇らせます。ワクワクしてきた・・・。モノづくりの授業、好きだったな~。・・・この雨の空気感が私の古い脳内記憶を刺激したのでしょうか?(^-^)?

想い出って不思議ですね。意識して思い出す「想い出」と、意識せずとも日常の何かがトリガーとなってふとしたことで蘇る景色。想い出には、2種類ありますね。そして私たちはその「想い出」とやらに今の感情をトッピングして味わうんです・・・

いずれも起こった出来事は「過去」という時制の中ですが、「想い出す」のはいつも、『今』なんですよね(^-^)。そう、未来を思い描くこともそれは『今』。いつも、『今』それをしているんです。

出社までまだ1時間ほどあります。今朝はゆっくり雨の音を聴きながら、ぼ~っと過ごすことにします。こういうとき、テレビなどの人工音から遠ざかっている環境が本当に心地よいです。ぜひお試しあれ☆

それではみなさまも良い日を。いってらっしゃい~。

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

タロットのこと

私が自分でホームページやブログを始めたのは、2007年の6月ですが、そのきっかけは「タロット」について書こうと思ったからです。それからはや8年の歳月が流れました。・・・はや~い(^-^)。

その間に私の中でもめまぐるしく変化があり、今は、「日常から少し離れて、丘の上から景色を眺めるような視点で日々のことを綴ってみよう」という主旨で続けています。方向性は若干変わりましたが、タロットを含む占術のことは私の内的冒険の一助になるので学び続けています。

また、これは本音なのですが、タロットについて感じたことを日記を書こうとすると非常に難解なのです。私の書く表現力がまだまだ磨かれる必要があることはもちろんなのですが、タロットのように「抽象度の高い象徴言語」を実際の文字活字に乗せて発信するのは、産みの苦しみが伴います。書いても「何か違う」と発信せず葬った日記が数限りなくありました。文字に乗せると自分が受信している景色から変質してしまうのです。ですが、今感じることは、たとえ言葉にうまく表現できたと思って発信しても、受け取り手の中ではまた違う景色になるのだから、あまりこだわらずに素直に書く、書き続けることでいいのだなということです。

「コトバにできない世界をいかにコトバにのせるか」が、私のチャレンジのひとつでもあるので「執筆作業」は一生続けていきたいと思っています。私の中のマーキュリー(水星)は、一生私を鼓舞し続けるのでしょう。(※「水星」は西洋占星術では「言葉」の象徴です)

ヒーリングについてもタロットと同じことがいえます。エネルギーとして受け止めたものを言葉に表そうとするとかなり光が曲がります。。。まあ、伝えるのに言葉である必要がない、言葉はある意味いらない、という捉え方もありますね(^-^)

そうそう、面白いことに、タロットと接しているときの私、姓名判断、西洋占星術、ヒーリング、それぞれその時々で、私の中に降りてくる存在(光とでもいいましょうか)の性質が違うのです。ですから、私自身、ものすごく多面体だなと感じます。この日記ももしかしたら多面体要素が見え隠れしているかもしれません・・・(?)

とにかく今はこうして書くことが好きです。そしてその背後には、タロットのような抽象度の高い存在と日々接していることの後押しが必ずあるのだと思います。若干形を変えつつも、興味をもって取り組んだ分野をあわてず、そして長くじっくりと続けていくことが好きです。それが私、伊野華絵の特長とも言えます(^▽^)

さて、今朝の神戸は曇り空。お盆を境に随分過ごしやすくなってきましたね。トンボさんもよく飛んでいます。秋の足音が遠くから聞こえる・・・と思ったら「いや~まだまだ」と夏さんが盛り返してきそうですが(^^;)

今日も楽しい日を♪

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

やっぱり親子(^-^)

私の母がそろばんの達人だったことを先月の日記に書きましたが、お盆に実家に滞在した際、この話を詳しく聞く機会がありました。母は日中、ほとんどといっていいほどキッチンで時間を過ごすので一緒に料理をしながらの会話です。

母とそろばんとの出会いは、小学校の4年生頃。そろばんが大好きな先生がおられ、授業が終わった後、希望者だけにそろばんを教えていたそうです。母はその先生がきっかけで始めました。そのうち、そろばん教室に通いたくなり、親にお願いして自宅から徒歩1時間ほどの教室まで一人で通ったそうです。

母: 「もうね、考えていたらだめなのよ。こうなってああなってってゆっくりやっていたら消えてしまうから。頭の中で一瞬でそろばんの玉を動かすの」

私:(心の中で)「へ~。・・・姓名判断の先生とまったく同じこと言ってる・・・」

母: 「お母さんにとって、計算のときは数字じゃなくてそろばんの映像なのよね。頭の中が子供の時の訓練でそうなってしまってるのね」

私:(心の中で)「へ~。やっぱり『映像』なんだ・・・。姓名判断と同じ・・・苦笑」

今はさすがに昔ほどの桁数の暗算は厳しいようですが、趣味のウォーキングの際、車のナンバープレートの数、〇〇-〇〇 の二桁の数をかけたりわったりして、アタマのトレーニングをしているそうです。・・・なんと私も、姓名判断の数の組み合わせトレーニングとして、毎日車のナンバープレートは教材に使ってます(笑)。ハハハ、やっぱり親子だわ、とつくづく思いました(^-^)

母: 「独りでゆっくり教えてもらって、、、なんてだめなのよ、そろばんは。仲間がいてみんなで切磋琢磨して競争して、『いかに速く、いかに正確に答えをだすか』なのね」

私(心の中で)「へ~。姓名判断の先生も「姓名判断は『戦場』の世界だよ、伊野華絵ちゃん。」っておっしゃってたっけ。すごい交点があるなあ。やっぱり親子(笑)」

ちなみに、母も私も名前に「脳の回路がちょっと特殊な」画数を持っています。これが影響してるかな???とも思います。

さて、今朝の神戸は快晴です。そしてほんの~り秋の気配。。。朝の空気は季節の変化がひときわ微細に感じられますね。

今日も一日(^-^)でいきましょう~♪

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

お盆休み

先週の金曜日がCompany Holidayで仕事がお休みでしたので週末とつなげて久しぶりに東京の実家を訪れました。真夏の東京は転居以来初めて。2泊3日の短期滞在でしたが、お盆でご先祖さまも戻られていて、かつ、ますますパワーアップした小学生の姪から元気をタップリもらい、なかなか充実した3日間でした(^-^)

両親、兄弟、親戚の皆に会うのは久しぶりでしたが、それぞれに変わらないようで変わっていて、私も変わらないようで変わっていて、いやいや、変わらないものはないなあと(笑)つくづく感じたのでした。特に面白く強く感じたのは、やっぱり子供と一緒にいると、

「いまここ」の感覚を一番強烈に共鳴できるということ(^-^)。子供は「いま」しか興味がないですね。姪は口もかなり達者になっておしゃまな美人さんですが、スピリチュアル的というか、エネルギー的には一番ストレートに交流ができ、気づかされることが沢山ありました。彼女も正直だから私も正直にならざるを得ない。ちょっとでもオトナのごまかしをするとすぐほころんだ糸をスルスルひっぱられる(笑)。いや、まいったなという場面が何度もありました。

一方で、子供は恐ろしいほどの吸収力で大人の何もかもをコピーしていきます。そういう能力ももちあわせているので、環境というものがいかに人の外側の殻を強固に創っていくかということも改めて痛感しました。

ところで、お盆行事は家や地域で作法が異なるようですが、私の実家は毎年8月13日の午後に、お墓にご先祖さまをお迎えにゆき、そこでともしたちょうちんの灯を目印に掲げて家までお連れします。これが迎え火。ご先祖さまは16日まで滞在し、夕刻に玄関先で火をたき彼らは天へ還ります。これが送り火。ご先祖さまの乗り物の象徴であるナスとキュウリは近くの川へ流します。私は今年迎え火と送り火は同行できませんでしたが、両親が毎年こうして行っています。みなさんの家のお盆はいかがでしょうか? それぞれに受け継いだやり方があるかと思います(^-^)

ちなみに私は西洋・東洋いずれの占術でも、先祖・神仏にとりわけ縁が強い印がでているので自然とこういうことに触れる機会が多いようです。血の繋がりがなくともなぜか関わらざるを得なくなるケースもありました。とにかく「古いもの」と強烈に縁があるようです。東洋占術でいうと私の背骨になる部分は「火」で、これは無形のものですから霊的な要素が強くなり、しかも感受性の高い「食傷」の星が多いので受信アンテナがいつでも鋭くたってるんです v(^^)v

さて、今朝の神戸は太陽さんが雲隠れ。そして涼しいです。

8月ももう後半に突入ですね。日々を大切に、(^-^)で過ごしましょう~

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

自分で気づくこと

普段、自分がどのような表情、どのような身体の動きをしているかは自身ではなかなか認識しにくいですね。心と身体が一体だとはよくいったもので、ふとしたときに自分の表情、姿勢、動きを発見すると、「あらぁ」と気づかされることがあります。気づきの一助として鏡が便利なこともあります。また、周囲がきっかけをくれることもあります。

昔、仕事の忙しさでまったく心に余裕がなかった時がありました。仕事帰りに道を歩いていると、すれ違いざまに人が話しかけてきました。

「お姉さん、ずっと下向いて歩いておられますが何かお困りですか・・・?」

相手は単に「勧誘目的」の女性だったのですが、私は彼女の意図とは全く違うところでギクっとしたのです。・・・全然、気づいていなかったのです。自分が下ばかり見て歩いていたことを。。(^^;) 思い返してみれば、自分が歩く時の景色って「アスファルト」が多かったかも、とひとり苦笑する思いでした。そりゃ首も凝りますわね。。。

その後、年月は流れ私も様々な経験を経て、年を重ねる醍醐味みたいなものがわかってくるようになった頃でしょうか、ある日突然気がつきました。

自分が歩いているときの視点、視線の向きが昔とは全然違うことを。目線上かあるいは少し上、ときには空を見て歩くのが自然体になっていました。意識的にそう変えようとしたのではなく、自分の心の在り方でいつのまにか歩く姿勢が変化していたのです。そしてそれに自分で気がついた・・・このことは、とても大きな喜びでした。

気持ちが高揚していても沈んでいても、身体はそれに呼応した動きになります。それを逆手にとって身体の動きを変えることで心をニュートラルに戻してゆくという方法もありますね。とても有効だと思います。

ですが、そういう技法から取り組むことよりも、心と身体の連動・変化を、自身が体験を持って自ら気づくこと・・・この喜びは誰かに教えてもらう事とは雲泥の差のような気がします。そして自らの気づきだからこそ、骨の髄まで浸透するのです。

自分で気がつくことというのは、とてもとても意味のある「喜び」なんですね(^-^)

みなさんも何か自分の動きの癖やパターンのようなものに気づいたら、それが自分の心とどう連動しているか観察してみてくださいネ。面白い発見がありますヨ♪

さて、今朝の神戸は爽やかな朝を迎えています。金曜日ですね~。

どうぞ楽しい1日を♪ Have a brilliant day!

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

真実って何でしょうね

このところ、天体のお引越しがにぎやかです(^-^)。

*お引越しというのは、天体の位置がとなりのサイン(おひつじ~うおまでの12サインのこと)に移動するという意味で使っています。

水星が「しし」から「おとめ」へ、火星が「かに」から「しし」へ、そして木星が「しし」から「おとめ」へこの3~4日で続々とお引越ししました。この動きは「西洋占星術上」の観測方法です。天文学ですとこのサインといわれる位置がひとつずれます。占星術を知らない頃、私はこれを混同していました。サインとは、地上から天を見上げた際、全方位(360度)に設定された目盛りみたいなものです。

天体が次のサインに移動すると、地上の現象も何かしら変化があると観ます。一番動きの速い天体は「月」とされており、12サインを約1カ月(28日ほど)でひとまわりしているように見えます。太陽は1年かけて周っているように見えます

太陽・月以外の天体は、お引越ししつつも、前のサインに戻ってくることがあります。これは、「逆行」といって天体の動きが逆戻りしているように見えるという期間です。それぞれの天体に「周期」というものがあり、太陽系の中では、「冥王星」が一番周期の長い天体と認識されています。

以上、私が「赤」でわざわざ記したところは理由があります。

占星術は、天体の動きが人間の運命と関わりがあるという概念のもとにある「人間観測システム」みたいなものですが、『観測上、そう見える』というところがとても重要視されています。ここをもっと掘り下げて考えてみると、

「そう見えるけれども、実際は・・・どうだろうね?」ということです。あくまでも、地球の私たちの観測地点からの視点でそうだ、ということです。

本当は観測ではわからないこと、あるいは発見されていない天体は数限りなくあるのでしょうが、私たち人間が発見して、そう観ている・・・ということが、真実、事実より大事だったりするのです。少し飛躍しますと、火星に住んでいる人が占星術をしたら、また違う鑑定になるわけです。どこまでも『視点』の違いがつきまといますから、ひとつだけの真実、って・・・ない?何?と思えるわけです。

易学を教えてくださった先生が不思議なことをおっしゃっていました。

「伊野華絵ちゃん、世の中に真実ってものはないんですよ。むしろ、みんながそう思ったらそれがスタンダードだ」

もう何年も前に聞いた言葉ですが、ようやく断片的にこのことがわかるような・・・むー、まだまだかな?でも、少しだけつかめそうかな、というところに来ています。

そして、私、伊野華絵の視点に見える世界はどうかな~?ここが大事だな、という気持ちです。

さて、昨夜の神戸は夜通し大雨でした。雨音で目が覚めたのは久しぶり。でもなぜか心地よくBGMのようでした。暑さを遠ざけてくれたからでしょうか。今朝は曇っていますが気温が低くなったので爽やかです。

今日も1日、エンジョーイしましょうね♪

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

リアクションで変化を確認する

以前だったら、こんなことに遭遇したら落ち着いて対処できなかったなあ・・・でも今は大丈夫。

こういう経験は、自分が少し変わった、あるいは成長したと実感する瞬間のひとつではないでしょうか。

人は自身の内的変化をつかみにくいものですが(究極は私たち毎日生まれ変わっているのですけれど)、外界からの刺激に対する自分のリアクションでそれを確認できるものです。

特にネガティブな反応をしてしまったときは、後に残りますし、再びやってくると身構えます。そこで、「自分がこう反応する動機はなんだろう?」と自身を内観する機会をもつと、自分のことがより深く見えてきます。それはあるときは目をそむけたくなったり、痛みを伴うものだったりするかもしれませんが、きっちり受け止めてそこにあるなんらかの「こだわり」を認識すれば、次に同様のケースがやってきたとき、リアクションが変わります。これは確実に変わります。前とは違う受け止め方ができている自分に気づいたら、その学びはもう卒業です。リアクションも相変わらず同じ、気づくこともない・・・となると、何度も何度も同じことがやってきます。

こう観てゆくと、やってくる「体験」としての現象は、何かに気づくように私たちにボールを投げてくれているのですね(^-^)

私の経験上、ここで注意したいのが、『自分を責めないこと』です。自分の中にいやーなものを見つけてしまったときも、自分を嫌いになることは一番してはいけないことです。

「ふーん、私ってこういう考え方を大事に持っていたのね」ぐらいでいいです。

そう、「ふーん」の軽さは必要です(^-^)

これは、ポジティブなこだわりについてもそうです。自分の中にあるどんな要素でも、「良し悪し」の眼というより、「ふーん、好きなんだ。ふーん、嫌なんだ」で観察してみると、だんだん軽くなってきますヨ。ふんわり、軽いのが一番です♪

さて、今朝の神戸は・・・涼しい~。暑さがぐっと和らいでいます。気温では2度ぐらいの違いでしょうが、あの猛暑をエアコンなしで味わったからでしょうか。本当にありがたい涼しさです(^-^)

今日も一日、かる~くいきましょうね♪

0812_hana
季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

心にスペースを

一昨日の日記でも書きましたように、私は普段、テレビを観ません。また、最近は音楽を聴くこともほとんどなくなりました。パソコンで音声付画像をみることはたまにありますが、それも少しずづ遠ざかりつつあります。

こうしていると、当然のことながら周囲の音に敏感になります。自然界からの音、近所の人たちの生活音、自分が出す生活音、様々と。そして何よりうるさいのが(大笑)、自分のアタマの中のおしゃべりです。

これって気づいているようで気づいていない。「はっ」と気づいたときは、かなりおしゃべりを終えてやっとここに戻ってきたときだったりします。

そんな自分にあきれつつも、少しずつ変わってきました。

「自分のおしゃべり」に気づくのが早くなってきています。そして、さっきまでおしゃべりをしていた自分を責めることもなくなってきました。以前は、

『ああ~またまたぁ、こんなにいらんこと考えてて。。ダメダメ!』と、自分を叱っていたのですね。今は、

「お。やっと気づいたか。ここに戻ってきたね。よしよし」と、感じています。

人の内的気づきは段階があるのだと思います。その人に合った、無理のない変容。大切なことは、自分の中にある光もそうでないものもすべてきちんと1.気づいて 2.観て 3.受け止める ことなのですね。そうしていくうちに、不要なものは去ってゆき、本当の意味での余裕=心のスペースができてくるのだと思います。

パソコンもおなかいっぱいだと動きが鈍いですよね。私たちもそうです(^-^)

やっぱり身軽が一番です~

さて、今朝の神戸は雲が多いですが、おひさまも出ています。暑さが一時よりはほんの少し和らいだでしょうか。私は極々微量な「秋」のエッセンスを空気の中に感じます。。。

みなさまよい一日をお過ごしくださいませ♪

0811_hana
季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

吉凶の表裏一体

「この人はね、根は優しいんだね。優しいんだけれども”実は”、優しくない」

「この人は車で例えると最高級車なんだけれど、製造過程のどこかで欠陥部品がひとつ入ってしまっている。うーん、それがどこなのか、どのタイミングででてくるかわからないねえ」

「『私って最悪なの。見ててもわかるでしょ?最悪なんだけど、でもね、うまいこといってるのよ。』・・・この人の運勢はそういう感じ。」

例を挙げるときりがないのですが、姓名判断を勉強している際、こんなのがポンポンでてきます。

「良いようで悪い、悪いようで良い。これがあって最高なんだけれどこれがあるからこそ、これでしかできない。伊野華絵ちゃん、姓名判断の世界にはこういう反語っていうのかな、そんな例は沢山あるんだよ」 これが先生のセリフでした。

吉凶って表裏一体なのですね。いわゆる光と闇。光ができれば影(闇)も同時にできるのです。天使をつくればもれなく悪魔もついてくる(笑)。

よく、どこからみても100点満点の名前をつけると逆によくない、といわれますがそれは本当のようです。満月と同じ、あとは欠けるだけ・・・だからなのでしょうか。

良いことばっかり起きてほしい、うまくいってほしー!なんてばっかり考えてしまうときに、ちょっとこんな見方も思い出してみてくださいネ。「良し悪し」の判断は、その背後に必ず何らかの「価値観」があります。私は、当たる当たらないよりも、その背後の価値観まで探ることに姓名判断の面白さを感じています。まだまだ掘り下げ甲斐がある世界なので、一生モノの探究ゲームですね(^-^)

さて、今朝の神戸は暑さが少し和らいでいる様子。。。お日様が高くなるとまた猛暑かな?体調管理万全で今日も元気に過ごしましょう~

0810_hana

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

なんとなく、やめてみる

日常生活の中で、さして望んでいないのに習慣化してしまって、あるいは惰性となって続けているものが結構あります。それは当たり前のように自分の行動としてインストールされているので本人は気づきにくいのですが、あるときふとそれがわかり、やめたくなる時がきます。

私の生活の中でそれが起こった例のひとつは、4年前にテレビを観ることをやめたことでした。

それまでは、朝起きると同時にリモコンに手が伸びるという習慣が自動化されていました(^^;)。やめたのは、震災による節電の声が高まっていた頃ですが、ある日、

「やめてみようかな」とふっと思い立ってテレビの電源コードを抜いた日からその後一度もつけることはありませんでした。現在の住居では、テレビ自体もありません。

テレビを観ないなんて、テレビの音がない生活なんて想像できない・・・と昔は思っていたのですが、いざやってみたらそのほうが心地よかったわけです。

神戸に転居後、ここは涼しい風もふくし、夏のエアコンをやめてみようと思ったのも似たような「ふと思い立って」という感じでした。とはいっても今年は特に猛暑ですから無理はよくないので、辛かったらいつでもつければいい・・・ぐらいの心づもりで結局今日まで自然の風に助けられ、エアコンなしの日々が続いています。おかげでずっとしまっておいたかわいい扇子の活躍の場もできて、かつ、あおぎ方も上手になりましたヨ(笑)それになにより、汗をかくことの心地よさをうんと知りました。

何かを始めることはワクワクしますけれども、逆に何かをやめることも、様々な「気づき」がご褒美としてやってくるものなのですネ。やめることは減らすこと。減らすとスペースができますから、余裕がでてきます。

そして、習慣化された何かをやめるときは、ふと思い立ったようなときが自然体で、「なんとなくやめてみる」ぐらいが成功しやすいように思います。これは、お菓子をやめてみよう、タバコをやめてみよう、お酒をやめてみよう、みたいな嗜好品断ちにもあてはまりそうです。

あまり気合をいれて「よし、やるぞ」となると、逆に自分を追い込むようで、やめることが義務的に感じられて結局はどこかで挫折しやすい気がします。期間限定ならそれもよいのでしょうが、

ほんとうにこれってやらなければ(食べなければ)いけないかな? 自分はほんとうにそれをのぞんで(欲して)いるかな? という軽い問いを自分に投げかけてみるのがよいかもしれません。今日だけちょっとやめてみて、やっぱり欲しかったら明日また戻そう、ぐらいでいくといい感じです(^-^)。そうやって私は間食や朝のコーヒーの習慣がなくなりました。飲みたかったら(食べたかったら)またいつでも飲もう(食べよう)、と今でも思っていますが。自分でつくったルールに自分を縛りつけたり追い込んだりしないことがとても大切なのでは?と思います。

実は、ヒーリングで学ぶエネルギーについても、「軽い」ほうが波動が高いといわれています。そして、「神さま」もですね、結構アバウト(=軽い、良い加減)なのだそうです。上にいけばいくほど深刻さが遠のきます。「よいよい~。なんでもよいよ~ん (^-^)」という感じだそうです(笑)(by ヒーリングの先生)

何か達成するには、苦行、ストイックさ、真剣さが重視されがちですが、案外、

「なんとなくやったら、あら~ できちゃったよ~」という”軽さ”のほうが、的を得ているのかもしれません・・・ネ♪

ヒーリングを通じてエネルギーについて学ぶと、面白い気づきが増えていきます。思考での分析ばかりに焦点を向けないといった感じでしょうか。自分の身体との対話も深くなります。とにかく理屈はおいておいて感じるんです、ネ。自分に聴いてあげるんです。ほんとうはどうなの・・・?ってね。

さあて、日曜日の夜はまだまだ続きますね。神戸は爽やかな夜風が心地よく吹いていますよ。みなさんの街ではいかがですか?

今日のこのブログで、なんとなく思い当たる「なんとなく やめてみたい」対象があったら、どうぞ軽い気持ちでやってみてくださいね。軽やかに、軽やかに♪ですヨ。

それでは少し早いですが、おやすみなさ~い☆

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

今日はお空がにぎやかです(^-^)

今日の神戸の空はなんとにぎやかなこと~。

三宮で買い物をしていたところ、お店のビルの出入り口付近に人が集まって外を見ているので、「ん?」と私も外をみたら、さっきまであんなに太陽が猛烈に照りつける天気だったのに一転して大雨が降っていました。そしてゴロゴロと雷神さまも登場し・・・。

おやまあ、と思い、しばし館内でウィンドーショッピング。小雨になったところで、駅まで歩くにはお天気になってからがよいなあと、花屋さんに入ったところ、前から知りたかった花の名前が解ってちょっと得した気分。

その後帰宅したら、それほど距離が離れていない自宅付近は雨が降った模様がなく、洗濯物はカラカラに乾ききって、私に「オカエリ~」と言ってくれて安堵(^^)。

そうこうしているうちに、自宅付近にも雷神の足音が・・・。ものすごい音が聞こえるのですが、空を見上げれば晴天。変なのぉ・・・と思っているとやがて雨がしずかに降り出しました。久しぶりの雨です。しずかに、しずかに降っていました。

ほどなく雨は上がり、近所のスーパーへ買い物に出かけようと玄関を出たら、なんと!

『涼しい~』。びっくりするほど気温が下がっていました。そして乾いた土が雨を吸って、独特の匂いを発していました。

あまりの気温の下がり具合に驚いた・・・。でも本当に気持ちが良くて、スーパーまでの道のりが至福のひとときでした。おおげさに聞こえるかもしれませんが(笑)、本当に気持ちの良い空気感だったのです。

そして買い物を終え、自宅まで歩いたときの夕焼けのうつくしかったこと。

「幸せだな~」 と しばらく足をとめて空を見上げていました。その時みた雲は、大きな翼を広げた天使みたいな形をしていました。あまりに見入ってしまうと、「コトバ」がないんです。そういうときこそ、「いまここ」にいるのだなと後でじんわりと感じました。

日も暮れかけようとしていたところ、再び空がにぎやかに。「アレレ、また雷神さん?」と思ったら今度は違いました。今日は神戸の大きな花火大会の日なのです。

日中の豪雨が過ぎ去って、花火を楽しみにしていた人はほっとしたことでしょうね。いまもにぎやかに聞こえてきます。私は音だけ楽しむことにします(^-^)

というわけで、今日は一日お空がにぎやかでした。・・・夏、ですね♪

それではみなさま、引き続き楽しい土曜の夜をお過ごしください。少し早いですが・・・おやすみなさい☆

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

瞬間をつかもう!

ファースト・インプレッション。「第一印象」が大事とはよく言われることですが、対象を観るとき、その瞬間の受信ってホントにホントに大事なのです。そしてそれはナマモノです。しかも瞬間に鮮度が落ちてしまうようなナマモノ。まるでニュートリノのように瞬間で通過してどこかへ行ってしまいます(^^;)

鑑定でもこの「瞬間」が大切なのですが、そこに鮮度・質の高い情報が含まれています。

人と出会った瞬間、その人がどんな肩書でどんな服装で何を持っているかは全部剥がして、とにかくその人の内在(エネルギー)を観るようにするとキャッチしやすいかなと思います。おまけに私は後で姓名判断で確かめると自分の感性がどれだけマッチしていたか確認しやすいです。

どんなに飾っていても、立派に仕上げていても、

「なんかおかしいな~」は瞬間でキャッチできるものです。反対に、特にゴキゲンな表情でなくとも、

「あ、この人は信頼できる」という印象もやっぱりわかります。

また、場所を選ぶときもそうです。大勢が参加する会などに出席した場合、どの席に座るかも「瞬間」で、自分の感性で決めたほうがいいです。その席ととなりの席は、全然違うんです。不思議なものです(^-^)。神社仏閣も「本殿」がメインとは限りません。大切な場所は違うところにあったり、建物が立っている場所ではなかったりも多いです。

そして、その時の「選択」は自分自身の意識と必ず呼応・共鳴していますから、いつもクリアに素直な意識でいることが大切だ、ということが・・・おわかりですネ♪?

『エネルギーは同質のものが集まる』 のだそうです。ですから、不要な、惰性のような人間関係は切断することも時には大切です。自分も相手も変化してあわなくなってきているのに一緒にいると「不具合」しか起きないですから・・・。

さてさて、今朝の神戸も晴れ~☆ そして元気に暑い(笑)。それでもサァっと風が吹くと心地よいです。今年の夏は、風のありがたさをしみじみ感じています。風神さま、ありがと~

みなさま楽しい1日をお過ごしください。あら、今日はもう金曜日だ。

Sunflower

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

これでいいのだ

「これでいいのだ」・・・このセリフ、ご存知ですか?

『天才バカボン』の主人公・バカボンのパパの口癖として有名です(^-^)

「これでいいのだ」ってすごいなあ。パワフルな言葉だなあと、ヒーリングの先生との会話の中で話題にしたところ、彼女も大きくうなづいて同意してくれました。

瞬間、瞬間に注力して精いっぱいやったことで得た結果なら、その内容がどうであれ、

「これで(それで)いいんだよね」と 妙に心が落ち着く体験ってありませんか?

その時は本当に、まさに それでいい、「これでいいのだ」なのです(^-^)

人生、何が幸いして何が災い(禍)するかわかりません。また、幸いや災いも「近視眼的」に観た風景に過ぎないのですね。時が経てばその吉凶が反転している場合もあります。

大切なことはやっぱり、『今ここ』、に自分がどれだけ誠実でいられるか、なのだとつくづく思います。

さて~。今朝の神戸はほんの少し、曇りがち。おかげで暑さもちょっと緩んでるかしら・・・?

来週はもうお盆週に入るのですね。ご先祖さまたちが迎え火を目印に我が家へやってきます。

今日も元気いっぱい、楽しく一日を過ごしましょう♪

Photo
季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

美味しくなあれ♪

食事をいただくなら、美味しいほうがもちろんいいですよネ。視覚・味覚・嗅覚の面でももちろんですが、大事なのはその食事の作り手の想念が美味しさの仕上げ役だということです。

外食の際、注文した料理にそれを創ったコックさんのよからぬ感情を受信してしまう人がいました。これまた敏感すぎて本人は大変だと思いますが、エネルギーを学んでいるとこういうことは至極当然になってきます。料理の「素材のタネ」まで本当は遡るのですが、そうなると、食する人のところまでくる過程において相当な種類の想念が入り混じっていますね。。。エネルギーという観点からだと、食物以外にも音楽、書物、もちろん人間も同じようなことがいえます。

食事は、自宅でゴキゲンな気分な人が家族の食事を作るのが一番ですけれど、そうでない外食時などの場合は、やっぱり「いただきます」を丁寧にしてからいただくことでしょうね。

日頃、家族の食事を任されている人はぜひ、食事は「楽しく」「美味しくなあれ♪」という気持ちで創ってくださいね。これは摂取した側に長い年月をかけて徐々に徐々に効いてきます・・・。

さて、今朝の神戸は快晴。このところ雨が降っていません。猛暑が厳しいですが、身体の温度調節と水分・塩分補給で健やかに過ごしましょうね。

それでは今日も良い日を(^-^)

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

口禍~口は災いの元

口は災いの元(くちはわざわいのもと):不用意な発言は自分自身に災いを招く結果になるから、言葉は十分に慎むべきだという戒め。 (故事ことわざ辞典より引用) 言葉が禍(わざわい)になることを口禍(こうか)とも言います。

人生体験の中で、コレと縁がなかった人はまずいないでしょう。自分には関係がない!なんて思う人がいたらその人こそ、周囲に口禍をもたらしているかも・・・?

あ、言っちゃった。・・・今のまずかったかな~? この反芻を繰り返して自身を改めてゆけばよい経験となります(^-^)

ところでこの口禍、お名前にもしっかりでるケースが多いです。そして、それを表す画数と「そこそこうまくいく運勢」の画数は同じだったりします。つまり、人気者になったり社会的に台頭したりするのですが、ある時この「口禍」が発動してしまうと、足元をすくわれるわけですね。

私の身近でもまさにお手本のような事例の方が数名おられました。ある業界で社長歴まである方でしたが、いつも自分から事態や人間関係がややこしくなるような発言ばかりされていました。挙句の果てに失脚。。。今は違う職場で心機一転はりきっておられるようですが、ご本人が気づかない限りまた再発するでしょう。

ある人はこれまたユニークな方で、定年を過ぎてからも独自な人生を切り開いている人ですが、異様に「おしゃべり」。しかも他人の人生模様を自分が聞いたからといってそこまで第三者にしゃべりますか、しゃべっていいんですか?とつっこみたくなるぐらいのおしゃべり。きっと私のことも他でアレコレばら撒いているのだろうな、とある時気づいたので、その人からはさらっと離れました。本人はあまり悪気がないのもその画数の特徴です。

名前というのはあくまで肉体に貼られた「ラベル」であり、もし「魂」という考え方を肯定するならば、魂=名前ではないのですが、この肉体に降りてきた以上、ラベルが貼ってある肉体を通してしか生き方を表現できないのですね。そしてこのラベルがその人の持つ因子と絶妙に絡み合い、良くも悪くも様々に現象を「発動」させるのです。・・・長年姓名判断の世界を覗き、いま私はこう考えるようになっています(^-^)。

とにかく口禍は人間関係において、要注意の「災い=禍」ですね。これについても、人の振り見て我が振り直せ で、自身もいつも心に留めておきたいものです。

さて、今朝の神戸は風があるせいかほんの少し涼しい気がします。カーテンが揺れると私の気持ちもふぅっと軽くなる(^-^)

それではみなさま、よい一日を。

Hana_0804
季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

夏休みの悪戯

今朝、いつものように5時頃起きて、朝の支度をしていた時です。

部屋の南側の窓に、

「ピシャ~ッ」と水が吹き付けられました。

「え?雨~???」 窓を開けて網戸にしていたのであわてて窓辺に近寄ってみると、

なんと外で近所のおじいちゃんが水撒きをしており、私の部屋めがけて水を放ちおった~~~のでした。

なんてことだ・・・網戸だけならいいけど、カーテンにも、窓際の床にも水がかかってる(泣)。あわてて窓をピシャっと閉めました。

おそらくおじいちゃんも気づいたのでしょう。何かつぶやきながら急に水撒きをやめて消えていったようです。音がしなくなりました・・・。

月曜朝からえらいこっちゃ~ と、しばらく憤慨していたのですが、急に私の脳裏にある映像が蘇ったのです。

小学生の夏休みに、友達の家の庭で水遊びをして、その家の窓めがけて水をかけまくり、キャーキャーと遊んでいた映像を・・・。あとでその家のお母さんが仁王立ち&すごい形相で窓の向こうに立っていたのまで思い出しました(苦笑)。

今まで一度もフラッシュバックしたことがない思い出です。今朝おじいちゃんに憤慨したら急に出てくるなんて・・・。

この思い出の蘇りでおじいちゃんへの怒りもなくなってしまいました。・・・私もやったことある。それもおじいちゃんのように悪気がなく、じゃなくて悪戯(いたずら)ゴコロ満載で。(^^;)

さて、今朝の神戸は快晴です。月曜日ですね。新しい一週間を(^-^)でいきましょう~

いってらっしゃい。私もいってきます~。

季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

「聴く」を深める

今日は、ヒーリングを教わっている先生の自宅でちょっとした集まりがありました。いつもは集まるとお話上手&お話好きな先生のトークが中心に会が進むのですが、今日は先生の意向で、集まった参加者が一人ずつこの3か月の間の変化や体験を発表し皆でシェアする機会となりました。

皆、エネルギーやエネルギーワークに興味があり、関わっている人たちばかりですから、日常の変化に対する感じ方も非常に深いものがあります。体験したことだけでなく、その体験から自分が何を感じ取ったか、そしてどう変わったか、何に気づいたか・・・など、率直にシェアしてくれました。

私もこの1年で、左脳で考え・分析することよりも(それも時に大切ですが)、右脳で感じ取り表現することをずいぶんと学びました。今日も皆の話を聞きながら、それを強く実感できました。

というのは、体験話を「聴く」ときに、ただ耳を傾けるのではなく、「エネルギーとして受け取る、感じ取る」聴き方をするのです。うまく表現できるかな・・・うーん、・・・全身で聴く、といったところでしょうか。そこには自分のジャッジを入れないことも必要です。

そうして聴いていると、一見自分に関係のない「体験話」なのですが、それをあたかも体験したように受信するのです。そしてさらに深いのが、体験して何を学んだか・・・の「学び」も自分も学んだかのように自然に入ってくるのです。

私たちは、何かに気づくために、あるいはそこから学び取るために体験しているともいえます。体験しないと気づけないこと、学べないことが沢山あるからこの3次元に降りてきているともいえます。

ただ、上述のように体験話をエネルギーとして受け取ると、あたかも自分がそれを体験したようになりますから、本当は自身が体験すべきだったことなのにそのように聴くことでもう学んだことになりますから、実際の体験はしないで済む、、ということがありうるのです。

昔、東京であるカフェの店主をしていた霊能者の人が、

「私はどこにも旅行に行かないけれど、旅行に行ってきた人の話を聞くだけで私も行ったことになるから」と言っていたことを思い出しました。その時は「え~。そんなもんかなあ。実際行くのと、話を聞くのはさすがに違うでしょ」と思っていましたが、その人の言いたいことがなんとなくわかってきた気がします。

『聴くこと』を深めると、色んな気づきが増します。そして、自分の体験も他者の体験も違いがない・・・という発見にもなります。受け止め方次第で。

さて~。今日も猛暑でしたねえ。それでも私はエアコンのきいた部屋よりも、屋外のどこか木陰で涼んでいる方が調子がいいです(^-^)。みなさん、エアコンと冷たい飲み物に頼りすぎないように・・・お気をくださいネ。汗かくこともほどよく楽しみましょう~

それでは素敵な日曜の夜をお過ごしください☆ 少し早めですが、おやすみなさい。

Hana_0802
季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

事始め、事のはじまり

今日から8月ですね。旧暦では「葉月」と呼ばれ、新暦でもそのまま用いられています。

英語ではAugust(オーガスト)。これはローマ皇帝・アウグストゥスの名前から由来します。西洋の歴史の中では、皆で共有して使う対象や場所に皇帝や偉人の名前を当てはめたものが多いですね。会社や広場、教会も、そして暦の中にもこのように・・・。そういえば銅像も多いし。自分が「一番」と思うとこういうことやっちゃうんですかね(^^;)。。まぁ、名付けは後世の人がした場合もあるでしょうが。易学上ではこういうことやったらアカン、という考えですけどね。(刻んではならぬ、です)

さて、今日は1日。おついたち。1という数字はスタートを表します。占術の世界では、何かを始める際に日取りを選ぶことがよくあります。物事を始めるにはタイミングというものがある、という考えですね。また、意識して日を選ばずとも、事が起こった日からその現象の過程や意味、結果まで占術で鑑定ができるというわけですから、みなさん占術にハマるわけです。

西洋占星術では、「始まり」を表す場所はアセンダント(ASC)といって、東の地平線にあたる位置です。観測地点の観測者にとって、星が上がってくるのが見え出す位置・・・これが東の地平線のラインのことです。このアセンダントの位置に、その占った内容のあらゆる意味が含まれていると言われるほど。つまり、スタートのタイミングというのはとても大事だという考えです。ちなみに私たちの誕生日の時間にもそれぞれの人生情報がタップリ含まれているようですヨ(^-^)

また、「思い立ったが吉日」という言葉もありますね。これは、

「何かを始めようと思ったら、その日(その時)にすぐ始めるのが良い。その日が吉日なのですよ」という示唆です。おそらくこれは、アレコレ考えていないでよしと思ったら行動しなさいよ、というアドバイスも含まれているのでしょう。

面白いことに、運命を上手に運んでいる人は、この「思い立ったが吉日」と占術上の「吉日」がマッチしているのだといわれることです。なるほどなあ・・・そうかもしれないなあ・・・と私も同感します。

そして個人的にすごくすごく大事だなと思うことは、

何かを始めるその瞬間の「意識」と「内的動機」です。始めようと思うには、必ず動機があります。動機といっても理屈づけて考え出した動機ではなく、自分の内側から出てくる本音の動機です。その本音の動機をしっかり自分で観るコトは非常に大切なことだと思います。

「良い日が知りたい、良い日があ~」と、占術上でうまいこといく日を追ってばかりいると、上述のことはいつの間にか後回しになります。こういう人は占いの本当の活用法がわかっていない、ということです。占術はあくまでも「技法」ですから、まずは自分の内側から観ることをお勧めします。

さあ、今月のスタート日、せっかくですから新しい「事始め」でも計画くださいネ。

神戸は今日も快晴です。毎日洗濯物がカラッカラに乾いて助かります(^-^)

みなさまどうぞ楽しい土曜日を♪

Hana_0801
季丘便り 伊野華絵
http://homepage3.nifty.com/inohanae/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »