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2013年3月

夢の共有

先日、夢に太陽コロナが出てきたことを記しましたが、なんと同じ晩に似たような太陽の夢を観ていた人がいました。

その方は、西日本在住で、もう15年以上のお付き合いになるでしょうか。私の変遷をいつもあたたかく見守ってくださり、現在の私のタロット活動も積極的に応援してくださっているHさんです。

その方が見た夢は、私が観たコロナにとてもよく似ていて、特に太陽の黒点が出てきたとおっしゃっていました。

一般的には「太陽が燦々と輝いていた」のであれば、喜ばしいことが起こる予兆のように思えるでしょう。ところが、私たちが観た夢は、どこか「ドキッと」するような黒い、燃えるような、そしてせまってくるような太陽でした。お互い観た直後は落ち着かなかった。コロナや黒点をキーワードに夢解釈を調べてみると、天災や災害的な禍いものと関連することが多いようです。だからといってそのような夢を観たら必ずいつも同じ意味にとるのか?といえばそうではないわけです。これはタロットのときの解釈にも言えます。基本はこのような読み方だから、教科書にはこう書いてあるからこの意味しかない。このような解釈は、初期のころには参考にはなりますが、夢解釈を長年続けていると、応用がでてきて別の解釈の切り口も見つけられるわけです。

コロナも黒点も、思えばより「リアル」な太陽に近づいた風景ですし、よからぬ夢かとすぐ不安に結びつける必要はないように思います。むしろ「核心にせまっている」状況とも読めますね。コロナはも黒点も目視では確認できない、より太陽に接近し観測したからこそ発見できたエネルギー体なのですから。

夢解釈は不思議なもので、何を観たのかはもちろん重要ですが、そのとき自分がそれをどう感じているかもその夢の意味を解釈する際に大切なポイントとなります。私はコロナを観たとき、たしかにひどく驚きはしましたし、その後真っ暗になったのでどうなるのだろう?と感じはしましたが、不思議と「恐怖や悲壮感」をそれほど感じなかった。・・・で、よくわからず深くは追求せず、寝かせておくことに。そうしたら数日後にHさんから連絡があったのであらまビックリ、となったわけです。

実はHさんは、その夢を観た直後、長い時間と労力をかけて自身が企画されていた地元での音楽祭のイベント開催が決定したのでありました。夢とそのイベント決定のことを同時に私に電話で知らせてくださって、私もとても嬉しかった。

私自身もその夢のあとで、メンタル面で大きな気づきと前進があり、あの太陽を観たことで自分の内側でまた一つ扉が開いたのだと確信しました。より自分の内側のコア(核心)にせまったわけです。太陽は象徴として人体の胸に置かれることがあります。カバラでいうと、ティファレトの位置です。

夢は面白いものです。というわけで、今晩もせっせと寝ます(笑)。

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呼吸を眺める・今に在ること ~ヨガ三昧な週末を終えて~

この週末は、私が頻繁に通っている、玄米菜食のお店・「米の子」さんのイベントに参加しました。店主のママさんより、企画の段階からお話を伺っていたので、かなり前からこの週末を楽しみにしていた私は、土日2日間とも参加し、ヨガ&ベジー三昧な週末を過ごしました。

土曜日は陸川祐有加さんによる、ベーシックなハタヨガ。ハタヨガに加え、音叉やチベタンボウルを使って音を身体に取り込むという音ヨガを体験。日曜日は木下景子さんによる、アシュタンガヨガの基礎体験とそもそもヨガとは・アシュタンガヨガとは?の講話。

ヨガは10年以上前から習ったり辞めたりの繰り返しで、直近では昨年夏、ホットヨガに数か月はまったものの、暖房による40度の部屋で90分ヨガをするというやり方にアレ?と思い、続ける気がなくなってしまって以来ご無沙汰していました。

よって久しぶりのヨガ体験。この頃のなまけ身体の硬さは承知の上、ヨガ1日で習得するものではないというのも承知の上、身体的な変化を軸に置くのではなく、自分の内側で、「ある意識」を定めてのぞんだ結果、素晴らしい気づきをいくつも得ることができました。

過去にいくつか習ったヨガは、そもそも習う私自身の意識のベクトルが、本来ヨガが教えてくれるものとは異なった方向でした。今回このことを痛感。以前の私はヨガというものを、

・身体を鍛えて柔らかくし、美しいポーズをとれるようになること
・より健康になること

完全にこの2点を「目的」にしていました。

ヨガは「自己を見つめること・自己を知ること」と耳にタコができるほど聞きつつ、それを"知識"としてしか受けとめていなかった自分。私の意識には何も伝わってなかった。わかった「フリ」してヨガをやっている「フリ」だったのですね。

この週末のイベントでそのことに完全に気づかされました。

なぜ気づいたかというと・・・自分の意識が変わったので、参加する際の意図するところも今までの私とは全く違ったからです。

今回ヨガに参加する際、技術や満足度云々は横に置き、何よりも意識したことは、

『今という瞬間に完全にアクセスすること』でした。

これは、今の私が日々取り組んでいる課題なのですが、この意識を持ってヨガイベントに参加したのは今回が初めて。

講師の方々の誘導を聞くときも、自分の体を動かすときも、そしてヨガで一番大切な、「呼吸」をするときも、一瞬一瞬に完全にそこにいる自分だけを意識しました。

今の瞬間に居ること・・・いついかなるときも、これだけがすべて、なのですが、実際これを保つのが最初はなかなか難しい。皆、思考によって・記憶によって過去に引き戻され、未来を憂い、今に居ない。そして今に居ようとすると妙に力む。

土曜日に講師をしてくださった、陸川さんの『呼吸を眺める』という言葉にピン、ときました。この瞬間にいよう、いよう、と思うとつい力が入りますが、「眺める」気持ちでいまここにいようと思うとリラックス感が増し、うまくいきます。ああ、眺めるとはよい言葉だな、自分の感覚としっくりくるな、と思いました。

陸川さんも木下さんも繰り返しおっしゃっていましたが、ヨガを行う上で一番大切なことは「呼吸」です。呼吸を意識すること、呼吸を眺める自分を忘れないこと・・・ヨガは呼吸が可能な人なら誰でも始めることができる、といわれているそうです。

ヨガは「今完全にここにいること」を思い出させてくれる素晴らしい技法のひとつなのだと思います。

この「呼吸」と、私が大切にしている「今ここに意識をおくこと」は完全に一致しています。

今という瞬間に意識をおくと、良し悪しを判断することも誰かと比べることも波が引いてゆくように後退し、「微細な何か」を感じ、把握する意識だけが空間を漂います。完全に言葉を超えた次元です。ここは表現できませんがそこは確かに源につながる何かを秘めています。

私は普段、タロットや、その他ヨガとは違った技法で自己を掘り下げてゆく作業を続けていますが、キーワードは「今に完全にあること」、これだけだと今は思っています。非物質領域とのつながり、死者とのつながり、宇宙とのつながり、過去世・未来世とのつながり、それを理解してゆく術は、「今」にあるのではないかと。いえ、今にしかないのでしょう。

というわけで、切り口は違ってもみなそれぞれに合った方法を見つけて、自己に気づいていく作業をしているのだなと思いました。

私は、今に意識が完全にあることで、日常は日常すべてがスピリチュアルな体験になると思っています。どんな体験も、体験者の意識如何で内側に錬金術がおこせるのです。

あ~久しぶりにヨガしたので、身体があちこちイタイタと言っています。このイタイタも十分に感じて味わって、この週末の貴重な体験を私の自己発掘の起爆剤に加えていきたいと思います。

そして、いつも美味しい食事を創造くださっている米の子さん、ありがとう。米の子さんでお食事をいただくと、「いただきます」の言葉の深さをしみじみと感じます。ありがとう。色んな命をいただいて生きている私たちなのですね。これからも応援しています。

素晴らしい週末、でした。いつもの皆様、そして新しく出会えた皆様とのご縁に感謝、です。

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夢で太陽コロナ

昨晩の夢はちょっと異質すぎてドキっとしました。

夢に「太陽コロナ」が出てきたのです。

太陽コロナとは、これです。そうそう、まさにこれでした。初めて見た夢です。

で、太陽コロナを見上げていると突然それが消えてしまって、地上が真っ暗になりました。何も見えず・・・私は

「このまま何も見えなくなってわたしもみんなも消えちゃうのかなあ」と道端で寝ころんでいました。夢の中の私は、たしかに動揺はしていましたが、悲壮感はそれほどでもなく。

ただ、目が覚めたとき、

「あれは一体何だったのだろう?」、と むしろ起きたあとのほうが胸がドキドキしていました。

こういうのはあまり解読を急がず、すこし寝かせておくことにします。

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季丘タロットの意味

季丘(ときおか)タロット。これは、私がタロットを通じて独自に活動してゆくうえで、ある方から授けられた名前です。

自分のホームページにて、

~季丘(ときおか)とは あなたという人生の四季折々の風景~
巡る季節 とあなたとタロット。自然の巡りと日常の「象意」から気づきは得られます。

とうたっているのですが、数日前の朝、突然、この季丘タロットの名前に込められたもう一段階上の次元の意味に気づきました。これは私の意識がまた少し変化した証だと思います。

季とは何か。

丘とは何を指すのか。

そしてタロットの意味とは?

この理解は私の中で孵化したばかりで、表にだすのにもう少し時間を要するようです。受け手側の意識の変化でこうも理解が変わるのか。真に気づくということはこういうことなのだ、本や他者の言葉からのいわゆる観念や知識から得る理解とは全く異質の、「受信」を体感しました。

こういう理解の仕方が何よりも自身の駆動力になるものです。嬉しい。真の意味での気づきがあるたびに、私の内側で生きる喜びが増します。

生きる喜びは人それぞれです。成功して嬉しい、願いがかなって嬉しい、人の役に立って嬉しい・・・それよりも何よりも私は、自分の内側から「灯」のような気づきを発掘したときが嬉しいのです。これは時間や外界の出来事にまったく左右されません。その灯は光明となり、永遠に私の中で輝き続けるのですから。

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発掘!

最近での一番の気づきについて。

自分が理解したいこと、極めていきたいことについて、私はまるで遠くの星を目指すように、何かそれが手が届かないような高いところにあってそこへたどり着くことを目標に歩み続けるイメージを抱いていたのですが、これがまったく間違った(というか自分にはしっくりこない)姿勢だということに気づきました。

非物質の世界を探求することにおいて、いつもお世話になっている先生がいます。その方は、「自分は永遠に発掘作業をする」とおっしゃっているのですが、この

「発掘作業」という言葉に ピン、ときました。

自分が知りたいこと、理解を深めたいことは、実は果てしなく遠い場所にあるのではなく、自分の内側にすでに「資質」として眠っているのであって、それを『発掘』する姿勢でのぞんでゆけばよいのだと。

単に言葉の表現の違いじゃないか、と思うかもしれませんが、これは私にとっては大きな発見でした。遠くを目指すのと、発掘することは私の中ではまったく意識のベクトルが違うのです。

自己の『発掘作業』。私も先生に負けずに永遠に続けたいと思います。

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努力って要るものだと思ってた

コツコツ努力。日々努力。努力の積み重ね。

こういうこと、とても大切だった。必要不可欠なことだと思ってた。

でも努力って本当は要らないのですね。・・・言葉の真意を受け取ってくれる人ならわかるでしょう? 努力って、そう、要らないもの。必要だと思わされているだけ。

週末、久しぶりにタロットのセッションを受けてきました。久々のクライアント側。その方にやっていただくのは2年ぶり。私はいつも方向性は把握しているので背中を押してもらうだけ。でもこの一押しが大きいんだ。

そこで気付いたこと。その人に指摘されたこと。

そう、努力は不要。

そういえば、日頃私の目に活き活きと映る人々は、努力なんてしてないなぁ。

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頭上の私。

頭上の私。この「私」は、日常生活をおくる地上の私をいつも高い位置から観察しています。

私はこの頭上の私の存在を何年も前から意識し、片時もその存在を忘れないように努力してきました。おかげでいつも、何をしていても頭上の私ははっきりと存在しています。

とはいえ、さすがに寝ているときはどこかへ去ってしまいます。・・・寝ている私。それを観ている私。つまり、自分が今寝ているまたは夢を見ているということが分かっている頭上の私、です。ちょっとまだ難しいかな。でもいずれ確立します。

頭上の私は、人によってはハイアーセルフ、自分を守護する存在とでもいうのでしょうね。表現は人さまざまです。

こんなヘンテコなことを(?)心がけていると、人生がゲームかお芝居かに思えてきます。頭上の私が、地上の私が主役のストーリーを眺めている・・・演出してるかな?プロデューサーかな? 解釈はまぁケースバイケースですが、とにかくおもしろいです。

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満足を空腹で味わうってアリ?

私はfacebookのヘビーユーザーではありませんが、主に個人的な集まりや研究会の連絡網として利用しています。まぁ、便利だとは思うけれど、おせっかい機能ややかましい機能は満載だなと思うことも多々あります。

つながっている人たちの近況も「たまに」ですが眺めます。興味深いネタや面白い写真で刺激を受けることも「たまに」、あります。

しかし、それにしても多いね。・・・どこで何食べたって話題。しかも写真つき。

誰しもがそんなことばかりアップしている日もあり、これまたある意味笑えます。

○○食べておいしかった幸せ、もいいもんですが、

今日は何も食べなかったな~ 空腹ってこんな感じかぁ とか

空腹時にこんな力が湧いてきた、空腹すぎてめまいがしてこんなの観たとか(笑)、

実は空腹時は 空気中のプラーナがウマい、とか

そんな体験があってもいいのでは? と。

じゃ、自分からやらねば?(笑)

知っている人は知っている。空腹時の充足感。・・・ですよネ。

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