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2011年11月

朝の地下鉄で

今朝、地下鉄に乗っていたときのこと。

目の前に、小学生ぐらいの男の子とその母親がいた。男の子は車内が暑いらしく、ダウンを脱ぎ始めた。中にはトレーナーみたいな服を2枚重ね着していたのだが、そのうちの内側の服がどうやら前後逆だったらしい。首のうしろにくる白いタグがのどぼとけのあたりにぴょこんと出ていた。

それに気づいてその男の子は母親と目を合わせてそして、コロコロと笑った。

母親も彼の肩をポンポンと叩きながらケラケラと笑った。

その親子の笑う横顔がとても輝いて見えて、なんだか楽しくて私もマスクの内側で口を開けて笑ってしまった。

早朝から癒された。なかなかお目にかかれない地下鉄内での光景。

自分のドジを笑える子はかわいいな。そしてそれをほほえましく一緒に笑えるお母さんはいいな。

彼は私を和まそうとして 服を前後逆に着たわけではない。でも私はこうしてその子のドジのおかげで朝からあったかな気分になれた。

人間、本人が意図せずともどこで誰を癒しているかわからないものですね。

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1日2食とバッハ

パリから帰ってからというもの、食欲の秋を理由にかなり食べる量が増していた。

人によってどのぐらいが適量かはそれぞれだと思うが、私はやっぱり 少食が体によいようだ。1週間前から、1日2食に戻した。旅行前はしばらくそうだったから。

朝食を食べないと不健康だと言っているのは・・・誰?

かくいう私もそう「しつけられて」=「思い込まされて」きた。

そう信じていると体も「朝食をとらないと1日が始まらない!」と思うようで、、

でもですね。。内臓も休息が必要なのです。

理想は1日のうち18時間、内臓にお休みを与えるのがよいようです。そうすると、消化処理だけで手いっぱいだった内臓たちが、解毒作業に着手することができるからです。

私の場合、朝食を抜くとその理想(内臓の18時間休憩)にかなり近くなります。

今の朝は、起きたら白湯を飲むだけ。2杯。特に空腹に悩まされることはありません。逆に今の寒さも後押しして体が「冴える」感じ。面白いことに、白湯を飲むことで朝決まった時間に排泄もあるのです。健康的に。

さらにさらに。・・・朝の静けさの中、ラジオはやめて「バッハ」を聴くと・・・

細胞が整う!・・・感じがします。あくまでも個人的な感覚ですが。体の中の細胞ひとつひとつが元の場所に戻っていく感じです。音楽って不思議だな。

私はバッハのオルガン曲が好き。空腹時にこれを聴いていると、教会でミサに参加している気持ちになります。おぉ、パリが甦る^^

1日2食とバッハ。ちょっとこれを続けてみたいと思ってマス。

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静けさがくれるモノ

テレビと無縁の生活になって、もう半年以上が経つ。

なくてもへっちゃら、いや、ないほうがなんと時間が豊かになることか。テレビから情報を得なければ生活が成り立たないというのは単なる「思いこみ」のひとつであった。

テレビの後はラジオと仲良しになった。今でも朝の支度時はそうだが、最近は帰宅後はラジオさえも遠のいた。

・・・静かだ。じつ~に、静かだ。やろうと思えばこんなにも静けさいっぱいのひととき、もっと前から手に入れることができたんだ。う~ん。損してたな、私。

静けさがくれるモノ。それは自分との対話。別に何かをウンウン考えたりするわけでもなく、瞑想にやっきになるわけでもなく、ただただ、静かに片づけたり、ものを書いたり、本を読んだり。もちろんタロットも。

静けさとはなんと豊かな空間なんだろう。

・・・なんだか、源に還る、大袈裟かもしれないけれど、そんな気がする。

え? ひとりで 何も音がないと さびしい? 

ひとりじゃないんだなあ。そういう静けさの中にいるときほど、"孤独感"とは真逆で、

「大いなる存在」

に しっかりと包まれているような気持ちになるのは、私だけ・・・ではないはず。

自分との対話を深めると 大いなる存在を 感じられるということは、

大いなる存在は 自分の内側にある、ということなのですね。・・・今、こう書きながら気がついたのでした。

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夢でクラシック

今までになかった夢。

夢の中でずっと クラシック音楽が流れている。

この曲なんだっけ? と目覚めた後調べたら、

モーツアルトの「トルコ行進曲」だった。

http://www.youtube.com/watch?v=zaxQxgyjw2M

最近、この曲を聴いた覚えはないし、高校生までピアノは習っていたけれどこの曲は弾いたことがなかったし、・・・何だろう?

でもこういう夢って大事なんですね。ちょっとしばらく温めておきたいデス。

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タロットとの距離

最近、タロットと自分との間の距離がうんと近くなった気がする。

どういうことかというと、理論で学んだリーディング方法から自分ならではの応用が利くようになってきたということだ。

シャッフルしている時点から感覚が違う。そして、カードを見た瞬間、以前は頻繁にはなかった

「カードが話しだす」ような現象がある。

毎時ではないが、確実に増えてきている。

・・・たぶん、想像にすぎないが、(でも正解だと思うけれど)パリ旅行から帰ってからその変化が訪れた気がする。

ほとんどの人が何の気なしに旅の計画をしているが、距離が遠ければ遠いほどその旅は確実に自分の「霊性」に影響を与える。・・・良くも悪くもであります。

魂の面から見れば、もともと「良い」も「悪い」もなく、ただ、「経験したい」だけのことなのですが。

世の中には色んな能力を持っている人がいます。

人の名前から過去・現在・未来の情報を全部読みとる人、

生年月日から、人相から、その人のもつ波動から、、色々おられますが、

私はやっぱり 「タロット」をツールに 目に見えない世界からの情報を読みとる人でありたいし、そのことで誰かの役に立つことがあれば幸せだなあと、思います。

とはいえ私はこの世の人間。地上での普通の生活も愛おしく、大事であり、その現実世界から学びつつタロットを通して川の向こう側の世界と共鳴していきたい、デス。

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リーディングの極意

先日の日曜日。

タロット勉強の集まりで、モニターの方へリーディングをさせていただく機会があった。

私が初めて試みるスタイルだった。質問者1名に対し、リーダーが2名。

加えて、オブザーバー、ウィットネスという役割をもつ人も同席した。

普段は1対1で行うことが多いので、場のエネルギーも全く違う。

リーディングを始める前は緊張していた私。だが、始まってしまえばいつも通り、タロットに集中できた。普段と違うエネルギーに多少戸惑いつつも、全身全霊をかけてカードを読むことにつとめた。

質問者の方の相談事は2つ。1時間かけてじっくり読んでいった。

後日、その質問者の方がくださった言葉。

「自分が本当は知っていることを タロットが教えてくれた」

この言葉をいただいたとき、あのリーディングはその人の魂に響いたのだなと実感し、胸にあふれる喜びがたまらなく・・・感動的で嬉しかった。

そう、本来は皆、自分自身が直面している問題に対して、「最高で最善の解決策」を知っている。タロットはそれを教えてくれるメッセンジャーなのです。決してリーダー側からの一方的なアドバイスで終わる物語ではないのです。その人自身が、自分の神性に気づくとき、解決できないものは何もない、と思います。

そして、ほんとうに魂に響くとき、人は自然と涙があふれる。涙とは不思議なものですね。

改めて、タロットの役割のもつ大きさ、リーディングの極意を実感した日曜日でした。

・・・パリから戻ってから、タロットとの距離が一層近くなったと思えます。

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旅日記 ~パリ~ その18(最終回)

朝。目覚めた。目覚ましナシでちゃんと思い通りの時間に。

今日はパリを発つ日。7時にホテル前へ空港への送迎タクシーが到着する。身支度を整え、出発5分ほど前にフロントへ。チェックアウトは念のため前日夜にしておいた。・・・しておいてよかった。というのも、その朝、チェックインの時同様、ホテルスタッフと宿泊者との間で何やら揉め事会話が繰り広げられていたからだ。私は焦りもせず送迎車を待つ。

車は予定通りに到着。相乗り車だったので(だから安かったのか、とこのときに納得)、すでに3名が乗車していた。私も便乗し、いざ出発。途中もうひとつホテルへ立ち寄った。すると新しい同乗者が2名なので、ドライバーが私に助手席へ乗ってほしいと言う。了解して席を移動した。

車内はラジオがかかっており、もちろんフランス語なので全く理解できず、意識して聴いていなかった。また、同乗者は初対面なので会話するわけもなく車内はし~ん。

ドライバーはアジア系の男性だった。高速道路へ入ると、少し混んできた。それがちょっとイライラするらしい。渋滞に対し愚痴めいたことを私に言ってきた。私は自分が余裕がありすぎの出発時間なのでまったくおかまいなし。完全スマイルで「大丈夫」と返した。

それでちょっとリラックスしてくれたのか、彼の雰囲気が穏やかになった。しばらくして彼はラジオを止め、カセットテープをかけはじめた。・・・今時カセットテープもめずらしいなあ。なんて思っていた。流れ出した曲は、スウェーデンのミュージシャングループであまりにも有名な「ABBA」の曲。とてもなつかしい、そして大好きな曲だった。ここで聴くなんて。。何か意味があるのかな、とふと思った。

このABBAの曲が、なぜか、目の前に広がる朝やけの世界と妙にマッチして。。。私は一人でかなり感動していたわけです。加えて、朝やけの中に、いくつもの「十字架」を見せてもらいました。

パリに来て思ったのですが、パリの空は、飛行機雲が多いのです。空が鮮やかに澄み切っていると、その飛行機雲のラインが実に美しく映えます。

空港へ向かう際の空に、その飛行機雲の線の何本かが見事に90度に交差していて・・・つまり、飛行機雲の「十字架」がいくつも私の前に広がっていたのでした。これは助手席でなければ楽しめなかった風景。そして、十字架はこの旅を通して、いえ、パリへ旅を決めた瞬間から私の身近に重要な「シンボル」としていろんな形であらゆる場所に登場していたのでした。私は何度も目に飛びこんでくるシンボルはいつも見逃しません。タロットを始めてからそんな癖がついていました。

十字架の印がいくつも形創られた朝やけの空を目の当たりにしながら・・・心からこう思ったのでした。

『神様って、、いるんだ』

神様を言いかえると、Something Great、目に見えない大いなる存在、です。

前からその存在は認識していましたが、これまでとはレベルが違う、理屈もへったくれもない、直観として「知っている」ような、その存在に対しての肯定的感覚です。

神様の存在を思った瞬間、同じ車内にいる同乗者の人たちすべてが、ずっと昔から知っている人のような思いにとらわれました。なんというか、「みんな一緒なのだ。みんなひとつなのだ」という感覚です。少し誇張した表現ならば、みんな愛おしい存在、という感じかな。

しばらくの間、そんな不思議な感覚が持続しました。

やがて車は空港ターミナルへ到着。皆下車し、それぞれのフライトへ。

単にホテルから空港までの移動、という行動なのですが、深い深い、、、パリの旅最後の思考体験を味わいました。

さぁ、故郷へ帰るぞ。そして、また来るからね、パリ。

20110920_paris_149


この後、私は予定通りパリを発ち、9月28日早朝に羽田空港へ到着。無事帰宅した。

旅日記、パリを終わります。

追記:旅の直後、都内のイスラエル料理レストランへ行く機会がありました。イスラエル人の店主の人との会話で知ったこと。・・・ヘブライ語で「アバ」とは「父親」の意味だとか。気になって後日調べてみると、聖書でイエスが「アバ」と発言する箇所がいくつか登場するが、イエスが「父よ」と呼びかけているのは、「主」つまり「神」のことでありました。

・・・私が空港への車内で聴いた「ABBA(アバ)」にもメッセージがあったのだ、と理解しました。

神様は・・・存在する。パリを通して、真(まこと)の信仰とは何かを考える旅をしたのかもしれません。

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旅日記 ~パリ~ その17

月曜日の朝を迎えた。いよいよ今日が最終日。明朝にはもう空港へ向かうのだ。

体はまずノートルダム大聖堂へ再び。途中でサン・ジャック塔の前を通った。

日本の四国お遍路のような巡礼の旅が西洋にもある。スペインのサンティアゴ・コンポステーラへ向けての旅だ。色んなルートがあるらしい。パリからは、このサン・ジャック塔から発つとかそうでないとか。サンティアゴ・コンポステーラの巡礼路のことをフランス語で「サン・ジャックの道」というらしいので関係はあるのだろう。両親は日本の巡礼路をたどったので、私はこっちにしようかな、と思っている(笑)。結局、「道を歩く」のが好きな性分を遺伝子で受け継いでいるというわけか。

これがそのサン・ジャック塔。

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そして、シテ島に到着。早朝のノートルダムの聖堂内はひときわ清浄な空気を味わえる。しばらく祈りの時間にあてた。

外へ出て正面のレリーフを再び観察する。首が痛くなるほど見上げて・・・お。逆さまになっている人を発見。中央のレリーフに注目。

20110920_paris_130

逆さまなのはたぶんこの人だけ。。。他に見つけた人がいたら教えてほしい。

タロットでも一つだけ「逆さま人間」が描かれているカードがある。「吊るし」のカード。

Tarot_12
このカードは、身動きがとれない、停滞、保留のような意味が強いが、一方で、「物事を違った角度から見る」ことや「価値観を変える」ような今までとは異なった視点への示唆も意味する。ほら、何かうまいアイディアがないか考えるとき「逆立ち」する人がいるでしょう?・・・最近は見ない、か(笑)。でもやってみると案外知恵がわいたりするかもしれない。

「我らが貴婦人=ノートルダム」に別れを告げ、次に向かったのはセーヌ川。これを体験せずしてパリは去れぬ、と河岸に。

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わーい。待ちに待ったバトビュス(水上バス)だ。1区間だけお試し乗りしたかったのだが、観光用の周遊券しかないらしい。でも迷わず購入。

チケットを購入し、待つこと20分。来た来た。

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オテル・ド・ヴィレの乗り場から乗船。いざ、出発。

ルーヴル美術館の前をとおり、シャンゼリゼ通りの付近をすぎ左へ旋回して、エッフェル塔で下船。ここまで小一時間かかった。バスや地下鉄に比べて随分のんびり旅だ。それがまたよいのだ。

さて。見上げればあまりに有名な塔。タワー・エッフェル。

Paris117_2

近くで見ると、、当たり前だが・・・背が高い。

上まで登りたかったが、チケット売り場前のあまりの長蛇の列にその気持ちは一瞬で萎えた。でもなあ、こういう都市を代表するシンボルはその場でしっかりエネルギーチャージさせてもらいたいんだ。さて、どうしようか。・・・と名案を思いつく。

私は塔の真下へ。ほらねえ、ちゃんと印もある。塔の中心、つまり塔の先をまっすぐ下におろした点にマンホールのようなものが埋め込んであってセンターがわかるようになっていた。そこに立って見上げると・・・

Paris104_3

面白い写真が撮れた。これだけ見せても「エッフェル塔」ってわからないだろうな。

やっぱりこのセンターだとちょっと「気」みたいなものが違うように思った。

外からの情報(テレビ、インターネット、携帯etc)を一切シャットダウンして規則正しい生活を送っていると「気」みたいな感覚がより鋭敏になるな、とこの旅で思った。おそらくもっと自然に囲まれた場所にいけばさらに、だろう。ただ、パリは都市といっても独特の磁場があるように思うので十分にパワースポットであるけれど。

私はしばらくこの場所でぼ~っとしていた。「ここが中心?ちょっと写真とらして」というおじさんが1名来たときだけ体をずらしたけど。・・・でもあまり皆興味がないようだった。

さて。次に向かったのはエッフェル塔の対岸側にある「凱旋門」。凱旋門は近くまで訪れた記憶がないので初めて。あの門の下に行くには地下道を歩かねばならないということも初めて知った。

Paris_121

この凱旋門から12本の道が放射線状に延びている。「12」という数字も意味が深いからなぁ。ここから延びているシャンゼリゼ通り、エリゼ宮前の広場をとおりコンコルド広場、そしてテュイルリー公園、ルーヴルと歴史的なモニュメント・建造物が一直線上が並んでいる。こういう直線のことを「パリの歴史軸」というらしい。興味がある人は調べていただくと面白い発見があると思う。

この歴史軸のまたの名を「王の道」というらしい。このことを知ったとき、2007年の春にタロットの最終講義を兼ねた南仏の旅を思い出した。

講義の最中、フランス人の先生が、「タロットとは『王の道』なのです」と説明してくれた。タロットカード・大アルカナ22枚のカードのうち、最初の「愚者(フランス語で"Le Mat")」は、「自分が愚か者であることを知っている愚者、つまり真の王である」と。この王が1番の手品師から21番の世界のカードまでを旅してゆくその過程が「王の道」であるということなのだ。これは人間の進化の過程を表しているともいえる。

そんな講義を受けていた旅の間に、私が大学時代お世話になったおじがこの世を去った。

おじとは4年間、同じ屋根の下で生活させてもらったが、彼の口癖はいつも

『王道をいきなさい』であった。

「王の道」を学んでいるときに、「王道をいけよ~」といっていたおじが去っていったので、以来、私にとって「王の道」(王道をいくこと)は、人生の指針となっている。

・・・という背景があったので、このパリの歴史軸にも自然と興味がわき、パリという風水都市もじっくり歩きたくなったというのがこの旅の目的のひとつであった。

話を凱旋門に戻します。地下道を通って、門下までいくと、これまた門の中央に面白いお印を見つけた。

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鷲のマーク。観光客は目にも留めずにどんどん容赦なく踏んづけていくけど・・・ごめんね、鷲さん。お詫びに撮影させて。パシャリ。

この鷲、私が使っているマルセイユタロットの「皇帝」のカードに出てくる鷲にそっくり。他のカードにも鷲はいくつか登場しているがこのポーズは皇帝のカードのに一番近い。ここは凱旋門だし。。。ネ。

さあ、凱旋門をあとにし、シャンゼリゼ通りをひたすら歩く。王の道をひたすら進む。

途中、右折し再びセーヌ側沿いへ。アレクサンドル三世橋を見たかったのだ。橋を渡りまた戻ってきて再びバトビュス(水上バス)へ乗船。1時間半ほどかけてノートルダム大聖堂付近まで戻ってきた。

水路を使ったのでゆったりした移動の1日となった。そろそろ散策最終日も終了。お土産を買いつつ、最後に訪れたのは、初日に祈りに来た「マドレーヌ寺院」。

朝は聖母マリアではじめて、〆はマグダラのマリア?・・・計画したわけではないがなんとなくそうなってしまった。

マドレーヌ寺院には小一時間ほどいたか。・・・またしても記憶が飛んだ。寝てしまったのか。ここに来るとなぜか記憶が飛ぶほど眠くなる。お祈りのつもりで静かにするのだけれど。。。

ホテルへ戻りひと段落。最後の夜は、サン・ラザール駅近くにあるビストロ「ル・ブッコ」へ。お店の名前は、「舌」という意味らしい。一人だとそれなりのレストランへ足を踏み入れるのは躊躇する。特に夜は。思いきっていってみたがここはとてもこぢんまりしていて店の人も親切、何より食事が美味しかった。地元の常連客らしい人が多かったが、私と同じ、日本人観光客のカップルも1組来た。ガイドブックに載っていたので日本人も頻繁にくるのかもしれない。機会があれば、ぜひどうぞ。

Le Bouco
10 Rue Constantinople, 75008 Paris
http://www.lebouco.com/Accueil.html

前菜のかぼちゃのスープが絶品だった。次の白身魚のムニエルも美味、白ワインも一杯いただいた。本当ならデザートにコーヒーといくところだが、私のお腹はもう満員御礼状態だったので、メインの魚料理で終了。お店の人はデザートもコーヒーも注文しない私を不思議そうに見ていた。・・・すみませーん。胃袋大きくして出直してきます!

最後の夜だけ少しリッチな夕食を楽しんだ。明日はいよいよ帰国日。早かったなあ。いや、十分に満喫したゆったりとした旅ができた。大満足。幸せだ。就寝前にタロットと対話。テーマは今回の旅について。

20110920_paris_148

なるほどね!一番左のカードが「ミソ」だわね!

今回の旅を実行させてくれたすべての環境と関わったすべての人たちに心から感謝しました。ほんとうにありがとう。

さて、明日はやっぱり5時おきだ。寝坊が許されないチェックアウトの日。目覚まし時計なしで・・・これがいけちゃうんですよ。というわけで、おやすみなさい。

その18につづく(・・・え? まだ続く?)

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旅日記 ~パリ~ その16

日曜日を迎えた。私のパリでの滞在も残すところ実質2日。

今日はまず、教会へ向かった。セーヌ川の向こう側、左岸にあるサンジェルマン地区はずれの「奇跡のメダル教会」。ここは、聖母マリアのお告げを受けたという女性(修道女)が体が腐らないまま眠っているといわれている。世界中からお祈りにくる人が絶えないらしい。

到着すると、時間を合わせたわけではないのだが、ちょうどミサが始まる頃だった。日曜日の朝の祈りのときなので、教会内はほぼ満席。最後列の席にそっと座った。

フランス語でかかれたミサのプログラムとにらめっこしながら、わかるところは一緒に声を発声した。祈りをささげる人たちと一緒になり祈りたかった。自分の個人的なことというより、もっと大いなる何か、全体に対して捧げたい祈り・・・そんな気持ちに自然となる空間だった。

最後に教会でうたわれた(流れた)、聖母マリアを讃える歌に私はまた、あのサン・ジェルヴェ・サン・プロテ教会で流したような洗われる涙を体験した。

Couronnée d'étoiles - Nous te saluons

この歌をもう一度聴きたく、私はミサがおわった後、外に出て次のミサの回が終わるまでそこにいた。歌は外にいても聴こえてきたから・・・。

今はすごいですね。探せばあるのだ、その歌も。
http://www.youtube.com/watch?v=UEmQh77K0Rs

20110920_paris_115

「奇跡のメダル教会」。ミサを終えて出たところ。

またしても涙で洗われたその余韻を感じながら・・・教会をあとにした。

次に向かったのは、市場。近くに「ラスパイユの市場」というビオマルシェ(オーガニック専門の市場)が日曜日にやっているとのことだったのでランチを調達しに。

行くとお店があるわあるわ。ここでは何人か日本人も見かけた。クロワッサンとニンジンのタルトを購入し、よし、お昼は用意できた。日曜日は飲食店含め、かなりの店が閉まっている。東京(日本)では考えられない光景。

そのまま左岸側を歩き、私が腰を落ち着けたのは、リュクサンブール公園。今日はここでお昼を食べてゆっくりと時間を過ごそうと決めていた。いやあ、今回の旅は天気に恵まれ過ぎている。そして今日は格別に気持ちのよい陽気。公園日和~。

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何もしないでぼ~っと座っている人多数。・・・気持ち、わかるなあ。

お昼を食べて本を読んで、子供が遊ぶのを眺めていたら2時間以上が経っていた。贅沢な時間だった。

そろそろいこか、よっこらしょと歩き出す私。

そのまま北上。リュクサンブール宮殿(公園)をまっすぐ北へ向かうと、芸術橋、ルーブル美術館の入り口・ピラミッドとラインが引ける。

途中の「セーヌ通り」。

20110920_paris_122

歩いていると、「ねえ」と左肩越しに呼ばれた気がして振り返る。と、

20110920_paris_123_2

交差している「ヴィスコンティ通り」がアートな通りだった。・・・ほんとに呼ばれたんですよ、ねえって(笑)。

ヴィスコンティといえばヴィスコンティ家とタロットは深い縁があるらしいのです。そして私はヴィスコンティ家の紋章に以前から非常に興味があります。。

そんなこんなで橋を渡り、右岸へ戻り、ルーブルのピラミッド付近で休憩しながらパンテオン近くに来てみると、耳に心地よい音楽が。

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ストリートミュージシャンズ・クラシック版だ。

バッハ始め、数曲聴かせてもらった。きっとプロの耳から聴いたらいろいろ意見はあるのだろうが、私はここでも目がうるんだなぁ。大勢の人が一体となって調和をはかっていることに心が共鳴して感動するんだよなぁ。

ひと段落したところで、御礼にお金を置いてその場を去る。周辺を散策して戻ってくるとミニ・コンサートは終了していた。あの時間に通ったから聴けた音色。こういう出会いは嬉しいものですね。

そんなこんなでのんびりとした日曜日も日が暮れてきた。さて夕飯を買ってホテルへ、と思ったら今日は日曜日。東京ではありえない、「スーパーも閉まっている」状態。あちこち探したがバーみたいなところしかやっていない。

とぼとぼホテル付近まで戻ると、なんと灯台もと暗し。近くのレストランが開いていた。そこで少し食事して帰宅。隣にいた老夫婦が仲よさそうだったな~なんて思い出しながら、部屋へ。

帰国が近づいてきた。明日は最後の散策日。残すスポットはあそことあそこ。

おやすみ~。

その17につづく

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