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2011年10月

今日を祝福しよう

今、ラジオから アンジェラ・アキの「TODAY」が流れている。

いい歌だなあ。歌詞がまた素晴らしい。

http://www.uta-net.com/song/56294/

何事も変わってゆくもの・・・。

昨日を後悔することより、明日を心配するより、

いつも 「今日を祝福する」自分で いたいものですね。

今を生きる感覚って本当に大事。特にこれからはもっと大事。

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旅日記 ~パリ~ その15

20時からのコンサートに向けて、オルガン奏者含めスタッフの人たちがせっせと準備をしている。私は早速前方の椅子に腰かけ、ぼ~っとしていた。人はまだまばら。

・・・と、左隣に誰かが座った。足元に目をやると、真っ赤な布地に白いどくろがいくつもプリントされている靴が飛び込んできた。思わずぎょっとした私。

あとで振り返ればその瞬間の「ぎょっとした」印象がすべてを物語っていたんだろうなあ。第一印象って結局正解だということが多い私。

目線を上げると、小さな丸顔の年配の女性が笑顔でこちらを向いていた。アジア系の女性。日本人ではなさそうだ。私も挨拶代わりに微笑んだ。

するとほどなく、彼女が色々話しかけてきた。私がフランス語を話せないとわかると、英語でコンサートは何時から始まるのか、何時頃終わるのか、等々聞いてきた。普通に会話をつづけていた私だが、「なんか変だな」という気持ちは拭えない。

人の数は徐々に増えてきた。若者から年配者まで、様々だ。20時までまだ時間はある。教会の堅い椅子がお尻を四角くしそうだな、、と思った。

そっと、左隣の女性を観察する。やっぱりなんか変だ。彼女は私がぎょっとするような靴を履き、スーパーに行く時持っていくような布バック、全くコーディネートできていない上下の服(余計なお世話だが)、極めつけは、男性ものの腕時計。しかも全然腕に合っていないブカブカの大きさ。

「寄せ集め」。急にこんな言葉が降ってきた。

「え? 寄せ集めって、、、どういうこと?」

彼女は再び話しかけてきた。「コンサートが終わったら、地下鉄で送ってあげるわ」

ここで完全に「ああ、そういうことか」と理解した。彼女はいわゆる、、窃盗が仕事なのだ。目下の獲物は、私。

この場所でオルガンを聴き続けるのは居心地悪いなぁ、と思った。どうしようか。まだ席に空きはある。会話が途切れて5分ほどしてから、私は席を立った。彼女から離れたところに移動。まるで、こっちの席の方がよく見えるからと判断したような素振りで(笑)さりげなく。

その途端、人の入りが以前にまして激しくなり、席がどんどん埋まっていった。私は敢えて彼女のほうを見なかったが、しばらくして目をやると彼女と目があった。こちらをじっと見ている。何かいいたげだ。言いたいのはこっちだよ。

コンサートが始まるまでヒマなので、私はこっそり彼女を観察しつづけた。離れて見てみるとますます奇妙だ。第一、行動がおかしい。常に右に左に頭を動かしてキョロキョロしている。まるで誰かを探しているかのようだ。そして私はすごいことに気づいてしまった。この会場に、「同類」がいる。時間差をつくって彼女の斜め前に着席した髪の長い男性、あの人物も仲間だ。辞書のような分厚い本を読んでいたが、読んでいる「フリ」をしている。ページがめくられることはないし、本を読まずに目線は別のところを泳いでいる。彼も何かを探しているようだ。・・・獲物を物色中か。次の瞬間、彼がそっと右手を上げて誰かに合図を送った。その先は誰かわからなかったが、仲間がいるのだと思った。

これが私の妄想だとよいのだが・・・と何度も思った。こんなに美しい教会で、皆が聖なる音を楽しみに来ている中で、闇の存在なんかあってほしくない。・・・でもおそらく私の勘は外れてはいなかっただろう。それを証拠に、コンサートが始まる直前、あの女性は姿を消していた。つまり、オルガンを聴きに来たわけではなかったということだ。標的の私が離れてしまったので別のターゲットを探しに行ったのか。ああして生きている人もいるのだ・・・ね。

という思いもかけないことがコンサート前にあって、エネルギーを消耗した私。コンサートが始まってもなかなかリラックスできなかった。・・・それでもオルガンの音色は素晴らしく、徐々に私の心を癒し、平静さを取り戻すのを助けてくれた。

私は帰りの地下鉄を一番気をつけねばと思っていたのだが、想定外の場面でびっくりさせられた。無料の場所には、無料ならではの人も混在しているということだ。大事には至らずよかったしよい経験になった。それにしても、あの「寄せ集め」という言葉。どこから降ってきたのだろう。

・・・で、帰りの地下鉄。まるで週末の夜のJR中央線のように若者でいっぱい。まったくもって安心だった。座った席のとなりの男の子がヘブライ語の勉強をしていたので驚く。日中、ヘブライ語のことについて考えていたからだ。なんかこういうこと、多いな。そんなこんなで無事にホテルへ戻り、安堵。今日も楽しかったぞ。

土曜日終了。明日は日曜。明日はセーヌ川の向こう側へ。。。と思いながら夢の中へ。

その16へつづく

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旅日記 ~パリ~ その14

モンマルトル散策を終え、Notre-Dame de Lorette駅近くの「ローズ・ベーカリー」で昼食をとる。朝からずっと歩き通しだったので着席してほっとする。ここは、オーガニック・デリ。偶然にもぱっとガイドブックを広げたら目に留まったのがこの店だった。

それはそれは大きなサーモンをいただく。・・・おかげでこの日の夕食もほとんどパス。胃袋がミニサイズで、、うーん。旅の間だけでもエキストラ胃袋が欲しい(笑)

ここは人気店らしく、あっという間に満席になった。フランス人の家族と相席。パリの人はとっつきにくい、、なんて誰が言ったのだろう。愛想がないのはスーパーのおばちゃんぐらいだ。いつも食事の際に隣り合わせる人たちはみなフレンドリーだ。笑顔も挨拶もかかさない。私がフランス語に堪能だったらさぞかし会話もはずんだことだろう。

ランチタイムをゆったり過ごした後も、楽しい出会いがあった。出会いといっても今度は人ではなく、『本』。フリーメイソン博物館となりに「DETRAD」という本屋があった。興味があることって、無意識にアンテナを張っているものだなと思う。そう、ここでタロットの本と出会う。本屋をみた瞬間、(わたしにとって)「イイモノ」がある匂いがした。迷わず入る。店内をキョロキョロ。タロットの本は窓際近くのガラスケースの中に2冊だけあった。

店主のおじさんにケースから出してもらい、パラパラと。中身はもちろんフランス語。だが絵が実に多かった。参考になるシンボルもかなりの数。迷わずお買い上げ。おじさんにレジで「フランス語だけどいいのか?」と念をおされた。いいもーん(笑)。

洋服もお菓子も化粧品も買わないけれど、このときばかりは「円高」に感謝。本代もバカにならないから。

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そうそう、アンテナを張ると言えば、土曜日にマレ地区の「テンプル通り」でこんなチラシにも出会った。ついでなのでここにご紹介。
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タロット講座のお知らせ。しかも、私と全く同じマルセイユタロット使ってる!・・・なんだか嬉しかった。仲間だ~。

軽い足取りでいったんホテルへ戻る。まだ夕方だった。・・・このあとその日ははじめての「夜外出」を計画していた。

土曜日に訪れた、サン・ジェルヴェ・サン・プロテ教会 で20時からクープランのオルガンコンサートが予定されているのだ。夜に教会でオルガンコンサート。しかもあの洗われるような涙を流した教会で。ぜひ聴きに行きたかった。

19時過ぎに再び外出。まだ外は明るかった。教会に到着すると人はまだまばら。教会の椅子がコンサート用に中心に円形でセットされていた。早めに来たので前の方に座れた。

・・・今宵はオルガンの音色で癒される・・・のはずが、ここで私は思ってもみなかった出来事に遭遇する。いやはや、こういうこともあるんだ。

その15につづく

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旅日記 ~パリ~ その13

4日目。土曜日。今日はモンマルトル方面へ行くことにした。中心の1区から見てほぼ北の方角。主に9区(18区も入るかも)エリア。

今までは8区にある滞在ホテルから中心の1区方面に向かうルートの地下鉄を利用していたが、初めて反対方向の路線を使う。乗る線でこうも違うのかという雰囲気の差があった。

まず目指すは『サクレ・クール聖堂』。モンマルトルの丘に建つ、ビザンティン建築の教会。サクレ・クールとは「聖なる心」という意味だとか。

Abbesses駅からなんとなくサクレ・クール聖堂方面へ歩けばいいか、とほとんど下調べなしに向かった。・・・と地下鉄を降りて地上に出ると。困った。道が入り組んでごちゃごちゃしてる。人もほとんどいない。別に怖くはなかったが、夜は歓楽街が近いのでさぞかしにぎやかなんだろうなと思わせる雰囲気。・・・そしておっと、急な階段ばかり。。。地図とにらめっこしながら右へ左へ。脚力に自信のある私でもきつーい坂と階段。

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迷うかと思いきや、意外にスムーズに到着。これがサクレ・クール聖堂か。近すぎて全貌がカメラに入りきらない。ピーカン天気だなあ。青空とビザンティン・スタイルの白い教会がよく似合う。内部は撮影しなかったが、ここの空間も凛としていて素晴らしかった。しばらく祈りの時間に充てた。
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モンマルトルといえば芸術家の街。絵描きさんも沢山いた。そして街全体がアートだ。この後はしばし写真をお楽しみください。

通行人を楽しませてくれるお店の壁。赤がよく映える。
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「壁抜け男」さん。あとちょっとで抜けられそう~!
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通りの隙間から見える「サクレ・クール」。この写真は私のお気に入りの一枚。
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朝、何気なく通り過ぎたが・・・ここはピカソがアトリエにしていたという住居。この時気づいた。
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映画「アメリ」で登場した八百屋。早朝なのでお客さんも誰もいない(笑)。Shakespeare & Companyの本屋ほどは興奮しなかったが嬉しかった。モンマルトルにはなぜか赤が似合う。
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・・・何時間歩いたかな。急な坂道なので車の通りもほとんどなく、パリの中心街とは少し違った空間でほんとうにゆったりとした散策だった。満足してモンマルトルの丘を下る。朝到着した地下鉄付近まできたところで、そうだ、こんなスポットもあったのだ。

「ジュ・テームの壁」。世界中の言葉で「愛しています」がささやかれている。
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日本語み~つけた!
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パリの土曜日は、実にアートな午前なのでした。4日目後半は、

その14につづく

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旅日記 ~パリ~ その12

3日目。この日は旅の中でも特に行く場所を意識して設定した日だった。

日付は9月23日。・・・ピンとくる人がいたら嬉しい。そう、今日は秋分の日。
・・・それがなんなの?という人は、・・・サラっと読んでほしい(笑)。

一応簡単に書くと、今年はこの日に太陽が「天秤座0度」を通るのだ。パリの時間だと午前11時05分。宇宙はマクロコスモス、人体はミクロコスモス。太陽系の中心である太陽の動きは、ミクロコスモスである私たち人間への影響も絶大だ。物質的にも霊的にも。1年のうち太陽が重要なエネルギーポイントを通過する時期をあげるなら、春分点・夏至点・秋分点・冬至点の4つといわれている。・・・面白いと思う人にはたまらなくワクワクするイベントでかつ有効にエネルギーを活用できるポイントだが興味のない人にはなんのこっちゃ、だと思います。人それぞれですな。

ただ、日本の習慣ではこの大事なポイントのうち、春分・秋分を「お彼岸」の時期にきちんとあてて祝日も設けているのだから、やはり古代から霊的に意味のある時期なのであります。

と前置きが長くなったが、このエネルギーの重要な日に、「パリのどこにいようか」については結構綿密に選定した。この日選んだのは主に下記の場所。

・ノートルダム大聖堂
・ポン・ヌフ橋、芸術橋
・サン・シュルピス教会 ほか

特に11:05にどうしてもいたかった場所。それはサン・シュルピス教会。ここには教会内に大きなオベリスクがある。かの「ダ・ヴィンチ・コード」で一躍有名になった(なってしまった)教会だ。この教会をローズライン(子午線)が通っているとかで小説でとりあげられたが、教会側はそんな異教徒の説はないと反発したらしい。私が訪れたときは、その熱も冷めきっているような人もまばらな静かな場所となっていた。

下記がそのオベリスク。全体像は今回載せられないが、下部に記されている文字の最初にASTRONOMICUSと書かれている。

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天文学者がこの教会を日時計か太陽(惑星)観察に使っていたことは間違いないのであろう。パリは今でこそ基準子午線が東経2度20分だが、パリをローズラインとして使っていたことがあった時代を想像すると、この教会での天文学観点からの役割も・・・ワクワクするような連想が広がる。歴史の事実の真偽はともかく、旅を通してこういうワクワク感に出会えるのは何より楽しい。

そうそう、この日は朝一番でノートルダム大聖堂を訪れた。8時過ぎの大聖堂内はまだ人もまばらで、こんなに人の少ないノートルダムは初めてだった。やはりこの場所は素晴らしい。内部の波動の高さといったら・・・自分の身体が一度きれいに「初期化」される気分になれた。大袈裟かな?いやいや、本当にそんな気分だった。

大聖堂前の広場には、パリのゼロポイントを表す印が埋め込まれている。

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パリから何キロ、はここから測られているらしい。東京にも日本橋にそんなポイントがありますね。天秤座0度の日にかけてこのポイントもこの日に訪れてみました。

とにかく3日目は大忙し。地下鉄などは使わず、すべて歩いて行きたいポイントを巡ったのでした。

ノートルダム大聖堂。ご存知、「我らが貴婦人」。聖母マリアがまつられている。そして実は地下にはマグダラのマリアがまつられているとも。。。

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下記はセーヌ川を渡った左岸側からのお姿。どこから見ても美しい。
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パリ最古の橋、ポン・ヌフ。「川を渡る」という行為とこの時期の「彼岸」をかけて、橋を渡る。こちらの世界とあちらの世界。川を挟んでパラレル・ワールド?
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ポンヌフの隣の芸術橋。この直線上にはルーブル美術館のピラミッド、リュクサンブール宮、パリ天文台があるのです。
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芸術橋にかけられたたくさんの「鍵」・・・何の約束か何の誓いか?
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最後にオマケで。この旅の最中、私が唯一「ミーハーな気分で興奮」した一瞬だった。
左岸を散策後、細い通りから出てきたその場所に見覚えが。・・・なんと大好きな映画「Before Sunset」で舞台となった「Shakespeare and Company」という本屋が目の前に。

・・・ここでイーサン・ホークが読書会やったんだっ 思わず店内に駆け込んだ私(笑)。
いやあ、感激したなあ・・・(単なるミーハーでした)
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この日はその後、中世美術館でお目当ての「一角獣と貴婦人」のタペストリーを堪能し、アラブ世界研究所に寄って(ここの9階にある展望台はオススメ。無料です)、サン・ルイ島でランチをとった。盛りだくさんの日。最高の秋分の日でした。

ああ、日記その12なのにまだ3日目。ピッチをあげます~

その13につづく


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旅日記 ~パリ~ その11

マレ地区をひととおり楽しんだ後、さてどうしようか。今回の旅は半分ほどきっちりスケジュール化してあとは気の向くまま、としている。後者の時間になったようだ。

東京にいると便利だなと思うことのひとつが、化粧室(トイレ)を探すのに苦労しないこと。こちらでは、飲食店に入るかホテルに戻るか、、あとは有料の施設(美術館など)を利用するかしかない。・・・そう、私は急にトイレを探し始めた(笑)。これがなかなかない。そのためにカフェに入る気もしない。デパートも巡ってみたが探し方が悪いのか、見つからない。

とぼとぼ歩いているとパリ市庁舎の近くまで来ていた。横断歩道を渡るとき、私の視界にヒラヒラとした布が見えて・・・次の瞬間、まるでその布に連れて行かれるようにある場所に体が移動した。

本当に「連れて行かれる」という感覚だった。気づくとそこは教会。入る瞬間、

『ボーン、ボーン、ボーン、ボーン』

出たぁ。また鐘だ。しかも今回は00分ではない。12時半少し前だったか。。。

場所は、パリ市庁舎となりにある、「サン・ジェルヴェ・サン・プロテ教会」。

教会に関する情報はまったくないまま中に入る。

・・・と、前方祭壇周辺には 白を基調とした布をまとった人が多数。

ちょうどミサが始まる時間であった。そうか、さっきの鐘はミサ開始を知らせる合図だったのだ。

これもご縁と思い、そのまま参加させてもらった。

祈りの時間は30分ほど。祈りの言葉がささげられ、そして歌も聴くことができた。

教会で発せられる言葉は、教会の創り(建築)が影響しているのであろう、よく響き、たとえ私にとって内容が理解できないフランス語であっても大きな波動として何かが伝わってくる。特に歌となるとそれが顕著だ。歌は何度もうたわれたがその肉声の響きに私は自然と、、、涙があふれた。悲しくてではなく、心が「洗われる」ような涙を流した。

祈りの時が終わり、解散となった。教会内を一回りする。祭壇の奥に聖母マリア礼拝堂があるが、ここは今回の旅で訪れた場所の中でもひときわ印象に残る「聖域」だった。

敬虔な信者が静かに真剣にときを過ごしておられたので、そっとその場をあとにしたが、本音は私もずっとそこにいたかったような・・・。

あとで調べた資料でわかったが、私が参加した「昼の祈り」は、『エルサレム修道会』が行っている1日に3回実施される「聖務日祷」の中のひとつらしい。興味のある方は、エルサレム修道会 でご検索を。

祈りの余韻にひたりながら、ホテルに向かった。土曜日にこの教会でオルガン演奏会があるらしい。行ってみたいな・・・と思いながら。

そうそう、私を横断歩道の途中から教会に導いた「布」とは、エルサレム修道会の修道女の方の「衣服の裾」でした。・・・自分の意思でなく有無を言わせず「連れて行かれる」 ってあるんです!

その12につづく

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旅日記 ~パリ~ その10

St. Paul駅南側(セーヌ川方面)をまず散策したが、次は北側へ。まず向かったのがこちら。

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10番地にある、アール・ヌーヴォー建築のギマール・シナゴーグ。
そう、このあたりはユダヤ人地区でもあるのだ。窓に朝の光がキラリとあたって美しい。

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入口の扉上には、「ダビデの星」が。ユダヤ教・ユダヤ民族の象徴だ。

これより下は、カメラを向けなかった。信者の人がおおぜい集まっていたから。

近くのロジエ通りは、おしゃれなショッピングストリート。午後にここでユダヤ料理の『ファラフェル』(ひよこ豆のコロッケ)を食べた。野菜と一緒にピタパンに挟み食べるファーストフードタイプ。美味しかったが、私を夕食抜きにさせるぐらいのボリュームだった。

マレ地区散策は、色んな意味で楽しめる場所で記すときりがないのだがもうひとつ。

貴族の館を修復した「ベテューヌ・シュリー館」という建物がヴォージュ広場近くにある。ここの裏側には中庭が2つあるのだが、そこでは2つの寓意的なレリーフが楽しめた。

1つは自然を描いたもの。こちらが北の中庭の壁。『春』がテーマ。鳥と花がみられる。

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そしてその右隣には『夏』が。小麦が夏の象徴に使われている。

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壁をくぐり、もうひとつの中庭にでると、南側(ちょうど上記の壁の反対側)の壁に、今度は秋と冬のレリーフがみられる。『秋』の象徴は葡萄だ。
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その右隣が『冬』。・・・冬はなんと、象徴として老人が刻まれている。・・・人生の冬=命の終わり=老年期、ということか。
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春夏秋冬のレリーフをみたあとは、もうひとつ。この世を創っている「四大元素」の登場だ。

秋・冬のレリーフと同じ中庭の東西にそれは刻まれていた。

西の壁には、左に「風」、右に「火」が。
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東の壁には、左に「土」そして右に「水」のレリーフ。水が一番わかりやすいかもしれない。
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「春・夏・秋・冬」。そして「地・水・火・風」。めぐる"季節"と"四大"元素は、タロットを研究している私にとって基盤となる象意だ。こうしてここパリの地で、昔の人が刻んだ「象徴」を直接目にすることで、私のタロット研究への意欲がさらに増すのでありました。

その11に続く

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旅日記 ~パリ~ その9

2日目の朝。目が覚めたが外はまだ暗い。時計を見ると5時。パリに来ても私の体内時計は目覚ましが5時にセットされているらしい。ぐっすり眠ったなあ。静かな夜だった。

パリの朝は8時近くになってやっと明るくなってくる。朝食をすませ、空が茜色になったころ、ホテルを出た。向かったのは中世のたたずまいを残す、『マレ地区』。

地下鉄のSt. Paul駅を下車し、私のマレ地区散策は始まった。ここは宗教色が通りの名前に色濃く残っており、

"rue du Temple" テンプル通り

"rue des Blancs Manteaux" 白いマントの通り

"rue du Prevot" 首席司祭の通り

など、面白い"rue"=通りがみられる。13世紀ごろには、ここにテンプル騎士団が居を構えていたらしい。私はマルセイユタロットを学ぶ中で、テンプル騎士団の存在を知った。彼らの存在はマグダラのマリアと同じぐらい謎めいており興味深い。タロット、マグダラのマリア、テンプル騎士団は接点がないようで・・・繋がっているといわれている。ある教えを通じて。

中世の香り漂う街の中をブラブラ散策してゆくと、目の前に教会が見えてきた。地図で確認するとそこは、サン・ルイ・サン・ポール教会。これかあ、と見上げた瞬間、

『ボーン、ボーン、ボーン、ボーン』

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あらま。なんとまあ今日も鐘のお出迎えだ。時計を見る。午前9時。決して合わせているわけではない。魅力的な小道をくねくねしながら、教会側面の入口から中へ。

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私以外、誰もいなかった。・・・朝の静けさとあいまって、おどろくほどの清浄な空間がそこにはあった。

形には波動がある。・・・なんとなくそんな直観が降ってきた一瞬だった。

しばらくの間、この教会で瞑想していた。

自分が日本人であるとか、今パリを旅行中とか、朝何を食べたとか・・・そんな雑多な思考とは切り離された"ある世界"をこの場で感じることができた。

その10に続く

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旅日記 ~パリ~ その8

『マドレーヌ教会』。ここは聖母マリアではなく、マグダラのマリアがまつられている。

マグダラのマリアについては諸説ある。

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娼婦であったがイエスにより救われた女性。

十字架に磔にされたイエスの最期を見届けた者の一人。

イエスが死んで3日後に墓から甦った際の最初の目撃者。

そして、実はイエスの使徒であり最愛の人であったという説。

イエスの妻でかつイエスの子をひそかに産んだのではないかという説は、かの「ダ・ヴィンチ・コード」以来有名だが、どれもはるか遠い過去のこと。歴史は語る人によって如何様にも脚色され、事実とは異なる物語はいくらでも創造される。イエスの存在そのものも事実であったか、という考え方もある。・・・真実は確かめようがない。

パリにあるこの「マドレーヌ教会」が、マグダラのマリアを、どういう人物としてまつっているのか、つまりイエスによって改心した女性としてなのか、イエスの最愛の人ととしてなのかは不明だ。教会が公開している説明も"本心"かどうかもわからない。

そこの追及は私にとっては今のところ二の次のこと。とにかく私はこの教会が好きであり、そういう謎の背景へ想いを馳せるのも楽しい。何よりこの教会の波動(雰囲気)が素晴らしい。

人もまばらであった。祭壇近くの前の方に座り、しばらく祈りを捧げた。

・・・気づいたら小一時間経っていただろうか。そんなに経っていない気がするが・・・。どうやら寝てしまっていたらしい。

昼を過ぎていたので、教会の地下にある食堂のような場所でランチをとった。味は、う~ん、食堂の味!量は半分でいいからもうちょっと味にパンチが欲しい(笑)。大味といったところか。お店の人は教会の職員なのだろう。やたら親切だった。ただし、ニコリともしない親切。ちょっと不気味・・・笑 とはいえ、誠実な対応に安心してランチタイムを過ごした。

パリでの最初の食事はマドレーヌ教会運営の地下食堂。ま、これも思い出ですな。

さて。チェックインすべく、ホテルまで頑張って徒歩で戻る。ちょうどチェックイン時間だった。フロントでは何やらハデな言い合いが繰り広げられていて・・・。

ホテル側はフランス人。客側はイタリア人。どっちもリアクションが大きいな~。よく解らない言葉が飛び交っているが、ケンカってどうして内容がわかっちゃうものなのだろう。チェックイン時に保証としてクレジットカード提示を求められて、いやだのどうだのと争っている。

そのケンカのブレイクタイム?に私はおとなしくチェックイン。やっと部屋で落ち着ける。部屋は3階の中庭側で、広さはあまりないものの静かな場所だった。そして必ずあってほしかった「タロットができるぐらいの机」もちゃんとあった。

ここに約1週間お世話になるのだ。自宅から持参した色んなアイテムを取り出して、自分が落ち着くように部屋を整えた。

そのあと、スーパーへ買い物に行きその日は早めに就寝。東京でも毎日早寝だけど・・・笑。

明日は楽しみな場所のひとつ、マレ地区へ。ワクワクするな~。

その9に続く

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旅日記 ~パリ~ その7

次に向かったのは、同じく9区にある教会。サン・トリニテ教会からは歩ける範囲内と判断し、東方向へ歩みだす。メジャーなガイドブックには載っていない。ネットで見つけて興味を持ったのでチェックしていた教会だった。

・・・しかし、地図にない通りを探すってかなり困難。行ったり戻ったり。ふぅ。自称・海外一人旅なら結構地図が読める女 であるはずの私もこの教会に辿りつくのは今回の旅中で一番苦労した。最終的に助けになったのは現地のメトロの地上口前に表示されている地図だった。細かい通り名まで載っていてようやく場所を把握できた。こんなとき、iPhoneでも持っていれば簡単だって・・・?いやいや、紙の地図と自分のカンを頼りに歩き続ける旅の醍醐味というものも忘れてはならぬのです。

汗をふきふきやっと到着。ああ、ここだここだ、と教会を見上げた瞬間、

『ボーン、ボーン、ボーン、ボーン』

ドキっとした。・・・まただ。思わず時計を見る。10時。あれからちょうど1時間発ったのだ。歩くのに必死で時間なんて忘れてた。またもや到着と同時に鐘が鳴ったのだった。

歓迎の鐘に心躍らせながら、中へ。

『サン・トゥージェーヌ教会』。

優しく包んでくれるような、外とは別の時間が流れているような清浄な空間だった。ステンドグラスが実に美しい。人は地元のお母さん・子供たちがちらほら。静かだった。

椅子に腰かけしばらくその場で時間を過ごした。ほっとしたのか力が抜け、少し疲れが出てきた。・・・東京から随分離れたところにきたもんだ。(しみじみ)

この教会で写真は撮らなかった。ココロのカメラではしっかり撮ったけど。疲れもあったのだろうが、カメラのことをすっかり忘れてその場に溶け込んでしまっていたようだ。

さて。次に目指したのは、マドレーヌ教会。8区にある大きな教会だ。迷いの末に目指す教会を見つけた達成感もあり、かなりパリの景色にも道にも慣れてきた。マドレーヌ教会までは多少距離はあったが、地下鉄に乗る気がせず歩くことにした。パリの道は慣れればかなりわかりやすい。マドレーヌ教会までもなんなく到着。おお、なつかしのマドレーヌ教会が目の前に!

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なつかしの、というのは2007年春にタロットの勉強で南仏に行った際、最後の滞在地がパリでここを訪れていたのでした。それ以来。

まるでギリシャ神殿ですな。

この教会には、マリアがまつられています。マリアといっても聖母マリアではなく、

『マグダラのマリア』 です。そう、マグダラのマリアに会いに、中へ入ります。

その8に続く

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旅日記 ~パリ~ その6

パリ市内への道はかなり混雑していた。事前に得ていた情報では、早ければ40分程度、渋滞時は1時間以上とのことだったが、私の宿泊先までは結局1時間半近くかかった。

必然的にそれだけタクシー代もかかり、予算オーバーだったが、タクシードライバーが誠実な安心できる人だったので快適な移動で満足。パリ市内に入ってからの車窓から見る街並みは、私を一気にパリジェンヌ気分にさせてくれた。テンションがさらに上がる~

ホテルに到着。当たり前だがチェックイン時間前。午前8時半。スーツケースのみ預け、いざ、街中へ!

ヨーロッパを旅をすると私は突然、『地図の読める女』に変身する。一人旅なので、誰も頼れないという気構えもあるのだろう。加えて、ヨーロッパの街は通名がきちんと表示されており、東京の街中を歩くよりわかりやすいかもしれない。

とはいえ、最初はしばらく街に慣れるまで戸惑う。あれ?こっちが○通りでこっちへ行くと。。。いいや、とにかく歩きながら慣れよう。パリは小さいのだ、と言い聞かせる。

しばらく行くと、前方左手に大きな教会が見えた。あれ、ホテルから近いこの教会はえっと。

サン・トリニテ教会だ。

私は東京での自宅の氏神社も大事にしているが、旅先での最寄り教会もまず赴いてみようと思っていた。慣れないまま迷いつつもここに来られたのだ。

教会の敷地内に足を踏み入れた瞬間、

『ボーン ボーン ボーン ボーン・・・・』 鐘が鳴り響いて はっとした。

時計を見ると午前9時。・・・でも私には時の知らせというより、 

「ようこそ」の歓迎のメッセージに聞こえた。こういう"計らい"はあるものなのです。・・・というのは、この後のパリ散策でさらにそれを感じさせられたのでした。

その7に続く (下記は そのサン・トリニテ教会)

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旅日記 ~パリ~ その5

シャルル・ド・ゴール空港。この空港は信じられないぐらい・・・広い。一方で、この広さの土地を空港にするために交渉した地主(農主)はたった4人だったとか。日本とはスケールが違うのね(^^)

入国時は実にスムーズで簡単だった。根掘り葉掘り鋭い視線で質問を浴びせてくるどこかの国とは大違い。フランス人の入国審査官が「アリガトウ」とパスポートを返してくれて、日本人の私が「メルシ」と返事していたのは後で想い出しても滑稽で笑える。お互いの国の言葉で、という歩み寄りが見える嬉しいコミュニケーションだね。

さて。ここからが気合がいる。ホテルは8区。空港からのシャトルバスはホテルからは少々距離があったのでタクシーを利用すると決めていた。ただ、一人旅でタクシー利用は初めての私。日本から日本人ドライバーの送迎用タクシー手配も考えたが、なるべく仲介者を入れず、こんなに来たかった場所・パリの現地の人にお金が全部行きわたる方法がいい、と思い、現地でタクシーに乗ろうと決めていた。

空港からすでに、日本とは全く違う。色んな人がいる・・・見かけも何もかも。あまりキョロキョロせず、慣れているかのように堂々と歩く。そういうことも大事。地図も広げない。・・・でもタクシー乗り場ってどっちだよ?

偶然にも、目が合った空港の職員らしき女性が出口とタクシー乗り場を英語で案内してくれた。・・・そう、私は全くフランス語が話せない。フランス語と比較すると英語が信じられないくらい簡単に思えるからコレ不思議(笑)

タクシー乗り場にはすでに行列ができていた。先の予定も決まっていないし、気長に行くか。待ちながら、どんどん流れていくタクシーの様子を見ていた。すると、

『どのタクシードライバーにあたるか』で、結構差があるなあと気づいた。

ドライバーも人種さまざま。外見ですべては判断できないが、態度以前に、明らかにお仕事できなさそうな、道が解らなさそうなドライバーもいる。・・・私を担当する人はどんな人ぞ?・・・ちょっと心拍数が上がる。いやいや、これもご縁。自分にぴったりの人がくるはず!

いよいよ次が私の番になった。タクシーは3か所に停車場所があり、お客を乗せた後、次々出てゆく。ところが、ある1台が客を乗せたにも関わらず停車場所に居座っている。おかげで次のタクシーがお客を乗せられない。

すると、しびれを切らしたのだろう、次に停車場所にとめようとしているタクシーのドライバーが車から降りてすごい勢いでその出発しないタクシーに文句を言いにいった。ものすごい剣幕。こっちの人ってジェスチャーもハデだなあ。

・・・え?もしかしてあの人が私の担当?

心拍数がさらに上がった。見かけはきちんとスーツを来たおそらく40代ぐらいの男性。・・・気の短い人はニガテ。。。

他が空いたので彼のタクシーが停車場に着いた。私はドキドキしながら近寄った。

すると彼はさっと私の方にやってきて。

『マダム、どちらまで?』(たぶんそういったはず)・・・あら、紳士だわ。

地図を見せながら、機内で苦し紛れに覚えたフランス語を使ってみた。

『ア セッタ ドレス、シルヴプレ』(この住所までお願いします)

『かしこまりました。マダム』(たぶん、そんな意味)

車はプジョー。乗ったことあったかな?なんか初めてな気がする。車内もなんと綺麗な。

そして出発。ほどなく、フロントガラス前にぶらさがっていた大きなロザリオに気づき、私は何かに暖かく包まれたような安心感をおぼえた。日本から持ってきていた十字架のお守りをそっと握りしめた。

その6に続く

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旅日記 ~パリ~ その4

9月20日にパリに向け発った。正確に言うと、21日になった直後。羽田から深夜の直行便が飛んでいる。その日は仕事をし、定時にオフィスを出て(私がソワソワしていたのを感じとって優しく見送ってくれた同僚の皆さん、ありがとう!)いったん帰宅。身支度を整え、いざ。

羽田から海外へ行くのは初めてだった。品川から京急で向かう。国内線ターミナルの手前に国際線ターミナルへの駅があるんだ。スーツケース持参で向かったので、十分余裕をもって家を出たがそれでもかなり早めに到着。

そういえば夜の便も初体験だと気づいた。22時近くになると空港も静かなものです。チェックイン手続き後、身軽になった私はしばらくお別れになるであろう、"海苔でしっかり巻いた自前おむすび"を2つ平らげる。そのあと、展望デッキに行って夜の空港をぼ~っと見ていた。家を出るとき霧雨だったのがかなりの雨量になってきている。台風の影響だろう。帰国してから知ったのだが、21日の午後から東京は交通マヒが起こるほど台風がすごかったらしい。出発が一日遅れていたら、、、空港に辿りつくのも大変だったかもしれない。・・・20日は「空の日」だったのでお空が味方してくれたのカナ?

23時にぼちぼちかなあ、と出国。搭乗口エリア付近では、同じ便に乗るらしき人がまばらに。まだ早いのだろう。0時35分発だものなあ。・・・寝ている人もいた。私も真似して横になってみた。・・・それほどガラガラだった(笑)。まさか熟睡できるはずはなく、落ち着かないので立ちあがって体操を始める。飛行機に乗ったら12時間もそのまま。運動は今のうち、とヨガやってみたりストレッチしてみたり。・・・人の視線は気にしない。搭乗前に身体にこういう配慮を丹念にしておくと、後々だいぶ違うのです。まあ私の場合、機内でも化粧室前の通路で足あげてストレッチ、、など平気でやりますけど、ネ。

そして搭乗時間がやってきた。うー。ワクワクするぅ。コーフンするぅ。この機内に入る瞬間も楽しい。チケットをチェックしてくれた女性が笑顔で「いってらっしゃい」と送ってくれた。私も「いってきまーす」と元気よく返した。そう、「いってきます」という言葉は、『行って』そして『(帰って)来ます』なのです。無事に帰って来られるよう、ちゃんと声に出していう意味が大いにあるのです。

私の座席は窓側3列の真ん中。私の左側(窓)には、日本人男性が、右側には日本人女性が着席。両側の二人とは、パリ到着1時間前ぐらいから親しく話すようになったが、それまではそれぞれがマイペースで、男性は何本も映画やドラマを見てあとは寝ており、女性は早々にお酒を体に入れて薬を飲んで(これは後になって本人から聞いた)アイマスクとマスク、まくらという完全装備で(笑)あっという間に寝ていた。機内での過ごし方はほんとにそれぞれ、ですな。

私はというと、音声・映像は一切触れず、といって熟睡するわけでもなく、最初は本を読んだがそれも長く続かず、たびたび「飛行機の位置と高度と時間」をチェックする以外は、

ぼ~っ としていた。そしてたまに結跏趺坐(ヨガの座り方。あぐらみたいなもの)。機内席でこれができるのは体が小さいおかげ。このときばかりはミニサイズな自分に感謝^^

12時間って長いのか短いのか、、、とうとうパリに到着。

機長のランディングが神業だったなあ。『ガクン』『ゴリゴリ』まったくなし。感動するほどなめらかに着陸した。出発が少し遅れたのにも関わらず、定刻より少し早く到着。早朝6時。天気は快晴らしいが、外はまだ真っ暗。真っ暗のパリか。飛行機は窮屈だけど何かあれば日本語で気軽に話しかけられる人たちがいたが、これからはそうもいかず、一人。気を引き締めて空港へ降り立った。

とうとう着いたぞ~。

その5に続く

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またもやぼやきで

パリ旅日記は週末に続きを、と思ってます。お楽しみにネ☆

今日もぼやきを。・・・ぼやきというか私にとっては偉大なる気づきを。

この世はパラレルワールド。表と裏があるとすると(いや、あるのだけれど)

表面が、皆がフツーに見ている世界。これはこのブログのこの画面に相当します。

で、裏面が、目に見えないと言われている世界。これは、このブログで表現するとすると、「HTML画面」に相当します。

・・・わかってくれる? 解ってくれる人はきっと解ってくれる。私はこのことに気づくために運輸業界からIT業界へ転身してきたのだと思うほど、個人的には偉大なる気づきだった。苦労して自分でホームページを立ち上げたことも意味があった。

ヒンズー教の経典も「数字だらけ」だと言います。

主導権は、HTML画面=陰の世界、にあります。

数学とアートは表裏一体です。

古代は天文学者=易者でした。(今はどうかな?)

石工職人=フリーメーソンです。

涅槃寂静=10のマイナス24乗、これにもぜひ注目を。

こういう視点で世を視ると、面白いですね。

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今日はぼやき日記で

パリの旅日記は一休みして今日はぼやきをひとつ。

昨夜観た夢。

自分のアタマが3分の1ぐらい禿げている夢。もちろん、夢の中でも相当焦っている。反対側の髪をむりやりもってきてバーコード状態にしてかなり頑張るがどうしようもない、みたいな状態。他に何人か人もでてきたが、禿げたことにフォーカスされすぎて、目覚めた後は『禿げた』以外の映像があっという間に消えた。

ん~。なんだったんだあの夢は、と出社。

ふと、ミーティングで離席している上司の机におかれた雑誌に目がとまる。

"すべらない話術"特集だったので面白そうだな、とちょっと拝借。冒頭の目次を見てぎょっとした。

『ハゲは、病気ではなく、男の主張である 孫正義(ソフトバンク社長)』

わっ。また出た。ハゲ。・・・日常で、2回続けて同じ情報が飛んでくると 意味ありメッセージと受け取るクセがついている私。その目次の記事ページを読んでみる。

どうやら、孫さんは ハゲという話題を意識的に自分から発信しているらしい。。。定番の自虐ネタというわけだ。「笑わせ上手は稼ぎ上手」という特集ページだった。ちなみに雑誌はプレジデントの10月3日号。

私が注目したのは、自分がハゲた夢と ハゲは男の主張である というこの2つの接点だ。

髪は女の命です、とよくいうが、頭の毛は女性ホルモンと関連する。夢の中でその髪の3分の1がなくなっていた私。そして、ハゲは男の主張、という記事を翌日目にしてしまった私。・・・うーん。自分の中の女性度が落ちている、いやいや、男性度が上がっているというメッセージか、と思った。

これにはもう1つそれを後押しする出来事がある。

パリ旅行の直前に、朝のラジオから流れてきた「男性ホルモンと女性ホルモンどっちが多いかの見極め法」の話。手の指の人差し指と薬指を比べて、人差し指のほうが長ければ女性ホルモンが多い、薬指ならば男性ホルモンが多いとのこと。

自分の指をまじまじと見た。・・・見事に長い。薬指のほうが。・・・私は女なんですが。。。

その後まもなくパリ旅行に発った。帰国する便の機内で何気なく手にとった雑誌の冒頭特集。

『男性ホルモンと女性ホルモン特集』・・・またですか。はい、2回目。しかも指の長さ比べが図解説で載っている。ラジオで聴いたこととまったく同じことが書いてある。

人間は胎児のときに、母親のおなかの中で男性ホルモンと女性ホルモンを浴びるのだが、その量で指の長さが決まるらしい。

というわけで、自分って生物学的には女だが、随分男性性が%を高く占めている"オンナ"なんだな、と思った。

知ってますか? 実は人類は最終的には 中性になると言われているんです。・・・ホント?・・・いや、わからないが、少なくともタロットの21番目のカード・『世界』はオトコともオンナともわからないような性別不明な人間が描かれているんですよ。コレ、ホント。

Tarot_21



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旅日記 ~パリ~ その3

先日のブログでも記したが、パリは東京・山手線の内側ぐらいの大きさで、中心から1区、2区、・・・20区まである。(下記ご参照)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Arrondissements-de-Paris.png

真ん中からまるで渦巻きのようにナンバリングされている。・・・これだけでも興味深い。右回りにも意味があるのでしょう(というかあるのです)。

中央の1区にはルーブル美術館が位置している。そのルーブルの入口である有名なピラミッドの場所を調べ、まっすぐ線を下ろすと、リュクサンブール宮殿・公園があり、さらに南下させると、パリ天文台がある。この線はまさに、直線ラインになっている。

パリ天文台のことをご存じだろうか。以下、地球の歩き方から抜粋。

『パリ天文台は、1667年の夏至の日に計画され、1672年に完成した。(中略)天文台の建物の四辺は、東西南北の正方位に一致し、南正面はパリの緯度(北緯48度50分11秒)を示す。(以下、略)』

・・・南正面はパリの緯度を示す、とあるが、では経度はどうか。

現在、パリ天文台の経度は東経2度20分17秒 となっている。

では経度がゼロ度の場所はどこか。今はイギリスのグリニッジ天文台である。経度がゼロ度ということは、子午線であり、子午線とは北極と南極を結ぶ想像上の線であり、ローズラインと言われている。

グリニッジ天文台が世界標準(世界共通)の子午線に設定される前は、このローズラインが世界に複数あり、このパリにも子午線がありそれが多くの国に使われていたらしい。

トラベルガイドでパリ天文台のことを知り、ローズラインのことを調べていくうちに、ますますパリという都市が面白く見えてきた。

凱旋門からコンコルド広場、そしてルーブルへ結ばれる東西の線は「王の道」として有名だ。しかしそれ以外に、あの小さなエリア(山手線の内側の面積が小さいとして)に、どれだけの『意味のあるライン』が結ばれているのだろう。パリ天文台→リュクサンブール宮殿→ルーブル→その先にはあのモンマルトルにあるサクレクール聖堂もこのライン上に建っている。南北にもこんなラインがある。きっと他にも・・・そう思うと、各ポイントにあるシンボルをたどりながら『意味のあるライン』の上をしっかりこの足で歩きたい、という思いが強まっていった。

しかも私の旅行中にカレンダーは秋分の日を迎える。秋分の日とは、太陽が秋分点を通るとき。これも重要なイベントなのだ。解る人には解ると思いますが大いなる意味があります。

・・・私のパリ日記、前置きが長いな(笑)。そろそろ出発初日のことを書きはじめます。

その4に続く

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旅日記 ~パリ~ その2

旅は行く場所もそして時期も、自分の意志や計画とは別の、背後にある大いなる"何か"が働いてこそ決行できるといつも思っている。遠方で長期の旅であればあるほど、背後にある"何か"の存在を感じるのは私だけではないと思う。

仕事も家庭も健康も。自分のことだけではなく周囲も含め環境が整ってこそ成り立つ。パリへの旅はそのタイミングが今年の9月に巡ってきた。

初めて羽田発着で行くことにした。パリ行きの直行便は深夜発に飛んでいる。翌日早朝にパリへ到着。フライトやホテルを確保すると、テンションが一気に上がる。今までポツポツと収集してきたパリ情報を整理しはじめる。

今回はパリ1都市に1週間滞在と決めていたので、じっくり散策するルートを何パターンか設定した。必ず赴きたい場所(シンボル、建築物、モニュメント)に印をし、その周辺の興味深い+αがあるか調べる。こういう事前のリサーチも実に楽しい。旅はすでにこのときから始まっているのだ。

パリの地図を見ながら調べてゆくと、面白いことに気づいたのでした。

その3に続く

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旅日記 ~パリ~ その1

次に海外旅行するならパリかな・・・そんなことを思ったのが1年半ぐらい前だったろうか。

以前パリを訪れたのは2007年の春。私にとっては2度目のパリだった。当時習っていたタロットの学校での最終講義がフランス・マルセイユで開催され、そこで1週間講義を受けた後、南仏のいくつかの場所を訪れ、最後にパリに立ち寄った。2泊だったろうか。したがって、パリでの滞在はかなり駆け足モードだった記憶がある。

おそらく、潜在意識的にはそのころから始まっていたのだろう。1度目も2度目も慌ただしく通り過ぎてしまったこのパリという都市を一度じっくり味わってみたい。そんな思いが徐々に蓄積され、、、今回の旅に至った感がある。

加えて後押しになったのが、2つ。パリにある数々のシンボル(建築物、彫刻、モニュメントなど)を使って創られたタロットカード、「タロー・デ・パリ」に興味をもったこと。以前、お世話になったタロット占い師の女性が使っていたのを見て自分も好きになり、去年手に入れた。普段はマルセイユタロットを主に使っているが、違う種類のタロットも感触の相違を確かめる意味でも非常に参考になる。タロー・デ・パリに触れているうちに、パリに行ってじっくり街を散策してみたいという気持ちが高まっていった。

もうひとつは、7月に訪れた伊勢で見たある夢のこと。ブログにも書いたが、あの夢がパリへの旅とリンクしていると自分では思っている。・・・こういう感覚は証明しがたいし、私としては他者とは共有しにくいところがあるのですが、、、素直にこうして書くことにしよう。

パリは「風水都市」。・・・このことを知っている人も多いと思うが、土地というのはその場独自の「磁場」があるものです。栄えている場所にはそれなりのエネルギーがあり、それを知っているある人たちはそれを上手に活用して都市を設計しています。

日本の場合、京都はそのひとつの都市といえるでしょう。

さて。パリは意外に小さいのです。その大きさを例えると、東京の山手線の内側ぐらいの面積。特別区で、市内は1~20区で分かれています。下記の図をご参照。イメージがわきやすいです。真ん中を流れるのがセーヌ川。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Arrondissements-de-Paris.png

・・・なんだか、山手線とそれを横切る中央線の図に似てませんか?(下記ご参照)

http://blog-imgs-47.fc2.com/t/e/a/teamh05/img_1731565_51890142_4.gif

どちらも風水上の計画があるのです。こういう発見だけでも、面白いものです。

その2に続く。

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