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2009年12月

架け橋 その2

何かに気づくたびに感じるのですが、

偉大なる発見や発明は 日常の気づきの延長線上にあるものです。

ということは、誰でも偉大なる発見・発明ができる可能性を持っているのです。

人間の脳はほとんど使われないまま一生を終えるといいます。・・・モッタイナイ。

「架け橋」という言葉で思ったこと。どこに橋をかけようかしら。どうせなら、今まで行き来などありえなかった、誰も思いつかない、でも本当は向こう側に渡りたがっていたのだ・・・そんな両岸に架けよう・・・。

今からワクワクします。

ありがとう2009年。

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架け橋

一昨日でしたでしょうか・・・私の手元にやってきた雑誌、本、冊子の中に共通したキーワードを発見しました。

それは 『架け橋』 という言葉です。

橋を架けることをイメージしていると、来年の自分の抱負がフツフツとわきあがってきました。

ダメ押しするように、一日の最後に展開したタロットカードでも『橋』を暗示するようなメッセージが。無意識界の自分は、その抱負をすでにしっかりと受けとめているようです。

日常からもたらされる気づきに、今年も何度となく助けられた日々でした。私の周囲のすべてに感謝して2009年を締めくくりたいと思います。

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霊的成長の極意

自分を霊的に成長させるには、自己(魂)との対話はもちろん欠かせないのですが、自分の内側ばかりに意識を向けていてもなかなか答えが出せなかったり、気づかぬうちにおかしな方向へいってしまうこともあります。

人間は一人で生きているわけではないのですから、外の環境との関わりからも沢山学ぶことがあります。いえ、学ばなければならないのでしょう。

私は「3」という数字にかこつけるのが大好きなので、外側から学ぶ手段として次の3つをバランスよく・・・と心がけています。

1.本から学ぶ。
・・・本も出会い(ご縁)ですから、必要な時に自分の手元にやってきます。

2.人から学ぶ。
・・・仕事、タロット仲間、その他モロモロ。関わる人で会話も展開も様々。ですが、角度は違っても彼らは鏡に同じものを映してくれることがあります。

3.自然から学ぶ。
・・・1や2で消化しきれなかった事柄を3が仕上げてくれます。自然は言葉を離れ、超えて私の内側にダイレクトに響きます。自然から得た気づきは説明が難しいのですが、断然"不動"のものです。

あくまで伊野華絵流ですが、この3つを上手に活用する基本として必要なことがあります。

それは、『素直さ』。

とても単純な言葉に聞こえるかもしれませんが、"素直でいること" が いかに崇高で神仏から祝福されることか、この年末になってやっと少しだけ・・・垣間見た瞬間がありました。これも3の自然から学んだことなので、文章での説明が難しいですが。

霊的な学びは、実はとてもシンプルなプロセスなのかもしれません。それに関する書物や解説はやたら難解なものが多いですけど、ネ。

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クリスマスの真実

一段と寒くなったこの頃。不景気ながらも、街はすっかりクリスマスモードですね。

クリスマスはイエス・キリストの降誕日・・・実はコレ、時のローマ皇帝が支配の道具としてキリスト教を国教とし、その延長で定められたニセ誕生日ということは今、どのぐらいの人が認知しているのでしょうか。

皇帝は当時信仰していたミトラ教の太陽神・ミトラの記念日をそのままイエスの誕生日にあてはめたそうです。ミトラ神は冬至に生まれ変わる(=冬至から陽が長くなるので)と信じられていました。

記念日や習慣の中には、歴史上の権力者が事実をねじまげ、こじつけ、都合のいいようにアレンジしているものが沢山あるのです。日本の習慣の中にも、本来の意味が薄れ、形骸化したものが多いと聞きます。

変わってしまったものはそれとしてまた新しい文化になってゆくのかもしれません。それでもよいのかもしれませんが・・・真実はどうであったかを知るということはとても大切なことです。

新聞に書いてあること全てが真実とは限らない・・・

自分が「~である」と思っていることのほとんどは誰かから聞いたこと・・・誰からそういったからそれを事実と思いこんでいることがなんと多いことか。

そんな視点から世界を見つめなおしてみることは、何かに "気づく" きっかけとなることでしょう。

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気づきの連続

ここ2、3日は実に不思議な体験をしています。

今までどんなに考えてもわからなかったことが、まるでパズルのピースをはめてゆくように

『あっ』

『あっそうか』

『あれっ』

次から次へと芋づる式に 気づき が私に訪れています。

別にそればかり考えていたわけではなく、仕事もいつになく忙しいのでむしろ余裕がありませんでした。 

ただ、朝の歩く時間、お昼にほっと一人になるとき、帰りの電車の中・・・

ふぅっと落ち着いて静かな心を取り戻すときに、その波はやってきました。

・・・われわれはどこからきて、どこへゆくのか・・・に対する答え。

おおげさにいえばそんな風にいえるのかもしれません。

まだよくわかりません。それがあまりにもぼやけた風景なので言葉にできないのです。ただ、私にとってとても大きなそして大事な "気づき" であることは間違いありません。こういう気づきは、本や人から教えられる事柄とは比べものにならないほど本人に力を与えてくれます。

この今私に降り注ぐインスピレーションが、将来自分のタロットで表現できたら、いえ、必ずそうしたい、と思っています。

空は今、ホロスコープでとりあげる天体すべてが順行中とか。星たちが応援してくれているのかもしれません。

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涅槃寂静

涅槃寂静 --- この言葉、以前から知っていました。仏教用語 という認識もありました。ニルヴァーナ・・・いわゆる「悟りの境地」だとか。ですがただそれだけ、でした。ところが今日から私にとっては ただそれだけ ではなくなってしまったようです。

漢字文化圏では、古代の人々は「涅槃寂静」を "10のマイナス24乗" という途方もないミクロの単位としていたのです。つい数日前、偶然にそのことを知りました。

え?それで?それがどうしたって?

実は今朝、いつもの銀杏並木を歩き、粉々になった地面の葉たちを見ながら

『あぁ、こうしてどんどん粉々になって、塵になって、風になっていくんだなあ』と思ったとたん、 涅槃寂静 という言葉と 粉になってゆく黄金の葉の景色が私の目の前で重なったのです。

その瞬間、今までどう考えても理解できなかった 『(くう)』 という概念の一端がほんの少し、つかめたような気がしたのです。別に「空とは何ぞや?」と考えながら歩いていたわけではないのに。

この世は空である、この世には何もない ・・・そうか・・・もしかしたら、そういうことなのか・・・(これ以上、コトバでの表現が不可能なワタシ)

頭で理解したというより、直観で受けとめた感覚です。知識ではなく、智慧として。

また新しい学び・気づきの扉をあけることができそうです。

朝や自然が気づかせてくれる事柄は宝の山なのかもしれません。

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大地に還り、風になる

大好きな銀杏並木の景色がこの一週間で一変しました。

黄金色に輝いていた木々は、すっかり葉が落ち、見るからに寒そうな冬の姿となりました。並木道の地面はまるでカーペットのように舞い降りた銀杏の葉で覆い尽くされ、レッド・カーペットならぬイエロー・カーペットが敷かれたよう。これまた実に風情があるのです。

そんな道をサクサクいわせながら歩いていると、四季折々の銀杏の姿が私の頭を駆け巡ってゆきます。

葉が一枚もない状態から、幼子のような芽が出てくる春。

その若緑が深まるとともに葉も生い茂り、灼熱の太陽から歩く人のために日陰を作ってくれる夏。

独特の香りを醸しながら実をならせ、そして秋の青空にぴったりの黄金期を迎える。

そして今。すべてを削ぎ落とし、身軽になった木々の体はまさに陰の期間へ。

地面に落ちた葉は・・・そう、まるで大地に帰ったよう。いずれ粉々になり、風に吹かれて・・・

巡る季節とともに循環し、大地に還(かえ)り、風になる姿を思うと、そこには本当に『なんの無駄もない』のですね。自然のアートです。それに比べて人間は・・・変わりゆくものに抵抗し、執着し、滞らせる。彼ら自然の存在から見たら、私たちはさぞ滑稽に見えるのかもしれない。

そんなことを思いました。自然から教わることは、いつも深くて、そしてまさに自然体です。

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クラウドの世界

クラウドコンピューティング。このクラウドという言葉は、私が勤めている企業の業界・ITの世界だけでなく、ここ最近は一般のメディアでもかなり頻繁に登場するようになってきました。

クラウドは雲のこと。クラウドコンピューティングとは、コンピュータのユーザーが自身でソフトやデータなどを手元に持つのではなく、インターネットの向こう側=まるで雲の中にあるような、見えない(見えなくともよい)サービスを利用するその形態を表しています。

前の会社を去り、タロットと出会った後、ITの世界へ入って3年が経ちました。以前とは全く違う業界だったため、専門的・技術的な難解語に慣れず、本当にとっつきにくい世界だったのですが、所属部門がらこのクラウドに深く関わっており、勉強せざるを得ない状況です。

ただ、面白いことに、知れば知るほど、私のタロットライフとシンクロしていることが多いのです。例えば、クラウドの世界は目に見えない「向こう側」の世界です。そこにあるサービスを活用して、ユーザーはますます便利になってゆきます。

タロットの世界もいわば"向こう側"。私が目下分析中の「夢」の世界もやはり、"向こう側"。目に見えない世界とのやりとりが、OLとしてもタロット・リーダーとしても行われていることに気づくと、何やら偶然ではないニオイがしてきました。

インターネット、ウェブ、そしてクラウド。ITやコンピュータの世界は、もしかするとタロットで得た気づきの数々を、非常にわかりやすい「例え」とできる仕組みかもしれません。そう思うと、普段の業務から、霊的な学びそしてタロットリーディングを深めるためのヒントがどれだけ獲得できるか、そんなワクワク感を覚え、毎日が楽しくなっています。

やはり内的な気づきは、外側の世界にもしっかり反映されるものなのでしょうね。私はそれを実感しています。誰もがそうに違いありません。ただ気づくかどうか、それが鍵なのだと思います。

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ユングと夢とタロットと

タロットには暗号が隠されている、と言われています。というか、そう言っている人がいました。実際はどうなのでしょうか。私には判りません。

判りません、が。・・・ただ、誰が作ったか定かでないこのカードが、魂と共鳴することは知っています。ですので、そこには必ず何かがあるのですね。

タロットカードに描かれている象徴は、人類の集合無意識の元型なのではと思えます。そういう説(考え)に賛成です。これは、あのユングが語っています。ユングはタロットをかなり研究していたようです。

10年以上前になりますが、心理学に興味を抱きはじめた頃、フロイトやユングの本を手にとったことがありました。・・・が難解すぎて先に進めませんでした。

あれから随分経ちました。その間、それなりに人生経験もあり、タロットに出会い、自分の夢の分析を始め、今ふたたびユングの本と対面しました。年を重ねるって素晴らしいことだなと思うのは、こういう瞬間かもしれませんね。ちんぷんかんぷんだった本達と自分との距離がぐんと近くなっています。

私の夢とタロットについて、ユングの本が様々なアドバイスをくれそうな予感です。タロットへのアプローチは様々ですが、自分なりの回路を見つけられそうな気がしています。

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帰依~ふたたび~

今年も早いもので、あっという間に12月がやってきました。

通勤時の楽しみのひとつ、銀杏並木の黄金色も今がピーク。1年まえもこうして歩いていたなあ、あれからもう1年経ったのだなあと改めてしみじみ。

と同時に、ふと今年始めに私の心をよぎった言葉、帰依 の二文字が蘇ってきました。

思い通りにいかないこともあるけれど・・・1年前に想像していた1年後の自分の姿と少し違うけれど・・・何か、大いなるものに身を委ねて目の前のことに心をこめてゆく・・・その大切さを今、ふたたび、帰依という言葉とともにかみしめています。

冬至に向かって"陰"が極まってゆきます。こういうときは、内なる力を蓄えるには絶好の機会。目に見えないものを特に大切にしたい期間ですね。

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