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2009年8月

ペイ・フォワード

『ペイ・フォワード』。何年か前に映画館で観た作品です。(以下のウィキペディアはストーリーの核心が触れていますので、読まれる方はご承知おきを)

<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89_%E5%8F%AF%E8%83%BD%E3%81%AE%E7%8E%8B%E5%9B%BD>

最近、なぜかよくこの映画のことを思い出しています。

日ごろ、どんな自分でありたいか・・・と思うとき、この映画のメッセージがとても心にしみるのです。

特別なパフォーマンスは不要です。それよりも、ほんの少し行動を工夫する。毎日の身近で、さりげなく、ごく自然に、ペイ・フォワード的なことを発信できたらスバラシイな。

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微笑みの人

開運への第一歩。それは「笑顔」に尽きると思っています。

先日、お盆で家族のもとに帰ったとき、もうすぐ2歳になる姪を見ながらつくづく思いました。彼女が笑うと、一斉に周りの大人全員が笑顔になっています。すごい伝染力です。微笑みひとつで周囲を幸せにできるって、なんてワンダフル。そして、実は誰もが幼いころその力を持っていて、同じように皆をハッピー気分にしていたはずなのです。しかし、なぜか年を重ねると・・・だんだん出し惜しみしていませんか?考えてみればおかしなものですね。

さあ、微笑みの人になりましょう。一番身近な人、一番大切な人にこそ、日々の笑顔を忘れずに。これこそ開運への道ですね。

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ポジティブ・ニュートラル

春ごろから、月の周期に合わせて月間目標を設定しています。目標といっても物理的に何かを成し遂げるということより、心の矛先をどこに向けるかや意識の在り方に重きを置いた設定です。

先日20日の新月からは

『ポジティブ・ニュートラルでいこう』と決めました。

具体的には、自分の心が何かの影響でまっすぐ整っていないと感じたら、体を振り子のように揺らして最後は中心へ(ニュートラルに)戻す・・・と同時に心も真ん中に戻ってくるように意識しよう、という目標です。

心は、例えばある出来事や誰かの行動・発言で自分の感情が乱されたときに傾きやすいです。傾いた心に気づかないと、その傾いたまま行動に移してしまうので、結果も傾く・・・ということですね。不快なスパイラルに陥ってしまいます。

ニュートラルになぜ「ポジティブ」をつけたかというと、心が傾いたときに、自分のことを責めないようにしよう、と思ったからです。人間ひとりでは生きていません。周囲から影響を受けるのは当たり前です。1日のうちですら、いろんな人に出会い、そしていろんなことが起きます。24時間ずっとニュートラルを保つのは難しい。

なので、心が傾いたと感じたら、『いけない、アカン、また傾いた』と自分を否定するような意識で真ん中に戻すのではなく、『ほ~ら、そこじゃなくて真ん中に戻ろうね~ よっこらしょ』と明るい調子で自分を整えるのです。そのときに、まず体を揺り動かすと、あまりネガティブな意識にならないので(と、私は感じてます)、肉体も巻き込んで真ん中に戻ります。

以前、易学の先生から『易学の世界では、偏りを非常に嫌う』と聞いたことを思い出しました。なるほど・・・心もそうだし、体もそうだなあ。あ、食べ物もそうだ。みんな同じことだ。

ポジティブ・ニュートラルでいこう。

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ねじの回転

夢にボルトが出てきた翌日。タロットカードの10番「運命の輪」が私の目に留まりました。

オフィスに出社すると、ふとボルトと運命の輪の映像がリンクして・・・

『ねじの回転』という言葉が私をよぎり・・・

なんだっけ?どこかで聞いたぞ。ねじの回転・・・本?映画?何?

急ぐ心を落ち着かせながら、インターネットで検索すると、ある本の題名でした。

どうやら昔の怪談話らしいので、すごく嫌なんですけど・・・しょうがない。図書館で借りることにしました。

私の夢解釈はその本が導いてくれるのかな?

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夢にボルトが・・・

昨夜の夢は摩訶不思議。

ボルトが沢山登場しました。・・・といっても世界陸上で記録を作ったボルト選手ではなく・・・

ものを接合するときに使うあのボルトです。目覚めたときは、前日のニュースでボルト選手の名を聞いたからかしらん?と、ひとりで大笑いしましたが。

夢の景色は結構すごい。自分の体中にボルトがはめこまれてゆくのです。誰がやっているのかはわからない。沢山のボルト。わたしをがんじがらめにします。

しかし、不思議と痛みや恐怖の印象はありませんでした。ボルトって凸凹があってそこがうまく結合して固定されるんですよね。そう、雄と雌、陰と陽の関係です。

我ながら実に面白い夢です。これが何を指すのか・・・この先、わかる日が来るのかな。

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お盆を終えて

この週末は、東京にやっと夏らしい・・・アツ~イ、ジリジリした日が来ましたね。

汗をふきふき、土曜・日曜と父方、母方のご先祖様に挨拶をしにいきました。と同時に、普段はなかなか会えない血のつながった人たちとの交流もでき、これもお盆というイベントがあってこそだなぁと、ご先祖様を通しての縁に感謝です。

最近、夏風邪の影響もあって体調が思わしくなかった私。この暑さの中、あちこち歩き回り大丈夫かな・・・と一抹の不安もありましたが、ところがどっこい、夜帰宅した今、むしろスッキリして体に軽さを感じます。

向こうの世界の存在とも「気」を交わしたからでしょうか。たっぷり元気をいただいたようです。・・・そして、自分のタロットを読む力は、こういった体験が後押ししてくれているのではないか、そんな思いがふとよぎりました。

うまく表現できませんが・・・見えない世界へも意識を向けながら、目の前の現実もひとつひとつこころを込めて体験してゆくこと、これこそが自分の感性を磨くコツかなと思えます。

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真実はどこに

先週一週間は、芸能界が大騒ぎでしたね。

ドラッグ・・・これを象徴するものをタロットカードから選ぶとすると、15番の「悪魔」と18番の「月」の逆位置でしょうか。前者は、真ん中の悪魔がドラッグそのもの、その下の二人の人物が縄で"喜んで"縛られている。自ら望んでの依存状態。離れがたい関係なのです。後者は幻想の世界。目の前に広がるのは夢なのかはたまた現実なのか。ぼやけてよく見えません。でもそれが夢見ごこちで快感なのでしょうか・・・。

逮捕された芸能人二人が、覚醒剤を使用していたのは自身も認めているので事実なのでしょう。ただ、どういう経緯でそうなったのか、とか、逮捕されるまでの行動や心の中は報道どおりとは限りません。いまはインターネットの時代。様々な憶測や裏取りしないままの情報が驚くほどの早さで不特定多数に浸透します。

真実はどこに・・・。確実に言えるのは、逮捕されたその人本人の「脳の中」にはある、といえるでしょうね。あとはどうあがいても憶測の域を出ません。そういう目で流れるニュースを見なくては・・・と思いつつ、報道内容=事実と受け止めてしまいがちな自分がいます。

それにしても驚きました。スポーツ新聞の一面を6日間連続で独占する芸能人もなかなかいないですね。ある意味すごい、といえます。ハイ。

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哀しい花火

オフィス近くでの花火大会。夏の夜空にあの大きな音と華やかな光。見ているだけで活気づいて元気になりますよね。・・・のはずが、意外な精神的ダメージを受けてそそくさと帰り道を急いだ私でした。

花火鑑賞のためにどっと人が押し寄せ、オフィス周辺はどこも大混雑。近くのコンビニには人があふれ、どうしてもそこに用があった私は到着してその人の多さに唖然。『人が殺到する』とはよくいったもので、まさに『殺に到る』ような光景でした。

人が共通の目的に向かって一致団結し、協力的に意識をひとつにするとそこから素晴らしいエネルギーが生まれ、それが力となって何かを成し遂げられたり、大きな変化をもたらしたりするものですが、今日見たような人の集まり、いや、塊(かたまり)と表現したほうがいいかな・・・あれは、何か黒い、重い、あまり好ましくない、できれば避けたい「渦巻き」のように見えました。

美しく着飾ったつもりの浴衣の女性は自分のことばかり。我先に花火を良い場所で、と人を押しのけるグループ。皆は空を見上げ、その足元にはゴミの山。これだけ人が多ければぶつかるわよね・・・そこでお互いが不快に・・・。

そう、私が感じた避けたい「渦巻き」は、おそらく『エゴの塊』だったのではないかと思います。別にエゴを悪ととらえているわけではないのですが、自分のことだけ、という意識がものすごい数で集まると、まさに恐怖だな、と思ったわけです。

あまりネガティブな視点からブログを書きたくはないのですが、世の中で何がコワいって人の集まりほど凶器になるものはないのかもしれない・・・と強く感じたのでした。もちろん、それを反転させればポジティブな力になるわけですが。

花火が打ち上がる方向とは正反対の夜空に、まるいお月さまが薄い雲に隠れて控え目にのぼっていました。そのお月さまと目があったとき・・・なんだかほっとした私でした。そう、今日は満月。哀しい花火だ・・・と、トボトボ帰る私の心をお月さまは救ってくれたのでした。

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勝手気ままなふたり

病院・・・だれも好きこのんでいきませんよね。。久々にお世話になりました。夏風邪にいやというほどいじめられ、耳鼻科通い。味覚や嗅覚が閉ざされるのは本当に辛いものです。

会社を早退し、余裕を持って受付を済ませたものの、待たされた・・・。小さな病院ながら、待合室で待機している人の多さに驚きました。

私の隣の席には、腰の曲がったおばあちゃん。そしてその向こうのドア付近には、2、3歳ぐらいの男の子。診察を待っている間、この二人のおかげで飽きなかった私。

隣の腰の曲がったおばあちゃんは、私より先に到着していて、どうやらずいぶん待たされている模様。先生が診察中なのにも関わらず、診察室を覆っているカーテンの隙間からのぞきこんで、『まだなんですかあ?』 それはそれは大きい声で・・・。「もうすぐですよ」と看護師さんになだめられながら椅子に座りなおし・・・。

『まだみたいだから、トイレいこう』とブツブツ言い、待合室を出て行ったおばあちゃん。とにかく彼女の頭の中は自分の診察を早くしてほしい!でいっぱい。

一方、ドア付近にいた小さな坊やがこれまた落ち着かない。おばあちゃんに負けず、ときどき大きい声を出し、付き添いのババに「メッ」と怒られながらそれでも動き回る。腰曲がりのおばあちゃんと同様、待合室の中ではお騒がせな存在なのですが、対照的なのは、坊やの興味はとにかく360度どこにでもあること。彼にとっては、きたない床の上の綿ぼこりでも楽しいおもちゃ。当然のことながら彼は診察を待つ、という認識は全くナシ。ただくじっとしておれず、常に何かないかと瞳をくるくるとさせている。

この勝手気ままに見えるふたりは、私にとって実に楽しい観察対象でした。自分の診察時間以外に求めるものはなにもなし、のおばあちゃん、そして目に見えるものすべてが『ナニナニ?』の小さな坊や。

人間って面白いですね。

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