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2009年6月

イメージを読む

『イメージを読む ~美術史入門~』(若桑みどり著)

映画「天使と悪魔」を観た後、象徴学について調べていたところ、この本を知りました。図書館で借りて読み始めています。大学の美術史の先生が「絵画」をわかりやすく説明してくれていて非常に面白いです。美としての絵画というよりも、その作品を画家がどういう社会的背景の中で何を込めて(これは想像の域を出ないわけですが)描こうとしたか・・・を探っています。さらに楽しいのは、私がこれまでの夢や旅で得たシンボルや、興味がある象徴のいくつかについても触れているところ。それらについての解釈は、多少自分とは違っても参考になることはたくさんあります。本の中で、さらに他の文献も多々紹介されているのでそれらを芋づる式に読んでゆくと、探している何かにたどり着けそうでワクワクします。

本との出会いも楽しいですね。これも偶然じゃないんですよ。ハイ。大切にしたいものです。

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天使と悪魔

映画「天使と悪魔」を観ました。劇場公開もそろそろ終わりのようですね。観る人もまばらでした。

5月の公開直後は全く観に行く気ナシでした。もちろん象徴学には興味をもっていたとしてもこの映画はどうかしら?といった印象だったのです。仲の良い友人から「どう?観たいと思う?」と聞かれても、

「ん~。奥が深い内容に思えないな~」と観たい気分ゼロ。その後、別の友人もブログで観たことを知りましたが、それでも別にいいやと思った私。

その次は、オフィスで隣に座っていた女性が「天使と悪魔」を観たがっていることを知り、「へ~。彼女、こういうの観なさそうに見えるのになぁ」と驚いた私。でもそれでも自分はやっぱり行く気ナシ。

そして、つい先日、また別の友人がブログでその映画について書いているのを読んだとき、

「ありゃ、こりゃ観に行かなきゃ」とついに観念(?)した私。

というのは、彼女のブログによると、映画のいたるところで天使などが指さす方向(矢印)が物語の展開の重要な鍵になっているらしいのです。彼女はその『矢印』の面白さに興奮した、と書いていました。

実は私にとって『矢印』というのはここ最近注目している象徴(シンボル)のひとつなのでした。・・・というのも、先日夢に出てきていたのです。大きな矢印が鮮明に。なんだろう、なんだろう、とずっと考えていましたが解明できず。

というわけで、『矢印』に惹かれて「天使と悪魔」を観たのでした。

では、映画にその答えがあったのか?・・・というと、正直まだわかりません。まだ気づいていない、といっておきましょうか。もう少し時間がかかりそうです。

こんな風に出来事と出来事をちょっとした「糸」で繋いで行動してみると、意外な発見があるかもしれませんヨ。

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ありがたい言葉

先日、不思議なおじさんに会いました。詳細は省きますが、そのおじさんからの言葉。

「ま~、なんだな。精神世界にいる人は自分ばっかり神様拝んでそれで終わりっていう人多いからな。よくこの世は架空の世界なんていう人もいるが、あの世とこの世は表裏一体だからな~。この世で普通の生活して、なるべく『自我』は少なくして、ま~、なんだな。自分もちょっとは人さまのお役に立つことがあれば、という気持ちで普通に生活するのが一番じゃろ~」

ありがたいお言葉でした。

タロットやってるとですね・・・ありがちなんです。いるんです。こちらの世界を捨ててしまってあっちに飛んでしまう人。それでは意味がない。現実の世界にしっかり根ざしながらもう一つの世界と繋がる・・・それが難しいからこそ真のタロットは「秘伝・口伝」だったのかもしれません。

それにしても印象的だったのは、言葉だけではなく、おじさんの「方言」です。方言って・・・独特の温かみがありますね。

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鈴の声

職場に、美しい声の女性がいます。彼女から発せられる音はまるで「鈴」が鳴っているかのよう。

忙しいときもそれは変わりません。

「リンリンリン♪」 聞いていてこちらが心地よくなります。

顔(人相)だけではなく、実は声にも相があるようですヨ。鈴が鳴るような声の持ち主は・・・文句なく、周囲を幸せにしますね。見習いたいです。声トレ、声トレ。

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食は運命を左右する

昔の人相学の先生による書物にもあったのですが、

『食は運命を左右する』は真実だと思います。

食は質もそうですが、量も大事。

・・・なんだか、皆さん「いただき過ぎ」に見えます・・・

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自然の存在

昨日の会社帰りのときのこと。

「やれやれ、今週も無事一週間が終わった~」

体は疲れが溜まっていても気持ちはなぜか晴れ晴れとする金曜日。会社勤めしている人ならこの気持ち、皆さん共感できますよね。

電車で座りながらただぼ~っと前を見ていたのですが、ふと右肩方向から誰かに呼ばれた気がして振り返ると、窓の向こうに それはそれは まんまるとした太陽が。

あまりの大きさとその橙色(あえてオレンジではなく橙色と表現)の輝かしさに、釘づけになった私。

次の瞬間、景色はすぐ都会のビル群にさえぎられてしまい、太陽と見つめあえた時間はほんの数秒だったでしょうか。ですが実に圧倒される時間でした。

自分が何かに呼ばれるように振り返ってこそ味わえた瞬間ですが、私が気づこうが気づくまいが、太陽はそのときそこに同じようにあったわけで。周囲の景色、特に自然界はいつもそうなんですよね。一定のリズムで刻々と変化しながら、常に美しい存在としてそこにあるのです。

明日の日曜日は「夏至」を迎えます。あの太陽に会えてよかった。そんな金曜日の帰り道でした。

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一点集中

毎朝、写経を少し。毎晩、瞑想を少し。細々とながら続けています。

ほんの数分、数十分の行為ですが、一点に集中することの難しさを痛感しています。

文字をひとつ、ふたつ書くあいだ、他のことを一切考えずに「もうこれ以上書けない」ぐらい上手に書くために集中する・・・なんと難しいことでしょう。写経の習慣が長くなればなるほど感じます。筆を進めながら、心には他のことが浮かぶのです。「今日は会社行ったらあれやって、これやって・・・帰りはあそこへ寄って・・・」なんて感じ。

瞑想でも同じです。集中させるために、目を閉じて自分の呼吸と体の一部に焦点を置くのですが、アタマには様々なことがよぎります。

そんな自分に気がつくときは、我ながらあきれます。人間ってどうしてこう「どうでもいいことを考えている瞬間」の連続なんでしょうね。一点集中できないときは、「気」がどこかよそへいっている証拠です。ココにいないのです。自分の「気」ぐらい、常に自分の内側におさめておきたいものですね。

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月に合わせた自分の波

ツツジの時期を過ぎたかと思ったら、今度は紫陽花(あじさい)。きれいですね。雨が似合う花です。

先日のぬらし絵の先生が、「花は天の色をしています」と言っていましたが、本当にそんな感じです。あじさいももちろん、他の花々も天からの恵み(陽、水、風)をめいっぱい浴びて彩り豊か。私たちの目を楽しませてくれますね。

そういえば、前回の新月から先日の満月までの2週間、私にとっては『花と絵の期間』でした。絵画展や、フラワーアレンジメントの展示会、ぬらし絵のワークショップ・・・意図的に集中させたわけではないのですが、気づけばそうなっていました。

以前、月のサイクルを意識して生活していることを書きましたが、私は月のサイクルを2つに分けて自分のリズムを作っています。新月~満月 の「月が満ち満ちてゆく」2週間と、満月~新月 の「月が欠けてゆき、ゼロになる」2週間。今この時期は 後者の期間なので、前者の期間に自分が吸収したものをかみ砕き、内省する時間に充てています。それで、その『花と絵』についても考えていました。

やっぱり何かしらのメッセージだったのです。昨日、散歩中にその意味に気づき、納得したわたしでした。

月に合わせて、自分の行動や心の動きに目を向けてみると、きっとリズムに気づきます。まるで波を見るように。そして、いいことありますヨ。

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クリエイティブ・ペインティング

クリエイティブ・ペインティング。

その講座名に惹かれて、参加してきました。なつかしい母校での公開講座です。

「ぬらし絵」を初体験。あらかじめ、画用紙を濡らしてその上から水彩画を描いてゆきます。題材は、植物。葉と花です。

「写実的に描くのは、物質主義的だと思うのです」 ドイツ人の先生は通訳を通してこんな言葉から授業を始めました。そう、今日は写生大会ではなく、自分の内側から植物を表現する画家になるんだ。

まず、背景の色から紙におとしてゆきます。これが案外難しい。2色しか使いませんが、参加者全員の数だけそれぞれの背景が生まれます。そしてその上から背景の色からまるで浮き出るかのように葉や花を描いてゆきます。それも実際の植物を観ながらではなく、あくまでも自分の想像力で。これがまたまた難しい。想像力豊かに描いてよいのですが、あくまでも「花」を、「葉」を描かなくてはなりません。よって、それらの本質をとらえていないとアイディアもでてこないのです。

花が好きだ、といっているくせに自分がこんなにも花を知らない=観ていないことに愕然としました。筆がなかなか進みません。

使った色はほんの3、4色。それらを重ねてゆくことで色は何通りにもなります。紙がぬれているので重ねた色は違う色に変化し、そして周囲の色とも調和してゆきます。・・・バランスさえとれていれば、の話ですが。

調和とバランス・・・。これは自分自身の内的なテーマでもあります。

サイトに偉そうに、「季丘タロット」にこんなことを載せていますが
<http://homepage3.nifty.com/inohanae/Life_Painting_File5.html>

自分の出来上がった作品を見て、こりゃまだまだだな・・・と痛感した日曜日でした。そして実に面白い体験でした。たった2枚の絵を描いただけですが、驚くほどの「私の気づき」がありました。何につけても上手、下手ということよりも、こういうことが大切だと思っています。

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ミツバチの伝言

前回、シンボルについて書きましたが、ひとつエピソードをお話しますと、今年の2月ごろからつい最近まで、自分にとって興味深い存在のひとつが「ミツバチ」でした。

最初に「あれ」と思ったきっかけは、瞑想中にそれが浮かんだからだったと記憶しています。そのあと、いろんな形でミツバチの存在が私の前に現れましたが、先日ようやく、『このことだったんだ』 と、ジグソーパズルの最後のピースをはめるあの快感(?)を味わいました。

ミツバチからの伝言は、長いこと抱えていた私の健康上の悩みをひとつ解決してくれたのです。

不思議なことに、解読が終わると次のシンボルがやってくるんですね。それは・・・解答が得られたらブログに載せたい、と思っています。

日常の気づきは誰にでもできること。いつもより少し注意深く周りを見渡すと・・・あなたへのメッセージがすぐそこに見つかるはずです。

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水無月

ここ最近、仕事が忙しい日々です。

帰宅すると、郵便受けに毎週お参りしている神社から封書が。

ああ、もうそんな時期なんだ。開封前から内容はわかりました。

今月末に行われる、「水無月の大祓い」のご案内です。今月でもう1年の半分が終わるのですね。案内書にはこう記されています。

・・・この半年間、知らず知らずに犯してきた罪穢を祓い清める神事です。大祓いを行って清々しいお気持ちで日々お過ごしください・・・

「知らず知らず」かぁ。自分は気づかないところで、誰かのお世話になり、誰かに迷惑をかけ、誰かの・・・そんなことが数限りなくあるのでしょうね。それを思うと、少しぐらい自分が損しようが、迷惑を被ろうが、苦労しようが・・・きっとイーブンなんだ。と思えてきます。

私は願い事のために神社へお参りはしていません。ただ、毎週鳥居をくぐることで、ヴェールの向こう側の世界の力を借りて、自分自身を静かに見つめるほんの少しの時間が確保できるから・・・と通っています。そういう場が国中のいたるところに存在している国・・・ココ、日本は素晴らしい環境なのだと改めて感じます。

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