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2008年11月

前世

前世・・・この言葉をブログで触れるのは初めてです。

果たして私はこの世限りなのだろうか、もしくは前世があったのだろうか・・・

今の私には、イエスともノーとも言えません。頭から否定する気もなければ、前世の話を積極的にしたいとも思いません。冗談交じりに「前世でも友達だったかもね」ということはあるかもしれませんが、本気で思って言ったことは今のところないです。

タロットリーディングをしていると、前世の話も全面的にOKと思われがちなのですが、私のスタンスは少し違います。タロットは自分が実際に学び、日々触れた上で納得できる手ごたえがあるので、自分の想いを記せるのですが、前世については今のところそれがまるっきりないのです。きっと確信がもてる何らかの「体験」があれば考え方が変わるのかもしれません。

ただ、遺伝子に刻まれた「記憶」のようなものが遠い先祖からこの身に受け継がれているということは自覚しています。人類はとてつもなく昔に遡ると、皆、アフリカ大陸の数人のお母さんから生まれてきているそうです。そこから繋がっている遺伝子のバトンリレーがあるのですから、細胞レベルで何らかの記憶があれば、先祖が体験した何かが、まるで自分が前世で体験した事のように感じるのかもしれない・・・と想像します。

というわけで、タロットに対し自分がとことん向き合ってそこにある深遠な世界を感じたように、前世についても「そんな気がする」レベルでなく、自分が何らかの確信が持てる日がきたらアレコレ書いてみたいなぁと思っています。

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タロットで何がわかるの?

タロットリーディングをやっていると自己紹介代わりに話をすると、

1.今度占ってほしい

が一番多く、次に

2.タロットで何がわかるのか

という質問が返ってくることが多いです。この2の問い『タロットで何がわかるのか』について、私はよく、

「タロットは『未来を当てる』というより、質問者の心がその悩みをどうとらえ、どう解決したいのかカードを通じて気づかせてくれるものです」と答えます。

・・・ですが、実のところ、その答え方だけでは不十分だ・・・といつも感じています。タロットで何がわかるのか、の問いに対しまだ本当の自分の言葉で、心から納得のゆく説明ができないなぁと思っているのです。

つまり、タロットでわかる「何か」を完全に把握できていない気がします。確かに、タロットは『心の鏡』であり、その人の内側を実に見事にカードに映し出してくれます。しかし、たまに・・・私にとってはごくたまにですが、何かそれだけではない・・・質問者の悩みの解決とは別に、その背後にもっと何層にも渡って読む・感じる深い深い景色のようなもの・・・があるように思うのです。

それがもしかしたら未来を見通す=いわゆる「当てる」ということにつながるのかもしれませんが、私は「当てる」という言葉はあまり適切でないように思います。

何だろう?タロットで何がわかるの? 悩みを洗い出し、迷っている心を決意に導くカードとして扱ってはいるけれど・・・。

私も答えを知りたいです。そのためにもタロットリーディングはこれから先も続けてゆきます。

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思いが未来を、自分をつくる

自分が心に思うこと・・・イメージすること。その力が自分の細胞ひとつひとつにどれほどの影響を与えているか考えたことはあるでしょうか。

何かを習得するときに、人は繰り返し覚えたり、実践したりすることで身につけてゆきます。それと同じで、「思い」も目にはみえずとも立派な行為です。繰り返すことで「身について」しまうのだと容易に納得できますね。

ならば、日々どんなことを思う自分でありたいかが、分かってきますね。迷いを決意へと導びいてくれるタロットは、自分の心を整える際に大きな力を貸してくれます。

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真央ちゃんの仮面舞踏会

毎年フィギュアスケートのシーズンは本当に楽しみです。

ジュニアのころ、無邪気にポンポンとジャンプしていた真央ちゃんが、仮面舞踏会で情熱や恋を表現するほどの年頃になったのですね。昨夜、初披露の演技を見ました。

細かい採点方式は分からないので、結果のポイントや順位はさておき、昨夜の真央ちゃんにまた元気をもらった伊野華絵です。

新しいプログラムにさらに新しい挑戦を取り入れて果敢に攻める・・・そんな前向きな変貌を感じました。結果と同様、本人のコメントも満足ゆくものではなかったかもしれませんが、彼女が見すえているのはバンクーバー・オリンピックなのでしょう。それまでに自分を高める努力を惜しまない姿勢を、一ファンとして応援し続けたいと思います。

バンクーバー・オリンピックのころは、自分は何をどうしているのだろうか。さてはて、真央ちゃんに見とれているだけでなく、自分のビジョンを明確に描いてゆきたいです。彼女の銀盤での表現が皆に元気を与えるように、私もタロットを通じて少しでも多くの人の人生の「季節」を忠実に表現し、決意を後押しできるリーディングを目指します。

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十干をタロットリーディング

「滴天髄を原典で読む」という講座に参加しています。

四柱推命をまともに学んだこともない私が、いきなり臨む内容ではない、ということを初参加の授業で知りました。わっはっは。

でもインスピレーションで選んだんです。・・・当たってました。今の私にはビンゴな内容です。所々、基礎ができていないので食いついてゆくのに必死ですが、自分の内側を十分鼓舞してくれるので非常に満足しています。

十干がもつそれぞれの性質を読んでゆくときに、たとえば甲(きのえ)や丙(ひのえ)がもつユニークな部分を、先生の説明をもとに私は映像によって解釈してゆきます。

先生はもちろん言葉で解説されるのですが、何の下地もない私はそれを頼りにアタマの中で絵を描きます。甲は陽の木であるが、具体的にどういったイメージなのか。陽の火である丙はよく太陽で表わされるがなぜそうなのか。一方、陰の火が地上の火(人間が普段使う火)といわれるその特徴とは・・・等々。

先生のすばらしい描写のおかげで私のアタマにあるキャンバスにもイキイキとその模様が描かれてゆきます。

ああ、タロットから教わったすべてのことがココでも発揮されているなあ、と嬉しくなりました。漢字一文字の「干」から、ビジュアルなイメージが溢れてくるのです。実に面白い体験をしています。

まるで「十干を(タロット)リーディングしているようだわ」なんて思いました。

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よい人生ってどんな人生?

「よい人生」とはどんな人生でしょうね。

誰にでもあてはまるよい人生なんてあるでしょうか?

ある人にとっては、家族に囲まれ何のハプニングもない平凡な毎日が人生の幸せであるでしょうし、またある人にとっては、いつまでも一人で自由に飛び回っていることが幸福と感じられたり。

もし「よい人生とは」を表現するのであれば、その人自身が、どれだけウソや葛藤のない道を歩いているか・・・といえるのではないでしょうか。

いつも思いどおりにコトが運ぶなんてありえません。不本意なことが向こうからやってくることもよくあります。でもその時点でどうするか、何を選択するかは「自由意思」つまり、自分で選択しているのです。

選んだのは私なんだ、そう自覚することで腹がすわり、目の前のことに真正面から取り組む勇気が出てくるのだと思います。その覚悟の連続が、ウソや葛藤のない人生を作り上げてゆくのでは・・・と思っています。

タロットをやっています、というと「ああ、占いね」もしくは「オカルト?」なんて、ある意味ポジティブじゃない反応が返ってくることもあります。でも、自分でその道への扉を開けてしまったのでもう進むしかありません。また、進む決意ができているので、いつの日か自分の人生に実がなる「タネ」を蒔けた実感があります。

私にとってはタロットが「タネ」であったわけですが・・・どの人にもその人ならではの魔法のタネがあり、蒔く意志と育てる決意さえあれば実りを得られるのだと思います。

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幸せの鍵は・・・

自分の心をいかにコントロールできるか、ですね。

『心こそ 心迷わす 心なれ 心に心 心ゆるすな』 (沢庵宗彭さまのお言葉)

感情に振り回されている自分は、実は本当の自分ではないのですね。

そんな自分にはっと気づいたら、「あ、これは自分じゃない」と唱えてみましょう。少し高い位置から冷静に己を見つめることができるでしょう。

それにしても、自分自身であるはずの自分の心のハンドルさばきがなんと難しいこと・・・。人間とは複雑でやっかいな生き物ですねえ。

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タロット 星のカード

今朝、一人でリーディングをしていたところ、カードをめくると17番の星が登場しました。

星は美しい自然を背景に、両手に瓶を持つ裸の女性が描かれています。瓶からはつきることがないように思われる水(か何か)が流れています。

星のカードは、視線をもつカードと認識し、その視線は左向き。と十分に習ってきました。

・・・が、今朝の私には、彼女がどうしても瓶から流れる液体を追って 下の方向を見ているようにしか思えませんでした。

ハテ?どうしたものだろう?

性格がら、ルールを重んじる私なのですが、感じたまま(=彼女が下にカードを置いてほしがっている)カードを下に置いてみることにしました。

なんだかしっくりときました。

こういうケースが果たして有効なのかどうなのか分からないのですが、タロットをやっていると、うまく説明のつかない・しかし無視できない強い感覚・・・みたいなものが訪れたりします。

試してみるのも アリかな と思っています。

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らせん

今日のブログは他のことを書くつもりでしたが・・・

作成ページを開けたとたん、

「らせん」という言葉がひらめきました。

らせんというと、何を連想するでしょうか。

DNAがらせん構造なのは、現在では周知の事実ですね。

私たちは毎年同じように四季を迎えますが、去年の春と今年の春は同じようで違う、来年の春もまた同じようで違う・・・巡る季節もまるで「らせん」のような動きをしているようです。

そして、タロットの大アルカナも、数をもっていない「愚者」から21番の「世界」まで、これまた「らせん」を表現しているといえます。「世界」は決して終わりではなく、また「愚者」に戻るのです。ただ、季節と同じように以前のものとは違う「愚者」の姿で・・・。

この世のすべては、それぞれの体系の中で「巡る」形をとりながら、少しずつ変化を遂げてゆくのでしょうか。

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上弦の月

今日、会社からの帰り道、ふと空を見上げるとお月さんと目が合いました。

今晩の姿は、『上弦の月』です。

新月から満月へ大きく、まあるくなっていく過程での半月。駅のホームでしばらく眺めていました。

月はわたしだけのものではないのですが、いつも見ていてくれるような気がします。そんな風に思うだけで、心があったかくなります。

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ひらめく瞬間

ここ数日間、海外の友人が来日していたため、一緒にいる時間はほとんど「英語漬け」。いやあ、参った参った。ちょっとしたことを話すのに想像以上に時間がかかったり、うまく表現できずフラストレーションがたまったり。

あらかじめ予測できる会話内容は準備したものの、お互い生の人間ですからそんな準備が役に立つ話題は限られており・・・。

でも繰り返し、根気よく会話を続けていると、準備もしていなかったのにその場に必要な単語やフレーズがひらめく瞬間があるのです。もちろん、自分が学んでいない表現は浮かんでこないですが、以前アタマに一度でもインプットされたことのあるものであれば、まるでそれまで土に眠っていた種が芽を出すように"ひょこっと"。そんな瞬間が何度かありました。

それは、タロットのリーディングで時々おとずれる、「あっ」と降ってくる図像からのメッセージと似た感覚でした。

何事も、コツコツ続けることで、自分の内側に下地ができ、必要なときにそれが取り出せるようになるのかもしれないなと実感しました。

できないなあ、わからないなあと思いながらも、あきらめないで続けてゆくことは大切ですね。芽が出るその日まで。

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