« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月

かわいい人

久しぶりに仲良しの友人と食事をしました。

その人は私が現在の職場で働き始めた際、何かと助けてくれた人。今はなかなか会えませんがたまに連絡を取り合っています。

彼女と会ってしみじみ「かわいい人」だなぁと感じました。容姿のことのみを言っているのではなく、なんというか一緒にいて空気がまあるくなるような、そんな女性です。

どうしてそう思うのかなぁ、と今日は特別観察するように彼女を眺めてみたのですが・・・やっぱり「自然体だから」というのが大きいでしょうか。格別背伸びをして難しい話をするわけでもなく、最近あった出来事や身の回りの話題なのですが、どれも素直でそして温かみのある展開で会話が進むのです。

目の前の人を受け入れ、話ができる人ってこういう人のことかなぁ・・・なんて思いました。

| | トラックバック (0)
|

夜の散歩

最近、気が向くと夕食後に散歩をしています。

平日・週末関わらずよく歩く私ですが、この「夜の散歩」は少し趣を変え、速度をうんとゆっくりにしてブラブラと歩きます。家にいてもなんだかやる気が起きない、考えがまとまらないときにはよいリフレッシュとなります。

歩くことはその行為自体、「前向き」な動作ですから、内面の滞りをほぐす効果があるのかもしれません。散歩しながら考え事をするわけではなく、むしろ何も考えずに、ただぼっとそしてのんびりと歩き続けます。30分ほどして帰宅すると、不思議と気分がすっきりして自分に落ち着きが戻っていることを感じます。

このときの時間は、朝のさわやかな空気の中でフゥッと新しいアイディアが沸いてくるのとは対照的に、水面に映った月を静かに眺めるているような、自分を鎮静化させる時間、そんな印象です。

| | トラックバック (0)
|

あなたはどう感じますか

日本人を動かすには

「みんなやってますよ」

が最も効果的な言葉だと、あるジョーク集で読んだことがあります。

当たってますね。そう言われると私たちは安心した顔で「じゃあ」と、同じ方向に動きそうじゃありませんか。協調性があるともいえますが、判断基準がいつも自分の外側にあっては困りものですね。

むか~しのボーイフレンドに、「いつもそんなに周りのことばかり気にしてたら、自分が本当は何をしたいのか分からなくなるよ」と指摘されたことがありました。

全くその通りだなぁ、と今はとても有難い言葉のひとつとして残っています。当時はただムカついていただけですが・・・。

常識、スタンダード、多数意見・・・それはそれとして、自分はどう感じるか。その大切さをタロット・カードを通して再認識しています。各々のカードの意味を知識として覚えても、私自身がそれを目でとらえた瞬間、何をキャッチするのか。この感性をどんどん鍛えてゆきたいと思います。

それは、リーディング力を上達させるだけでなく、人生の要所におとずれる数々の決断の際に大いに助けとなるだろうと思っています。

| | トラックバック (0)
|

敏感さの代償

昔から敏感体質ではあるのですが、最近はそれが増してきて時にしんどい思いをしています。(別にお化けが見えるという意味ではありません)

無意識で「気」を察知し吸収してしまったときはぐったりして、神経が摩耗されます。体の疲れもさることながら、自分の感情も安定しない状態になるので注意が必要だなと思っています。

急な感情がわきおこったときはすぐ「自分は今どうしてこう感じているのか」と自分を客観的に見るように心がけます。時間が経ってからその理由が分かることも多いのですが、そうすることでなぜ自らの心がその感情へ持っていかれてしまうのか、を認識することができます。

まず、落ち着くことが第一。それには、深呼吸がとても効果的です。

つくづく、感情とは、実は自分のものではなく、どこかから拾ってきてしまうものなのだなあと・・・感じます。

| | トラックバック (0)
|

"おそれ" で後退することなかれ

タロットを初心にかえって学べる機会を与えられています。

今日はその初日でした。学びといっても、将来的にタロットについて多くの人へ正しく伝えられるようになるための訓練の場ですので、学び始めたころと立場が異なります。

結果は・・・なんとも自信喪失状態で凹んでいます。

予測していたより以上に、自分が進もうとしている道が責任のあることなのだと初日にして痛感させられました。私自身、タロットに出会い、そしてタロットによって内なる変容を実感したわけですが、ではそれを何も知らない人に一からお伝えしてゆくことの重みを考えると、"おそれ"という波が襲ってきたわけです。

「人に教える」ということを甘く見ていた自分を思い知らされたわけです。

ただ、だからといってその"おそれ"で歩みを止めてはいけないということも分かっています。「教えることは学ぶこと」とよく言いますが、生まれつきの教師はいないわけです。皆、学んだことを教え、その教えるプロセスでまた学ぶものなのですね。

・・・と勇気を奮い立たせてやってみることにします。やらなければ分からないし、やればきっと分かることが出てくるのだと思います。

| | トラックバック (0)
|

量より質でいこう

タロット・リーディングの先生からよく言われたのが

「ひとつひとつのリーディングを丁寧に」

写経をするよう勧めてくださった方から言われたのが

「一日一文字でよいから丁寧に、前よりもっと丁寧にの意識で」

何かやろうとしたとき、「数をこなそう」とすると、目の前の行いに意識が集中できていないことが多いです。いわばやっつけ仕事みたいになってしまう。

するとずっと何年もやっている割に身にもつかず、気づきも少なかったりして。

そんなことがないよう、その時々の行為に心をこめたいものです。タロット・リーディングの場合、それを心がけたとき、かなり時間が経っても展開のカードの景色がすぐ蘇ってきます。その時の感覚も・・・。

リーディングは一期一会のようなものですから、同じケースはないのですが、この積み重ねが次のリーディングに活きるのだと感じます。

| | トラックバック (0)
|

僕が一番欲しかったもの

少し前の曲ですが・・・まっきー(槇原敬之)の『僕が一番欲しかったもの』は私の大のお気に入り。

朝出かける前にPVを見ながら一緒に歌うこともしばしば。

「僕」の日常での気づきをナチュラルに歌い上げています。歌詞が奥深くてビバ・まっきーです!

チャンスがあれば映像と共にお楽しみください。なぜなら彼が宇宙意識で作り上げた曲なんだと分かるので。

あ~音楽って素晴らしいです。自らの気づきを言葉と音に乗せて発信できるのですから。

| | トラックバック (0)
|

みんな、"できる"

「あんなことできてすごいなぁ」

そう思える素晴らしい人が沢山いますね。でもイコール「わたしにはとてもできない」と即決するのはいかがなものでしょうか?

何かを成し遂げている人は、それができるまで続けた人です。ですから何もチャレンジしないまま「自分にはできない」と思い込んでいる状態はもったいないと思います。

また、これは面白い、やってみよう、と取りかかっても情熱が冷めてきたり、壁に遭遇したりすると継続を断念してしまうこともあります。

結局、何かが「できた人」はそれを「できるまで続けた人」なのでしょうね。

先天的に突出したある才能を持つ人たちは少数派です。でもほとんどはみんな「できる可能性」を持っているのではないでしょうか。

・・・と書きながら自分のことを励ましています。私は今、「少しずつ、でも毎日」という言葉が好きです。それがとても大きな力になっています。

| | トラックバック (0)
|

意外に知らない自分のこと

自分と付き合っているのは自分が一番長いはずなのに、毎日自分がどんな顔して歩いて、通勤して、人と挨拶して、仕事して、ゴハン食べて、そして寝ているか・・・自分が一番知らないものですよね。週末、お店でふと大きな鏡に映った自分と目が合ってがく然としました。なんじゃこの覇気のない顔・・・。また、仕事でPCに向かって必死になっていると「目が三角になってるよ」と指摘され・・・いやぁ、言ってくれるだけ有難いものです。

ナルシストになるつもりはありませんが、毎日鏡を見て「おだやかな顔」の自分に整えることは大事だなぁとつくづく思います。そう、笑顔の練習もです。心と体はつながっていますものね。

内面を映しだす鏡はタロットの力を借りますが、自分の体や顔は本物の鏡をどんどん利用したいと思っています。

| | トラックバック (0)
|

ぼくには数字が風景に見える

以前から読みたいと思っていた本-- 「ぼくには数字が風景に見える」をやっと図書館で借りてきました。

数字はぼくの友だちで、いつでもそばにある。ひとつひとつの数字はかけがえのないもので、それぞれに独自の「個性」がある。11は人なつこく、5は騒々しい、4は内気で物静かだ。(本書抜粋)

彼の生まれた水曜日は、青い色をしているそうです。

まだまだ冒頭を読み始めたばかりですが、ダニエル・タメット君が織りなす不思議な世界、楽しみで仕方がありません。なぜか思うのですが、タロットを学ぶ上で大きなヒントを得られそうな一冊、と期待しています。

| | トラックバック (0)
|

運命の輪

大アルカナ10番・運命の輪。よくみると輪の中心から右手方面に輪を回すクランクが描かれています。うまい具合にクランクの先が図柄の切れ目になっており、誰が回しているかは見えません。一見、輪の中にいる犬と猿がまるでハムスターの遊び道具のように動かしているかと思いきや、実はコントローラーが別にいるのですね。

しばらくの間、悶々としていた案件がありましたが、「よし」と決断しそして徐々に自ら行動を起こし始めました。今朝のモーニングカードで登場した「皇帝」のカードもその決意の表れか、「実行せよ」と語っているように思えた私。

すると不思議です。決意したことを応援するように自分に必要な環境が整ってきます。徐々に、そして自然と・・・。今、私の手は運命の輪のクランクをしっかりと握り自らの運命をぐるぐると回し始めている、そんな確証があります。そう、クランクの持ち主は常に自分自身でありたいものです。

迷いが決意に変わったら・・・これこそ「開運」なのだと思います。

| | トラックバック (0)
|

庭の夢

ゆうべ、久しぶりに夢に「庭」が出てきました。記憶にある夢のうち、庭が登場するのはおよそ一年ぶり。一年前のその夢は衝撃的(後日、衝撃的だったと感じる)でしたのでよく覚えています。ゆうべの庭は同じ庭なのにもかかわらず、随分状況が異なっていました。

昨年の庭では母と咲き乱れる花々が登場したのに対し、昨夜の夢では父と未開拓な庭の景色という実に対照的な映像だったのです。

未開拓な庭とは、門から玄関へは石畳のような道が続いているのですが、その周囲にはまだ木々や花壇が用意されておらず、殺風景な感じです。ただ、庭の敷地が随分広くなっていました。

私が父に尋ねます。

「庭には緑を植えていくの?」

無口な父がぼそっと答えます。

「ああ。でもゆっくりとな」

そこで夢は終わりなんですが・・・。これを紐解くのに、少々時間がかかりそうです。

| | トラックバック (0)
|

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »