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2007年7月

世界の中心で踊ります

大アルカナの最後のカード、21番・世界。卵型のリースの中に男性とも女性ともとれる一人の人間が踊っています。リースの周りの四隅では、天使・鷲・獅子・牡牛が見守っています。

なぜ踊っているのでしょう?それは、神と一体となった喜びゆえといわれています。大きな喜びを感じた時、人はおもわず踊りだしたくなりますものね。舞い上がるという表現もあります。

世界のカードは「完成」がキーワードです。このカードは、成功やパーフェクトであるイメージが強いですが、それはその一時の状態だけを表しています。完成したその次には何が待っているのでしょう?

ゴールに到達したら「アガリ」ではなく、またスタートに戻るのです。カードの中心人物は、左、つまり過去を見ています。これはあとから来る対象を見守っていることと、到達した自分がまた出発点に戻ることを意味しています。それを表すもうひとつの象徴は、リースの上下にあるレムニスケート(∞:無限大)のマークです。行ってはまた戻る、その動きを∞が表現しています。

私たちの存在が魂であり、もし輪廻転生を繰り返しているとしたら、魂に「終わり」はないのかもしれません。ひとつの人生で何かを学び、それを肥やしにまた次の人生を始める・・・タロットを作った人々はそんな思想を図柄に投影させたのかもしれないですね。

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感じとる力

私たち日本人は、実際に目に見えないものに対して無意識にその存在を認めている人々だなとつくづく思います。その証拠に、日本語には「気」を使った言葉が数限りなくあります。そしてそれを当り前のように日常会話で使っています。「目に見えるものがすべてだ」と思っている人でさえ、例外ではないと思います。

昨日の参院選の開票速報をTVで見ていました。候補者の人たちが「追風がきた」「逆風が吹き荒れている」「こりゃ突風です」などなど、あの「風」も彼らが感じている、活動の場で感じる「気」のことです。特別な能力のあるなしでなく、私たちはいろんな場面で様々な「気」をキャッチしているのです。これは何か先のことを嗅ぎ取る、生き物としての本来の才能なのかもしれません。

タロットリーディングはカードを観ますが、本当に観るのはそれを通しての質問者の心の動きです。その心から放たれる「気」の流れを感じ取る力を私たちはもともと持っているのです。タロットは海の向こうからやってきましたが、もしかしたら私たち日本人のほうがタロットと仲良くなりやすいかもしれませんネ。

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夢か現実か

幼いころの強烈な記憶のひとつをご紹介します。

おそらく4,5歳の頃でしょうか。同じアパート内にいる、遊び友達のお姉さんのところまでひとりで歩いてゆく私。後ろにある気配を感じ、振り向くと、なんと死神が2人(人で数えていいの?)自転車にのって私を追いかけてくるではありませんか。びびびっくりして、大急ぎでそのお姉さんの住んでいる階までのぼり、ドアをドンドン叩きながら「開けて~開けて~」と叫びます。彼らはすぐそこまでせまっていて・・・と、記憶はここまでです。

これは夢だったのでしょうか。妄想?まさか現実ではなかったと思います(思いたい)。しかし今日こんなに年を重ねても、強烈に記憶に残っています。もちろん毎日蘇る記憶ではないので、ずっと思い出さない時期もあったのですが、実はタロットカードの「名前のない13番」のあの死神がそっくりな姿なのです(自転車には乗っていないけれど)。

自分と深くかかわることになったタロットの中に、幼いころの強烈な記憶にあるシンボルが含まれているなんて、今思うと「あの頃からタロットとつながっていたのかしら?」と思ってしまいます。でも何も死神じゃなくてもよかったのに・・・(笑)

みなさんも幼い頃から持つ不思議な記憶、(それが夢か現実かは問いません)ありますか?もしあるのなら、それは人生において重要なキーワードをもつ記憶かもしれません。

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見たいものだけ見てる

昨日の続きのような話。あることに興味を持っているとします。すると、新聞なり雑誌なり、電車内の広告なり、その興味に関連のあるキーワードや映像だけ、目に飛び込んでくるような経験はありませんか?無意識に視点がそこへ引き寄せられるような・・・。

結局、私たちは「見たいものだけ見てる」のだと思います。言い換えれば「見たくないものは見ない」(苦笑)。クサイものにフタ・・・なんて表現もありますね。

些細なことならいいのですが、心理的に根深く残るような目のそむけ方をしているときは、タロットがその部分を指摘してくれることがあります。過去に、見ようとしないで通り過ぎてきてしまったもの・・・それをいまさら見るのはちょっと胸が痛んだりするかもしれませんが、問題を解決するのに最適な方法かもしれません。

昨日より今日、今日よりあした、少しずつでOK。本当の意味であらゆるものを見られるようになりたいですね。

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フォトリーディング

昨日、ランチを共にした友人から面白い話を聞きました。読書好きの彼女、しかし時間がなくなかなか読めない積み上がった本をなんとかしたいと、「フォトリーディング」の講座に参加したとか。高い受講料だったようなので「50円分聞かせて」とお願いし(笑)、その内容をほんの少し教えてもらいました。

フォトリーディングとは、短時間で本を読む方法なのですが、いわゆる速読法とはまた違い、その名の通り、まるで写真を撮るようにページを読んでゆく(それだけ速い)のだそうです。しかもきちんと要点を把握できるんですって。字を追うのではなく、映像としてとらえるのですから右脳を使うのだとか。だからといって、フランス語を知らない人がフランス語の本をフォトリーディングできるかといえば、それは無理みたいですが(笑)。やはりそこには、その本を撮影できるだけの下地能力をもたねばなりません。何を目的にそれを読むのかを明確にしぼることが大切、と彼女は語っていました。

話を聞いていて、タロットのリーディングと同じだなぁと思いました。タロットもカード1枚ずつの意味や解釈の学習なしでは読むことができません。しかしその学習の積み重ねによって、展開された数枚のカードを一瞬にして「フォトリーディング」できるようになります。

これはタロットに限らず、例えば神社・仏閣を造る宮大工さんが木を読むこと、様々な熟練占術家が一瞬にして鑑定することにも通じます。目的をもってひとすじの道をゆくと、瞬間のキャッチができるようになるのですね。

あ~ 実は私も部屋には読みたい本が山積み・・・ 短時間で読めるようになりた~い!

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タロットのルーツ

タロットの起源についてもっと知りたいと思い、今、本を何冊か読んでいます。HPでも少し触れたように、持論を語れるほどまだ深くリサーチできていないのが悔しいところですが、かなりおおざっぱに分けて2つの説が主流になっているようです。

1つはトランプのようなプレイング・カード・ゲームから発達した「遊び」としての起源説、もう1つはその図像を通して、古代の叡智を密かに受け継いできた「神秘」としての起源説です。

前者は、歴史的記録を証拠に「タロット占いは遊びである」と明言しています。一方、後者は18~19世紀のヨーロッパ(特にフランス)でのオカルトブームの最中に「タロット古代エジプト起源説」が唱えられたのを機に、錬金術やカバラーなどの神秘思想も巻き込みながら、一気に盛り上がった説です。

カードに描かれるあの不思議な寓意画を見ていると、後者の説を信じたくなるのは当然で、それを「発端は単にカード遊び」で片づけられるとガッカリだったりもします。しかし、いくつかの文献を読むと、やはり元は遊び道具だったのかしらと思う始末。。。

しかし、しかしですよ、今、タロットは自分の内側を映し出す鏡として確実に私の前に存在しています。実際に手に触れ、そして時間をかけて学ぶにつれ、その不思議なパワーを確信せざるを得ないのです。タロさん、あなたは一体何者なの???と知りたくてしようがありません。

鍵となるのは、大アルカナ22枚に書かれる「図像」、小アルカナも含めた「数」、そしてタロットをどういう存在として扱うかの「人の意識」この3つではないかと伊野華絵は思っています。

人から教わったこと、文献に書かれていることだけで納得した気持にはなりたくないので、これからもタロットのルーツについては調べていきたいと思います。

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シャッフル×シャッフル

リーディングの手順として、カードを展開する前に、シャッフル&カットを行います。

リーダー(読み手)のやり方によって、リーダーがシャッフルしたり、質問者にシャッフルしてもらったりそれぞれです。私の場合、マルセイユ・タロットカモワン版を使う際は、タロットマンダラをひとつのパイルにまとめた後に、質問者自身にシャッフル&カットしてもらいます。

シャッフルはカードを裏向きにしたままなら、机の上で自由にやってもらって構わないのですが、人によってそのやり方が多種多様で、観察していると実に面白いです。まるで平泳ぎするような手かきの動作をする人、トランプの神経衰弱を始めるが如く、全部パーっと平面に広げる人、占い師顔負けの美しいシャッフルをする人、とにかく個性が出ます。シャッフルのやり方で性格分けの統計をとってみようかしら・・・と思っています(笑)。

一人で勉強がてら色々なタイプのカードをシャッフルしますが、カードと自分との触れ合いが微妙に違うのを感じます。使い慣れている、いないという差でもありますが、『相性』のようなものもあるのかなと思います。不思議ですね、モノじゃなく、生命が宿っているカンジです。だからこそ、いつも敬意をもって接しようと思います。

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お月さま

天体シリーズで、お月さまも登場させましょう。

天体としての月は、衛星に属します。衛星とは、惑星のまわりをまわっている天体を指します。月は地球の、地球は太陽のまわりをまわっています。・・・と、当り前の事実のように簡単に書きますが(笑)、天動説が常識だった時代には、地球を中心として他の天体が周囲をまわっていると考えられていました。空を見上げれば、なるほど、その考えが先に浮かぶほうが自然に思えますよね。

さて、月ですが、月は太陽のように自ら光を放つ恒星ではなく、太陽の光を受けて輝いています。マルセイユ・タロットの月は、青みの色で描かれ、カード全体も夜の雰囲気を醸し出しています。月の下で吠えあっている犬は、人間の獣性や、霊性と肉性の間での葛藤を表現しています。さらに月光で映し出される水溜りには、ザリガニが潜んでおり、それが動くと水面が振動し水底がすぐ見えなくなってしまいます。

月はよく、人の感情や情念、本能的なものと結び付けられます。カードのキーワードとしても同様の意味があります。満月の日に実際、事故や事件が多かったりすると聞くと、月の存在が人間の感情的な部分になんらかの作用を及ぼしているのだなと思えます。

リーディングでこのカードが出ると、読み取るのになかなか難解な場合があります。カード自体、「曖昧さ」を持っているからです。しかし、よく見ると遠くには2つの建物があり、その間に道が見えます。この「魂の暗い夜」を通り抜けることができたら、その先には19番・太陽が待っているのです。

タロット・マンダラを順に追いかけてゆくと、所々に試験・試練が用意されています。『道』は厳しいからこそ歩いてゆく甲斐がある、そう思えませんか。

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希望の星☆

昨日が「太陽」でしたので、天体続きで今日は「星」に注目してみます。

17番・星のカードはその名のとおり、まず大きく星が描かれています。星の下には裸の女性が水がめを持ち、ひざまずいています。その水がめから流れる水はいつまでも途切れることがなさそうです。このカードのキーワードは「希望」です。正位置ででれば吉兆を表すカードのひとつです。星は願いをかなえてくれそうですものね。

水がめを持つその女性は、惜しげもなく他者に何かを与える姿に見えます。通常私たちは、まず先に何かしてもらってから何かを与えてもらってから、何かをしたり与えたりしがちです。しかしこのカードからのメッセージは、「まず自分からアウトプットする(与える)ことが大切」と受け取れます。

ヨガでも呼吸は「まず吐くこと」から始めます。自分の中の空気をすべて吐き切ってしまえば、自分に必要な酸素は自然そのあと入ってくる、と教わりました。吐くこともいわばアウトプットです。そういえば、英語でも ギヴ・アンド・テイク(give and take)と、giveが先ですね。

星に願いを叶えてもらうためには、まず自分から与えることに鍵があるのですね。
え?そうは言っても実際は難しい? それでは目があったら自分からニコっと微笑むのはいかがでしょう。お金も時間もかからない、でも最高の giving です♪

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光 ~太陽~

今朝のモーニングカードは19番・太陽。

カードの半分の面積を占め描かれる黄金の太陽。太陽の下には、子供に見えるような二人の人物が立っています。ひとりがたった今そこへたどり着いたところ、先に到着していたらしいもうひとりが迎え入れるように肩に手を置いています。二人の向こう側には建設途中のレンガの壁があり、それによって外側の世界とは隔てら異なる特別で聖なる場所のような印象を受けます。

ホームページでも少し触れていますが、私たちは太陽という恒星のまわりをまわっている地球という惑星に住んでいます。太陽の光なしには生きることができません。植物も太陽の光を受け、光合成によって酸素を放出してくれています。「光」とはまるで神のような存在です。

19番の太陽は、実際の太陽の光であり、同時に私たちの内側に宿る「光」ともいえます。だれしも内的な光を持っています。私たち自身が光の存在そのものなのかもしれません。そう思ってカードを見ると、二人の人物の出会いは「光の存在としての自分と出会えた」姿のように思えます。

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開運とは

ホームページもこのブログも「開運へのタロット」というタイトルを使っています。

「開運」とは何でしょう?
何かよいことがおきそうな気がしますか。運がよくなりそうなイメージでしょうか。
言葉をかみ砕くと、「運が開ける」と取れますね。では「運」とは?

手元の辞書によると、「運」とは
①はこぶ。うつす。②うごく。うごかす。③自分の力によらない身の上のなりゆき。めぐりあわせ。とあります。

③は運命とか幸運なんていう使い方をしますね。
「あれは運命だったんだ」「私は幸運だ」というように。そういうときはまるで自分の力で事が起こったのではないような、何か見えない力が働いたようなそんな感じがします。

それでは「開運」はどうでしょう。
開くという言葉は、私はとても積極的な印象を受けます。「運」は①や②の意味もあるように固定されたものではなく、動きがあります。その動きを良いほうへもってゆく、開いてゆく、それが「開運」であり、そこには自主的な積極性があらわれています。

人生に「運」という流れがあるのだとしたら、流されるのではなく、自ら流れの向きを良い方向へ変えてゆく、それはとても大事なことですね。人は本来、自分の性質に向いている分野に気づくことができるものと考えます。シンプルに「やりたいこと」「好きなこと」がそうでしょう。一心に打ち込んでいるとき、人は運を開いていると思います。

私にとってそれがタロットの世界でした。おそらくこれからもそうでしょう。「やりたいことが分からない」という声を最近はよく耳にしますが、アンテナを張っていれば必ず誰でも開運への道を見つけることができると思います。諦めないでほしいですね。

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なぜ?どうして?のキモチ

子供時代の私は、「質問魔」でした。
疑問に思うことがあると「なぜ?どうして?」と聞いてばかり。特に運転中の父に質問をぶつけることがあり、あれはメイワクだったよなぁと、苦笑いしてしまう思い出です(父に確認はしていませんが)。
と同時に、母に「そうやって不思議と思ったことをたくさん聞くのはとてもよいこと」といわれたのを覚えています。

大人になるとその「なぜ?どうして?」感覚がどんどん鈍ってくるように思います。良い意味の納得、理解、妥協?ともいえます。あきらめが肝心、なんて言葉もありますネエ。

タロットを必死で勉強していた初期のころ、何とそのキモチが戻ってきました。どうしてこの図像はこう描かれているんだろう、なぜこう展開するんだろう、なんて感じに。そういう時は、タロットという対象に一点集中しています。必死なわけです。他のことなど考えられません(笑)。そういえば子供って全身で色々なものを見て、全身で色々なことを感じているんだなとふと思いました。でもそれは子供の特権ではありません。大人でもできます!

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発想を豊かに、魂を自由に

秘書という仕事を十数年もやっていると、「~ねばならぬ」事項が自分の内側で山のように増えてゆきます。業務遂行にしても、自分自身に対しても。もちろん、とっさのハプニングに対応できるような柔軟力もご褒美としてつきますが(笑)、こう、なんというか、自由気ままに動けないというか、前例を無視して突飛なことへのチャレンジが難しくなっている自分を感じたことがありました。

タロットが身近になると、凝り固まってしまった思考パターンがほぐされ、心が解放されるような感覚を味わえます。もちろんリーディングは、基本的にカードの意味にもとづいた法則にしたがいメッセージを受け取りますが、時には本人も予測しなかったような「ひらめき」が生まれたりします。ですので、アイディアがなくて困ったときや、イメージが湧かない場合などにカードに聞いたりしています。自分の無意識界にある知恵をしぼりだすといった感じですね。

そうすることで、自分の魂を自由にしてあげています。体のコリも治るかな???

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意志の力

「意志」とはどんな意味でしょう。「あなたは意志が強い人ですね」と言われたら、あなたはどんな人でしょうか。「意志」とは辞書を引くと、『こうと思い決めて実行しようとする積極的な心がまえ』と記されています。

タロット・カードの中には、意志の力が様々に表現されています。4番・皇帝の人物や6番・恋人の真ん中の男性は腰のベルトに手をあてています。これは自分の心を決めたという表れです。恋人の男性はどちらの女性を選ぶか迷っているように見えますが、実は内側では選択できています。
また、8番・正義、10番・運命の輪、名前のない13番のカードにはいずれも「剣やカマ」=「刃物」が描かれています。これは、痛みを伴うような厳しい決断、何かを断ち切ることを意味しています。そこには容赦がないかのようです。
そして、11番・力にも意志を見ることができます。ライオンをいとも簡単にあやつる若い女性。ライオンはエネルギーを指し、その強いエネルギーを上手にコントロールする力を奇跡として描いています。ここにもコントロールする力としての意志を感じることができます。

なぜタロットにこんなに描かれているのでしょうか。タロット・マンダラでは、人間の霊的進化のプロセスを見ることができるといわれていますが、その道を歩む上で、決断・決心・コントロール・決別(断ち切る)などの力がどんなに大切かを物語っているのではないでしょうか。

意志の力なくしては、前へ進めないですものね。

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カップルを探せ

カモワン・タロットの大アルカナの中には、カップル・カード(連繋カード)が数多く存在します。

カップル・カードというのは、並べると視線が向き合い、そこにある意味をもつカップルが成立する2枚のカードを指します。展開したときに、カップル・カード同士が隣り合って登場した場合、その部分の意味に注目します。

例えば、3番・女帝&4番・皇帝は、地上のカップル(夫婦として出ることが多い)、2番・斎王&5番・法皇は、霊的カップル(精神的な結びつき、または老夫婦)、数のない愚者&9番・隠者は弟子とマスター、名前のない13&14番・節制は救いを求める者と救済者など。これ以外にもまだまだあり、リーディングでは重要な鍵を握ることが多いです。

我々は、自分とある対象があってそこに「関係」が生まれます。この世はありとあらゆるその「関係」で成り立っています。それは、対照的なペアの場合とお互いになくてはならない一対の場合があります。これらは二元論であり、タロットはその二元論でできているといわれています。

カード一枚ずつの意味も大事な学習ですが、タロット・カード全体がどんな法則で構成されているかを把握することで、カードを読む視野が広がってゆきます。

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数の不思議

今日は七夕ですね。朝ひいた自分のモーニング・カードも7番「戦車」でした。星に願いを、といきたいところですが空は雲に覆われ、このぶんだと星空はのぞめないかな・・・。

七夕と聞いて、私の頭をよぎったのは「花札」のカード。・・・全然ロマンチックじゃない自分に笑ってしまいました。でも花札には短冊がたくさん描かれているんですもの。子供の頃、遊び方も知らないくせにカードの絵柄は大好きだったなぁ、そんなことを思い出しました。

今朝パチンコ屋の前を通るとそこに、「今日はラッキーだよ~」といわんばかりに「777」の数字の貼り紙。開店を待つ人の行列ができていました。数のパワー!?

この世は「数」によって成り立っている、いえ、支配されているといってもいいでしょうね。「数」の活用なしでは我々の生活はありえないですもの。様々な占術でも「数」の存在は無視できません。もちろん、タロットの世界も数字とは深く深く結びついています。7という数字の重要性、二元論、四大元素、黄道十二宮、等々。数字を追うとそれは宇宙全体へとつながります。

各々の「数」それ自体、エネルギーをもち、調和・不調和を生み出しているのでしょう。

みなさん、自分に不思議と縁のある「数」はありませんか?
私は10代のころから、自分を追いかけてくるようなある数の存在に気づいていました。それは大人になって、自分の「運命数」だと分かったのですが。

7の日に、数の不思議に思いを馳せてみました・・・。

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悪魔のささやき

天使を話題にしましたので、やはりこの方にも登場していただかないと・・・。じゃじゃじゃ~ん。15番の悪魔さん、どうぞ!

見ればみるほど「滑稽」なカード。一段高い中央にコウモリの羽根をもった悪魔が、そして両側に縄で縛られた裸の人物が描かれています。縛られているといってもその縄はゆるく、二人はむしろその状態を喜び、悪魔をカリスマとでも思うように見上げています。一方、悪魔はそんな二人をあざ笑うかのように舌をだしています。彼らの関係は、お互いに満足しているので立派に成立しているのです。

カードの第1キーワードは「誘惑」です。悪魔という存在は、人間のもつ一番断ち難い欲求部分をついてきます。その誘惑に打ち勝つことができるか・・・そう、実は悪魔は我々にテストをしかけてくるのです。巧妙に、耳元で囁いてきます・・・。

タロット・マンダラでは、悪魔カードは3段のうち最上段の最初のカードにあたります。最上段は天上界です。天上界に入れるかどうかのテストは悪魔によってなされます。そう思うと、悪役とばかりいえませんね。天を護る存在とも考えられます。入る資格があるかどうかを見極める役なのですから。

実際のリーディングでは、正位置ででると「商売繁盛」や「人気がでる」などの現世利益的な意味で満足できると読んだりもします。

15番もとても奥の深いカードです。メッセージの受け取り方が難しい・・・たぶん、私が誘惑されているんでしょうね(苦笑)。

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天使の存在

未だお目にかかったことはありません。しかし、でも、なぜだか、必ずいるように思います。天使はそんな存在です。

描かれるその姿にはいつも翼があります。きっと本当に見た人がいるからこそ、そう描かれるのだと信じてしまう私。天使とは天の使い、地上へ降りるとき、天に戻るとき、やはり翼が必要なのでしょう。大好きなフランダースの犬の最終回、ネロが天に召される場面にも天使が迎えに来てたっけ・・・あらら、独り言です(笑)

タロット・カードにも天使が登場しています。6番の恋人、14番の節制、20番の審判。タロットは天と地が繋がっていることを天使を描くことで表現しています。恋人には「選択」、節制には「救済」、審判には「使命」の意味があります(他の意味もありますが)。いずれも、自分の判断、力量を超えたところでの働きかけがあるのではないか、と思える意味を含んでいます。そして完成を表す最後の21番の「世界」にも天使が登場しています。

以前も「ヴェールの向こう側」という表現を使いましたが、タロットを学ぶほど、その向こう側の世界を意識しないではいられません。

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死と再生

「(名前のない)13番」とそのカードは呼ばれています。ウエイト版その他のタロット・カードの場合、「死神(Death)」でおなじみのカードです。タロット・カードにあまり詳しくない人でも、このカードを見るとビクっとしたり、いや~な印象を受けるでしょう。

骸骨が大きなカマを持ち、土の中を探っています。どす黒いその土には手足や生首が転がっており、骸骨はさらに中から何かを搔きだそうとしています。

カモワン版では、このカードを「その名を呼んではいけないほど恐ろしい存在」としてとらえ、名前を明らかにしていません。(実はカード内にしっかり刻まれているらしいのですが・・・)

13番は確かに物事の終わりや腐敗を意味したり、また、13番は視線カードですから、視線の先の対象への否定的エネルギーを読み取ったりします。しかしそれ以上に重要な意味を含んでいます。

「死」はあることの終わりではありますが、同時に「始まり」でもあります。何かを終わらせることで、その先に新しい誕生が待っているのです。それゆえ、このカードは、「再生」や「変容」という積極的な意味をも持っています。13番は、右をつまり未来を見ています。これは痛みを伴うが前に向かって進む力があることを示しています。

問題を解決するときは、まず、何が問題になっているかの洗い出しが必要です。骸骨の持っているカマがその洗い出しの作業です。黒い土=無意識界にうごめいている、問題を引き起こしている物質的・精神的なものを掘り起こしてから、解決への手がかりを見つけることができます。そして自分にとって不要なものはすべて削ぎ落とし、新しく生まれ変わるのです。

13番のような変容を何度も体験している人は、人生で何度も生まれ変わっているといえます。死は終わりではないのですね。

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