思考で読んでくれるなよ

タロットは象徴言語です。リーディングの際、カードを開いた瞬間が命、なのですが、ちょっと気が緩んで、カードをみながら分析が始まってしまうと、読みがロジックな感じ(という表現が適切かわかりませんが)になってしまいます。

人は、膨大な量の情報を瞬時に処理しています。視覚から得る情報は特に、なのでしょう。その鮮度がよいうちに、つまりキャッチした瞬間、それがコトバに置き換えられる前に「象徴」として何かを捉える技量がタロットを読むときには必要です。

・・・こうやって書くだけは簡単なんですけどね。普段から、見たものをそのまま受け取ることや、ジャッジするモードに入らない癖が大事なのだと思います。

そういえば春先に、駅に停まった電車の窓から視界に飛び込んできた満開の桜を見て、

「きれいだな」

と思うその前に、涙が出たことがありました。

私はあれが、象徴言語を読む感覚なのだ、と思っています。

思考で読んでくれるなよ~ タロットがそう言っています(笑)

杖の持つ意味

久しぶりの更新です。あっという間に5月が来て、ゴールデンウィークが過ぎて・・・そしてまた今日からオフィスワーカーな毎日です。天候が目まぐるしく変わる昨今ですね。体調管理にも気をつけたいと思います。そして、天候が穏やかならぬときはいつも・・・自分の意識が翳っていないか省みるようにしています。人の意識は自然界に反映するものなのです。

さて。ここ1か月ぐらいでしょうか。通勤時含め、街を歩いているとやたら視界に入ってくる対象がありました。うすうす気づきはじめ・・・最近では「まただ」と毎日思うようになりました。

それは、「杖」です。

こんなにも杖をもつ人が街にはいたのか、と思うぐらい朝・昼・夕・夜と見かけます。年配者の持つ杖、怪我をした人が持つ松葉杖、目の代わりになっている杖、と色々。

視界に繰り返し飛び込んでくる(自分が意識としてとらえている)対象には何らかの意味があります。

杖。私にとって杖は何を意味するのだろう?

杖は智慧の象徴です。賢者も杖を持っています。あるいは指導者や支配者の象徴としても杖は使われます。タロットカードでも杖は多くのカードで描かれています。

日常で何らかの象徴に繰り返し出会うとき、私は象徴としての一般的な意味をとらえると同時に自分自身がその象徴を「どう感じるか」にも必ず注目します。これは夢解釈のときも同様です。杖が智慧の象徴だと言われているから今の私にとってもそうだ、と安易に理解はしません。他に隠された意味も人の数だけあるはずなのです。

杖は今の私にとって何なのか。・・・時間をかけて自分の心を観察してゆきたいと思います。

みなさんも日常で繰り返し訪れる象徴にちょっと気をとめてみてください。自分を振り返るよいきっかけが生まれるかもしれません。そこには楽しい発見もあれば、ちょっと痛みをともなう気づきもあるかと思います。でもこれは、良い悪いではないのです。単に気づくだけです。目をそらさず、善悪のジャッジすることなくそれを受けとめた時、その気づきこそあなたの魂を解放へと向かわせてくれます。

観たまま、そのまま。

私たちは対象物を認識すると、どうしてこうもすぐ、自動的に、分析・解釈・ときには批判が始まるのだろう。

「これは私にとってどういう意味があるのか」

「これは私にとって得か損か」

「これは・・・」

自分を守るための防衛行為なのかもしれないが、映るものをそのまま解釈する瞬間があってもよいのではないか、と感じます。

そのまま解釈する瞬間は、その対象物と一体化するような感覚です。

良いも悪いもなく、ただそのものをそのままに観る。

こういう感覚は、赤ちゃんは小さい子供から学ぶのかもしれませんね。

彼らはハサミの使い方を知りません。なぜなら、ハサミという道具に対して私たちが定義した認識を知らないから。

彼らが、ときにぶっきらぼうなおじさんや誰からも嫌われるような人物をも和ませる笑顔や態度ができることは、何か関連しているのかもしれません。

観たまま、そのまま。

この感覚、大人になった自分もぜひ思い出したいものです。

境界線

頻繁に夢を観る私ですが、目を覚ますその瞬間、・・・夢の世界からこちらにもどってくるその一瞬のふっと浮き上がるような感覚のときに、不思議な声を聴くことがあります。

その不思議な声の持ち主は誰なのだろう? と思います。

メッセージは確かに受け取るときと、受け取ったようだが目が覚めた瞬間に忘れてしまうときとまちまちです。

私はこの、眠っている世界と戻ってくる現実との間の「境界線」に非常に興味があります。境界線とは、分断するために引かれる線。この線を行き来するときに不思議なことが起こるような気がします。1日のうちなら日の出・日の入り、季節なら春分・夏至・秋分・冬至、それから家をでるときの玄関、門、川。タロットのパスワークをするときも意識の中で敷居をまたぐ儀式を行います。そういえばヨーロッパを旅したときは国境線の近くにくるといつもワクワクしていたな・・・。私はこういうものに妙に惹かれます。その線上に何かがある・・・何かを感じるんですね。

目覚めの瞬間に私にささやきかけるその声の主は、この境界線の住人なのかもしれません。

朝活でリラックス

春分の日から、昨日までの約3週間、平日は「朝活」なるものを続けてみました。

いつもの早起きをさらに加速させ、朝は4時起き。6時前後に家を出て、オフィス近くのカフェへ。そこで約1時間半ほど好きなことをして過ごしました。

日記を書く。語学の勉強をする。本を読む。ぼ~っと外を眺める。タロットをする。気の向くまま過ごしました。人それぞれ調子のよい時間帯があると思いますが、私にとってそれは早朝です。

しかも家でもない、オフィスでもない空間でひとり朝日を浴びながら・・・。面白いぐらいにメンタル面の整理ができます。仕事中や帰宅してからの夜とはまったく違った時間の流れ方でした。

とりわけ自分でも驚いたのは、その朝活の時間にリラックスが深くなるとペンで紙に図形を描きはじめるのです。それをすると益々落ち着きます。全く考えずに手が動くままにしていると、らせんのようにクルクルと線を描きながら花模様に仕上げるときが一番心地よいことに気づきました。

試しに四角とか三角とか星型とか書きましたが、あまりピンと来ませんでした。曲線が気持ち良いみたいです。

仕事中や帰宅後は、「あれやってこれやって、次は・・・」と思考が大忙しですから、一日のうち、考えない、考えなくとも過ごすことのできる時間を持つと思わぬアイディアや気づきが得られてとても楽しいです。

3週間もやるとパターン化してきて身体が慣れてきます。ある意味、新鮮さが遠のくので、来週からはまた違ったスタイルの朝活をしたいな~と思ってます。

«Ms. Butterfly

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